クマのぬいぐるみ 【月夜譚No.328】
窓辺にクマのぬいぐるみが座っている。薄茶の毛並みに赤いリボン、黒々とした瞳は外の光を反射して煌めいていた。
毎日、通学の度にそれを見るのが私の楽しみだった。
「あれ?」
ある日の帰り道、いつものように窓に目を向けて首を傾げる。朝はそこに座っていたはずのクマがいないのだ。
今日は授業で使う鋏を忘れてしまって軽く落ち込んでいたので、癒されようと思ったのに。
家の人が何処かに移動させてしまったのだろうか。私は残念に思いながら、明日はまた見られることを願って帰宅した。
夕食と入浴を終え、自室のベッドに入り込む。暖かな毛布に包まってうとうとし始めたその時、部屋の隅で物音が聞こえた。
半分眠りかけた目を凝らすと、壁際に何かが立っている。窓から入った月光に照らされ、その姿が露わになった。
『――イッショにアソボ?』
クマのぬいぐるみが赤い目と一緒に手にした鋏を光らせる。
それを見た瞬間、私は意識を失った。
そして翌朝目を覚ますと、部屋の床に昨日忘れたはずの鋏が落ちていた。
今もクマのぬいぐるみがあの窓辺に座っているのかどうか、私には分からない。その日から通学路を別の道に変えたからだ。
きっともう二度と、私はあの道を通らないだろう。