タワーマンションのベランダに奇跡を
そのタワーマンションは、大都市の中心部から少し外れた場所に建設されていた。ここに住むことができるのはごく限られた人間とはいえ、住んでいる者すべてが幸せだとは限らない。
最上階に近い部屋のベランダで、ただ、青い空を眺めている少年がいた。その眼は虚ろで、何か、助けを求めているように見えた。
ある日、少年は帰宅する途中、奇妙な女性に出会った。
「ぼうや、どうしたの。そんな暗い顔をして」
縦長の顔に鳶色の瞳。少年は彼女に異国の雰囲気を感じ取った。
「私は仕事の下見で来てるんだけど、ぼうやはいつもベランダで空を見ているよね。何か、困ったことでもあったの」
なぜ、そのことを知っているのだろう。少年は不信感を抱いたが、彼女の優しい表情を見ていると、自然と正直に話したい気分になった。
「パパの工場が、つぶれるかもしれないって。そうなったら、ぼくらは家から出て行かなくちゃならないんだって」
「そうだったのね、どこの工場?」
少年はそのまま、知っていることを伝えた。
「わかった、私が何とかしてみる。少しの間、待ってもらえるかな」
彼女は少年に手を振って、どこかへ立ち去っていった。
数日が過ぎたころ、少年がリビングでうたた寝をしていると、突然、ベランダのドアが開きはじめた。
驚いて見てみると、そこには、あの女性がいた。
「遅くなってごめんね」
平然とベランダの柵に立ち、あの時と同じ笑顔を見せている。この人は一体、何者なのだろう。
「君に聖なる夜が訪れますように」
「あ、あの!」
「うん?」
「さ、寒くないの?」
少年は自分の鼻を指差す。
「ああ、これ? 私の鼻は生まれつき赤いんだ」
その時、少年の後ろでドアが開く音がした。
「やった! 予想外に玩具の注文が舞い込んできて、倒産せずに済んだぞ!」
父親の元気な声を聞いて、少年は笑いながら玄関の方へと向かっていた。
それを見て、彼女は静かに微笑むと、夜空へと身を投げ出した。
徐々に彼女の姿は人から獣へと変わっていき、次第に宙を駆けて上昇し始める。
はるか上空では、ソリに乗った老人がいた。
「すんだのかね?」
「はい、とても喜んでおりました」
「いい工場を見つけたと言うから大量に注文したのじゃが……魔法で人間の姿になれるとはいえ、あまり社会に干渉してもらっては困るのう」
「申し訳ありません、どうしても気になったもので」
「まあよい、今夜も先頭を頼むぞ赤鼻よ」
「はい!」
12月24日の夜は、まだ始まったばかり……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
……本当はクリスマスイブに投稿したかった作品であります。