ブラックコーヒー
運命の出会いとは突然に訪れるものである…。
「砂糖の入ったコーヒーも旨いけど、やっぱり男ならブラックだな。」
そんな思いを抱きながら、私はカフェの片隅で一杯のコーヒーを味わっていた。
香ばしい香りが漂い、深い味わいが口の中に広がる。
近くでは男性店員が客の至福を邪魔せぬよう、静かに皿を拭いている。
素敵なジャズのBGMがまた耳に心地良い。
外の喧騒とは裏腹に、ここは私の心のオアシスだった。
「最高のリラックスタイムだな。」
私はいつものようにコーヒーを飲みながらまったりしていると、ふと、男性店員が店の奥へと物を取りに引っ込んだ。
すぐに私の目は暇をもて甘し、店内を徘徊し始めた。
すると私の目が店の窓際に座る、一人の女性に留まった。
彼女は静かに本を読んでいた。
長い黒髪が肩にかかり、時折ページをめくる仕草が美しかった。
気づけば、私は彼女のことをじっと見つめていた。
彼女の表情には、何か特別な魅力があった。
人の目を釘付けにする何かがあった。
私はなんとなく直感という心の宝箱が開いた気がした。
ふと、彼女が本を閉じて私の方を振り向いた。
その瞬間、目が合った。
彼女の瞳は深い海のように澄んでいて、心の奥まで見透かされるような気がした。
思わず視線をそらすと、彼女は微笑んで、再び本に目を戻した。
その後、私はコーヒーを飲み干し、席を立とうとした。
しかし、何かが私を引き留めた。
彼女の存在が、見えない導火線となり、私の心に火を灯したのだ。
私は勇気を振り絞り、彼女に声をかけようとした。
するとその瞬間、彼女が立ち上がり、私の方へと歩いてきた。
そして私の席の前を通り過ぎて、店の棚に置いてあるお菓子に手を伸ばそうとしたその瞬間、私の目の前で転んでしまった。
「あっ!」
驚きのあまり私は顎が外れ、思わず舌と目が飛び出した。
彼女の焦りと私の驚愕が交錯する中、カフェの空気が一瞬静まり返った。
するとこの静寂を切り裂いて、店の奥から物凄い足音とスピードで、これまで1度も姿を見せたことの無いこのカフェの女性オーナー、佐阿闍が駆け寄ってくる。
「お客様!大丈夫ですか?!」
佐阿闍は彼女を助け起こし、心配そうに彼女の手を取った。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
その優しい声に、私は思わず心を奪われた。
佐阿闍の目は真剣で、まるで全てを包み込むような温かさがあった。
「はい、大丈夫です…」
転んだ女性は少し照れくさそうに微笑み、立ち上がった。
私はその瞬間、彼女の横にいる佐阿闍の姿に目が釘付けになっていた。
佐阿闍の長い金髪が光を受けて輝き、白いエプロンが彼女の優雅さを引き立てていた。
「お客様、他に何かお手伝いできることはありますか?何かお持ちしますか?」
転んだ女性は恥ずかしそうにしながら佐阿闍に礼を言う。
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました。」
「そうですか、それなら良かったです。」
そして佐阿闍は続ける。
「そちらのお客様も、お怪我はありませんか?」
佐阿闍の声が、私の心に響く。
佐阿闍の目が私に向けられた瞬間、何かが私の中で変わった。
彼女の存在が、まるで私の心の中の空白を埋めるように感じられた。
その間、少々ボーッとしてしまった。
「…?」
無反応な私を見て佐阿闍が不思議そうにしている。
「あの…、何も影響ありませんでしたか?」
佐阿闍がもう一度声をかけてきた。
そんな佐阿闍に対して私は
「いえ、ただ…あなたのカフェが素敵だと思って。」
そんな言葉が思わず口をついて出た。
「#&*◎§☆★※◇…えっ?!」
佐阿闍は、突然わけのわからないことを口走り始めた私を見て混乱していた。
不穏な空気が流れる。
しかしそんなとき商売人とは、一旦はイカれた客を邪険にせず、できる限りはまた来店して貰えるようにという商売の基本に立ち返り、商売人としての本文をまっとうすることを優先する。
ゆえに佐阿闍は混乱しつつも、その場を収める為、まずは転んだ女性の対応をし、転んでしまった経緯を聴いて、心配を伝えながらしばらく話をし、本当に大丈夫だとわかると次はご用を聞いた。
その後は店の奥から戻ってきた男性店員にデザートを用意するように伝え、男性店員は準備に取りかかった。
そして佐阿闍は何気なく通常の何事もない空気に戻すように勤め、「本当に焦りますよねー」と笑顔で場を和ませた。
そして私に対しても
「先ほどはありがとうございます。お客様が楽しんでくださることが、私の一番の喜びです。」
と再び笑顔を向けてくれた。
「!」
その瞬間……
……………。
私は佐阿闍に恋をしてしまった。
佐阿闍の優しさ、情熱、そしてその美しさが、私の心を掴んで離さなかった。
周りの喧騒が消え、佐阿闍との時間が永遠に続くように思えた。
「もしかしたらこれは、運命の出会いの始まりなのかもしれない。」
私は心の中でそう呟いた。
そのとき佐阿闍が悪寒を感じていたことを、主人公は知るよしもなかったのだった…。