10 いざ、戦場へ
舞踏会当日。
短い間ではあったが、この日の為に、準備できるだけのことはした。
毒と解毒剤を入手し、社交界でのマナーを頭の中に叩き込んだ。マーガレットが全面的に協力してくれたおかげで何とか仮面舞踏
会までに全ての準備が間に合った。
少々荒い作戦ではあるが、成功率は結構高いと思う。……いや、絶対に成功させる!
じゃないと、私の将来が悲鳴を上げることになる。何とか将来に笑ってもらえるように、ここで全力を尽くさねば!
窓の外に目を向けると、日はゆっくりと沈みかけていた。茜色の空が広がっている。
もうこんな時間か……。そろそろ戦場へ行く時間だ。私は夕日をぼんやりと眺めながら覚悟を決めた。
久しぶりにちゃんとしたドレスを着る。鏡に映る自分の姿に目を向ける。
私の瞳と同じ赤いドレス……を新調したが、社交界での私の噂は
慎ましい印象を持たれていたから、また新しいのを作り直した。薄い桃色のドレスを極力簡素に仕上げてもらった。装飾品は小さ
なダイヤモンドが一つだけついたネックレスだけ。
できるだけ社交界では目立たないように動かないといけない。
このファッションスタイルは「空気と同化しろスタイル」である。
「自分じゃないみたい」
自分の姿を見ながらそう呟く。
髪も毛先だけ巻いてもらい、ハーフアップにした。いつもの見慣れた私の髪型ではないから、少し違和感を抱く。
こう見ると、私ってちゃんと令嬢だ。もちろん外見だけだが。へぇ〜、女の子だな。
こんな格好をするのは後にも先にもこの日だけだろう。
コンコンッと誰かが扉を叩く音が部屋に響く。その音で、ベッドの上で眠っていたシャオが目を覚ます。
きっと、マーガレットだろう。
「どうぞ〜」
扉が開き、「失礼します」と侍女が入って来た。あ、デイジーだ。
花違いっ!なーんっって。
まずい、私の今の表情だけで何を考えているのか、デイジーに分かられてしまった。
マーガレットと違って、デイジーは淡泊だ。
きっと彼女は、何のフォローもしてくれない。ただ私がスベッたことになるだけだ。
「サラお嬢様、馬車のご準備が出来ました」
やはり余計なことはなにも言わず、無表情のまま業務をこなす。デイジーは無愛想だが、悪い人ではない。侍女としてのスキルも
充分にある。ただ、社交性に長けていないだけ。
デイジーは私が幼い頃からこの屋敷に仕えている。彼女の事情は
よく知らないが、この家にとても忠実であり両親からも信用されている。
私と同い年なのに、私と比べ物にならないぐらいしっかりしている。
ベージュ色の髪の毛を一つに束ねており、童顔なのにどこか大人びて見える。不思議な侍女だ。
デイジーって名前なんだし、花のように微笑みかけてくれてもいいのになってふざけて過去に言ったことがあった。
今も忘れはしない、あの日彼女が私に言った言葉を……。
「私、笑えていませんか?」
無表情のままそう言われた時は、少し鳥肌が立った。
デイジーはこの屋敷に来る前、感情を捨てたのだと思う。
彼女の幼少期に何があったのか気になるが、むやみやたらに首を突っ込んではいけない。
いつか自ら話そうと思った時に、耳を傾けよう。私に出来るのはそれぐらいだ。