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25.見飽きた美しい風景
ただっ広い平原も歩き続けていれば、少しは景色が変わってくるらしい。草木もまばらでほとんど茶色だった地面も、酪農ができそうなほど濃く変化していった。目には優しかったけど、進めば進むほど草のたけは伸びてきて歩きにくさも増大する。長いジーパンを履いて無かったらればかぶれていたかも。新品に近いヒールで草を踏むのも辛い。へんな染みとか付かなければいいけど。
微妙な辛さをなるべく顔に出さないよう気をつけながらサグサグと草を踏み分けて進む。と。
「あれ?」
何か強い風で木が揺れてるような、ざわざわとした音が聞こえる。私が声を上げる前から、気付いたのだろうディアが口を開いた。
「川が近い」
「よくお分かりですね。そろそろ昼食時ですので」
つまり聞こえているのは水の流れだったらしい。実家の近くにある山の木が風で揺れる音とほとんど同じと思っていたけど全く違った。昼食、と聞いてキーホルダーの時計を確認すれば十一時半前。少し早い気はするけれど、火元を準備とかをしなきゃならないから妥当な時間かな。……そういえば時間も24時間なんだよなぁ。直径も自転スピードも地球と一緒なんだろうか。そんなこんな考えていたら、パッと視界が開けた。
「うわぁ……」
「すごい!」
大きな声ではしゃいだのはビィだ。地元には一級河川があるため見慣れた物だったけど、緑と流れる水が綺麗なのには代わりが無い。そこそこ川幅も広く流れも速くないようで、済んだ流水が川下へゆったり零れ落ちていた。川の中には浮島がいくつも出来ていて、いくらか雑木も生えている。鳥かな何かの鳴き声も聞こえる。……動物園なんかに居るでかい鳥の鳴き声っぽいけど。
「よかった、飲めそうです。少々道から外れましたが、水の気配に寄って見て正解でした」
景色に感動している私は棒立ちになっていたが、レームさんはあっさりと川に近づき手をつけていた。ぼんやりしてる場合じゃなかった。
「魚か鳥が取れそうだ」
ディアが川縁の木へ石を投げる。何をしてるのかと聞く前にバサ、と何かが墜落してきた。確認すれば上腕ほどの大きさの鳥。……鳥?
「随分極彩色だな。大味そうだ」
「あー、尾羽が長かったのか」
道理で見慣れないと思ったら。まるで南国に居るような美しい色彩を持つ鳥だった。珊瑚礁の海のように深い緑の羽に、長い長い赤と紫の尾羽。世界の鳥達とか言う写真集に載せれそうなほど。しげしげと私が眺めていたら、ディアがあっさり絞めてしまった。
「いいのかな。これだけ綺麗だと観賞用ペット向けじゃ?」
「俺は腹が満たされればどうでもいい」
もったいない。けれど生きるか死ぬかの瀬戸際、ってほど瀬戸際じゃない気がするけどきっと瀬戸際。うん、瀬戸際だし文句も言ってられない。
「んー、捨てるなら尾羽貰っていい?」
「……勝手に持って行け」
ありがと、とお礼を言えばまた鼻で返事をされる。照れ屋なのか人付き合いが嫌なのか。険がそれほどなかったから、照れ屋だと勝手に判断してしまおう。しかしリアルツンデレは程ほどにしておかないと面倒だぞ。命大事にならぬ人付き合い大事に。
最近本に良く出てくるツンデレキャラにもう少し落ち着きと冷静さ持てよと言いたい。あんな風につんけんして嫉妬強くて時々にしか甘えさせてくれない人、実際居たら鬱陶しいよ。よっぽど余裕のある人にしかその人の友人や恋人になれないだろう。……なんでツンデレの事なんか考えてるんだ。しかも自分のツンデレ像は偏っていると友達に言われそう。
それはともかく。ディアが引っこ抜いた羽根を拾ってしげしげと観察する。本当に綺麗な羽。サラサラとした手触りに、根元にはもこもことした羽毛。今度調べれば羽根飾りくらいは作れるだろう。短い緑の羽根と派手な色の尾羽を何枚か回収して、変な折り目が点かないように気をつけながらラップに包んだ。真空になるように保存した羽根をお菓子が入っていたビニル袋に入れ替えて、鞄にしまう。
ちなみにこのラップは調理実習用の材料分配に使ったもの。次の日の調理実習で使う材料をレシピ通りに仕分けて、ラップとかビニールに入れなきゃならないんだけど。実習室はラップを2本分しか卸してはならないという決まりがあったわけだ。分配班十人で作業するのに2本しか使えないなんてラップの取り合いをしろと言っている様なものである。班の人が「家から持って来ればいいじゃね?」って言った時は目から鱗だったなー。
26.場所作りと調理法
「うぅ、草取りなんて何年ぶりだったかな」
「おつかれさまー。肩が痛いね」
私は腰が痛いよ。よく川縁で野球やゲートボール、バーベキューなんかをしている光景を見るけれど、それが出来るのは地面を市町村や地域住民が整備しているからだ。草が茫々なのを引っこ抜いて、雑草の生えにくい土をどこからか持ち込み固めたから。野ざらし異世界の川にそんな素敵な場所があるわけが無い。安心して火を熾すために直径一メートルほどの草抜きをする事になった。人の手など加わったことなど無かったのだろう、雑草の根っこは複雑怪奇とまで絡みつき、握力と背筋の限界に挑戦する破目になってしまった。
「手がヒリヒリする……」
「休んでおけばいいといったのに。川で手を冷やしてくるといい」
「してもらうっていう立場は嫌なんですよ。でも手は洗ってきます」
真っ赤になった両手をにぎにぎしていれば苦笑しながら話しかけてくるカストルさん。休むのを断った理由をもう一度口にして、助言に従い川に向かう。キラキラと光を反射する水に両手を突っ込んで、熱を持った掌を冷やした。あー、気持ちいい。流れに垂直になるよう手を傾ければ、流水からなにかもったりした感触を拾い上げる。どう表現すればいいのだろうか、固めのゼリーを常に握りつぶしているようなこの感覚。存在しないこのむにゅっとした手触りは流れの速さによって違うから面白い。ずっと浸けておきたい衝動に駆られないわけではなかったけど、そろそろ昼食の、と言うか焚き木とポテチの準備をしなければディア辺りが切れるだろう。……あ。
「ハンカチ忘れた」
とりあえず手を振りまくり水気を飛ばす。どうせ木材を集めた後また手を洗うのだから同じことだろうとそのままにもとの場所に戻った。
まだちょっとぴりぴりする手を気にしながら、枝集めに歩き回る。雑木林のお蔭でたいした苦労もせずに燃料を集める事が出来た。焚き火は前回と同じくビィが着火をしてくれる。マッチもライターも要らない素敵仕様。
「思ったよりも肉付きが良くないな」
「野鳥などそんな物だろう?だがまぁ、それほど痩せた土地ではないからもう少し肥えていても良いとは思うが」
ディアとカストルさんの声に目をやれば、なるほどアバラ骨が浮き出た鳥肉が何匹か枝に突き刺さっていた。あれからさらに数羽捕獲したらしい、食べ盛りといってはおかしいが、大の大人が数人もいればそのくらいは必要になるか。そう思いながら二人の様子を見ていたら。
「……肝は悪くない」
ディアのレバー生食いなんてとんでもない物を見てしまった。うへぁ、水洗いしたのか血は少なかったけれど、刺身状にもなっていない肝臓の塊を食いちぎる姿なんて流石にショッキングだ。ビタミン系を補充するなら肝臓を食べるのはいい選択といえるけどなぜあえて生で。美形と黒味がかった赤い肉の塊ってかなりホラー。思わず凝視してしまった私を見てディアが一言。
「やらんぞ?」
「いらんわ!」
どこをどう見たら羨望の眼差しだと勘違いできるんだ。こっちから全力でお断りである。
そういえば鳥肉しか刺さって無いけれど、魚は捕らなかったのだろうか。せっかく川に居るのだから、満遍なく違う種類のタンパク質を取っておきたいところなのに。
「魚は捕らなかったの?」
「魚の方はレームとビィに任せてる」
「結界を使って茹でるそうだ」
……茹でる?火術を使えば煮る事は出来るけれど、鍋なんて存在しないのにどうするつもりなのか。なんかの本で兜を鍋代わりにとかいう話を読んだ事はあるけど、そんな物を被ってた人は居ないし。
「気になるからちょっと見てきていいですか?」
「構わない。火は私達が見ておこう」
「あ、お願いしますね」
「ぽてちは置いて行け」
「ん、りょーかい」
鞄の中に入れていたポテチの袋をディアに手渡して、もう一度川の方に足を向けた。
27.ローコスト、ハイリターン鍋
「ご、豪快な事してるね」
「あ、ミハル!見て見て、おいしそうでしょ」
「数もありますし、味はともかく量は十分だと思います」
川にはぷかぷかと魚の水死体が浮いていました。ちょっとグロいです。どうやったのかはなんとなく想像がつく。
「結界で川の水を区切って、その中に火を入れたんですか?」
「その通りです」
「なるほど」
「思いついたのはディアなんだ。鳥は焼くから魚は煮ようって」
調理法に幅を持たせるとはなかなかいい心がけだというべきなのだろうか。飽きの来ない食事というのも健康には必要だ。けどこれは完璧にディアの趣味っぽい。食道楽なのか?初日の肉批評からなんとなく思ってたけど。
「釣具を作るのも考えたのですが、こちらの方が楽だろうと。ついでに水も「煮沸」できましたし」
どうやら私がぐだぐだ言っていた事を覚えてくれていたらしい。……魚の煮汁を飲料にするのはちょっと嫌です。
「そういえば結界って熱も遮断できるんですね」
「はい。そうでなければ火を使われるとあっという間に蒸し焼きにされてしまいます」
「……想像すると嫌ですね」
熱湯を足にぶっ掛けた事のある私としてはちょっとトラウマなイメージしか浮かばない。「ねぇそんな事よりもさ、これどうやって運ぶの?」
「あぁ、大丈夫ですよ。こうすれば」
ふわり、といった感じで魚入り水球が空に浮かぶ。魔術がある時点でもう驚かないつもりだったけれど、やっぱり眼が点になってしまった。直径二メートルほどの、蒸気を上げまくっている魚入りの半玉がふよふよと飛んでいるのだ。驚くなという方が無理だと思う。
「あああ、あぶ、あぶあぶ危な!」
「表面は冷たいですよ?」
丸い部分にぺたぺたと手を這わせるレームさんを見て正気に返る。熱を遮断と自分で言っておきながら動揺してしまった。いやでも明らかにさっきまで煮立ってましたといわんばかりの湯気を発している水の玉がこっちに来たら慌てるのも仕方ないって。息を吸ってはいて、落ち着くように自分に言い聞かせる。
「水温が下がったら葉か何かに回収していただきましょう。暫くはこのままで維持、ですが」
「ボクが冷まそうか?」
「いえいえ、このままで大丈夫です。ディア殿とカストル殿が鳥を準備しているはずですからそれを食べた跡にでも」
「これを維持、って。結構消費しない?」
「いいえ?前にも言いましたが私の力はあまり己を削らないのですよ」
「羨ましいなぁ」
もしかしなくともレームさん最強だったりしないだろうか?直径二メートルの半円分の水を入れても質量で消滅する事の無い結界を維持するのにほとんどローコスト。コストが大きい場合の頑丈さをもった結界を展開したまま相手にぶつければ相手をぺしゃんこにする事が出来そう。まぁ、使う事が無いことを祈るしかないけれど。
「うーん、水を纏めてる結界を網状に出来ませんか?そうしたら水切りできて温かいまま食べられるんですけど」
「なるほど。……『シャス』」
ぷかぷか浮かんでいた水球を川の上に移動させた後、レームさんの一言でお湯がばしゃ!っとぉ!?
「っあぢ!?」
「うわ!?」
「!!……すみません」
水に落としても水飛沫と蒸気は熱い。熱風がブワッと顔に来ましたよ。思ったよりレームさんはうっかりさんかも知れない。まぁ火傷も何もなかったし、問題ないだろう。
「大丈夫です。とにかくこれで食べられますよー。皿代わりの葉っぱなら任せてください。いいもの持ってますから」
黒糖饅頭が入っていたトレーで一人分。あとラップを使えば完璧である。っていうかこれで保存食包めばよかったよ、今更だけど。水があるうちに色々作っておこう。レームさんの結界とビィの水があれば植物も煮る事が出来そうだし。後で鳥が食べる虫が食べてる草でも引っこ抜いて試しに茹でてもらおう。食物繊維摂取のチャンスだ。ディア辺りは大丈夫そうだけど、バランス食を心がけている私では肉ばかりだと胃腸を悪くしそうだし。……ハシドコロとかチョウセンアサガオとかドクゼリとかの毒って水溶性だったっけ?う、うん大丈夫、きっと何とかなる。
28.出来る事と出来ない事
「うまい、くどさの無い脂の乗り方だ」
ラップに乗った川魚をどこから出したかナイフとフォークで食い漁るディア。さっきも思ってけど絶対あんた食道楽だろ。銀器を常備とかどれだけ食べるの好きなんだ。そう思いながら枝二本を箸代わりに魚をつつく。うん、塩気は相変わらずだけど、あっさりしておいしい。くどい獣肉に比べたら全然食べやすくて食が進む。
「よかった、それなら量が食べられるようだな」
表情を軽くしてもぐもぐと食べていたのをカストルさんに気付かれたらしい。おいしいです、と笑ったら私のラップの上にカストルさんの魚が輸出された。って
「だ、だめですよきちんと分けているんですから」
「私なら問題ない。食べられる時に食べられる物を食べておく方がいいだろう。レームに聞いたが川沿いに歩くわけにも行かないらしいからな。魚を口にする機会も今回が最後になるかもしれんだろう」
「う……」
食べなくて体力が尽きれば迷惑をかけるのは私なのだ。申し訳ないとは思ったけれどありがたく頂戴しておく。
「すみません、いただきます」
「ああ、存分に食べればいい」
「足りなければまた私達で獲りますから。今まで人の手が入っていなかったのか魚も十分泳いでましたから直ぐ作る事が出来ますよ」
「そうそう。投網があったらざぱー!っていっぱい獲れそうな位泳いでたから大丈夫だよ」
ざぱー!ね。表現に笑って、足りなかったらお願いしますねと、頭を下げた。
「食後の口直しによかったら食べてくれ」
そういってカストルさんから渡されたのは、いつぞやのごとく果物。どうやら材木集めの時にまた見つけていたらしい。ブルーベリーを赤っぽくしたような小さな実が袋の中に沢山入っていた。
「野鳥が啄ばんでいたのを一粒拝借してな。かなり美味だった」
「食べる食べる!」
掌を出してきたビィにころころと中身を転がして、ついでにレームさんとディアにも配る。昨日のより甘いねと笑うビィを見て、やっぱり可愛いなぁ、ホントに14歳なんだろうかとちょっと失礼なことがチラッと掠める。ともかくいただきますとお礼を言って、実を口に放り込んだ。
こ、この味は完璧に!
「……西瓜だ」
「スイカ?」
「あー、ウリ科の植物で、甘みのある果物として私の国で食べられてる物と同じ味がしたので」
瓜が異世界に有るのかどうかはわからないけど。この瓜っぽい臭みとみずみずしさ、そしてあっさりした甘さは完璧に西瓜だ。どうやったら木の実っぽいものに西瓜の味が。謎過ぎるぞこの世界の植物体系。
「さっぱりしておいしいですね。カストル殿、感謝します」
「正直私も手持ち無沙汰だったからな。道具も無いから狩りもできんし、便利な魔術も使えない。ミハルと違って手持ちの物もそれほど無いし。これくらいは貢献させてもらいたい」
もしかしなくともカストルさんも困っていたのだろうか。私と違って体力があるようだから足手まといにはならないだろうけど、することが無くて申し訳ないというのは思っていたかもしれない。っていうか私も思っているわけだし。
「前にも言いましたけど、その辺のことは全部呼んだやつの責任ですって」
「分かってはいるのだがな」
カストルさんの美しい顔に浮かぶ微苦笑。
「騎士団では悪条件下での進軍訓練もあってな、食料調達や安全な寝床確保の難しさというのは身に染みている。役に立てないのならば出来る事を出来る範囲でするというのは大切な事だろう?」
「……それを私に言いますか」
役に立たない筆頭ですよ私。
「だが君は根を上げていないだろう?「出来る範囲」を理解してそれに殉じようとしている。市民を守る為に鍛えた己を今のような状況で行使せずにいつしろというのだ」
「あー、えぇっと」
最低でも足手まといにならない事を「出来る範囲」に私がしている事がモロバレなのが恥ずかしいんですが、なんて言うシーンでは無いから口にしなかったけど。カストルさんのセリフは結構クリティカルヒットですよ?まぁ私の事はともかく。
そこまで暗い表情をしている訳ではないから、思いつめているわけでは無いのだろうけれど。心苦しいと思っているのは確かなようで。しかし足手まとい筆頭としては仕方が無い以外の慰めの言葉が出てこない。
「んー、ボクはそこまで深く考えてなかったけどなぁ?」
「所詮これは私の拘りに過ぎないと分かってはいるのだがな。性分とでも思っておいてくれ」
「んじゃ、時々ボクとミハルおんぶしてくれればいいんじゃない?ボクも結構辛いし」
「ふむ……確かに二人ならば申し分ないか。疲れたらいつでも言ってくれ」
待てい。
「ああ、いいですねそれは。お二人は休憩なさりながら移動も出来ますし。疲労がそれほど無いのならばお願いしておきましょう」
さらに待てい。
「ご遠慮願いたいのですけれどいやマジで」
「……駄目なのか?」
お願いですからその美形顔で悲しそうな顔しないでくださいナンですかこの嫌がらせ?!私の申し訳なさ度が振り切れますから止めてください遠慮します!
という私の言葉は顔に負けて飲み込んでしまった。チクショウ。