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16.結構微妙な味付けと私の背景:3
もっともな疑問を投げかけてきたカストルさんに向けて自国の国際的地位を口にする。
「一応、資源を盾にあれをしろこれをしろとは言われていますが。おそらく私の国を破滅させたら何億という人間が死にます」
「お、憶!?それほどの軍事力を持った国なのですか!?」
・・・疑問が疑問を読んで全く本題を話せてないなぁ。だから説明したくなかったんだけど。
「いえ、私の国は防衛以外の戦力は一切持ち合わせていません。憲法上軍を持つことを禁止しているので」
「憲法上で軍を禁じている!?」
あー、もうその辺の時代背景とか説明しませんよホント。義務教育があって、高等教育、大学と上に進学したんです、だけにしておけばよかった・・・。言ってしまったのは仕方がないので話すけど。
「まぁ軍が無い云々はともかく。私の国は「とてつもない」貿易国家だとさっきいいましたよね?これは比喩ではなくて、他国から輸入している量も半端ではなく、加工品は莫大な利益を上げ世界経済の一端を担っています。つまり世界単位で私の国の企業・・・えぇっと、仕事場?に就職してる人がいるんです。さらにその利益を元に発展途上国や震災国などへの寄付支援・・・。
もし私の国を滅ぼせば、ありとあらゆる技術や知識が失われ、そして国から世界に散った仕事場から世界を圧迫するほどの失業者が出ます。基盤が整っていない国などにしていた支援もなくなり、さらに何万という餓死者が出るでしょう。
まぁ、うまみもいっぱいあるけど攻めると世界経済が混乱する面倒な国、といったところですね。私の国をうまく打ち落としたかったら金と言論という武器で立ち向かうしかありません。そして滅ぼしたときに起きる代償をきちんと補える国でもないと」
っていうかなんでこんな無意味なことはなしてるんだろ私。周りにいる全員が興味深そうに耳を傾けてくれている。
「私が学生って身分なのもその辺りが関係しているんです。
資源もない。話してはいませんでしたが、土地もあまり無い。だから頭を鍛えるしかなかったんです、生き延びるには」
「なかなか、強かな国にいたのだな・・・」
強か、か。なかなかいい表現だと思います。
「その強かさを堅固にするために、私の国では義務教育ってものがあるんですよ。子供の親は教育を受けさせる義務が、国の子供には教育を受ける義務と権利が。『健康で文化的』に生きる為の基盤であり、最低限度の国と国民の義務の一つ。勉強させてもらえるけど、国の為にも勉強しなきゃならないんです」
最近は国単位であれこれ考えるようになったから自国の為だけ、って訳じゃないですけど、と心で呟く。
「ということは幼い頃から技術者になると決まっているのか?」
ああ、さっきの言い回しだとそんな風に聞こえるのか。
「その辺りは違いますよ。就職の自由ってのもありますから。あと宗教とか婚姻とか言論とかいろいろな自由を国が保障しています」
「いろんなことを主張しても怒られないの!?」
「宗教も自由に選べ、攻めるとリスクの大きい国、か」
この辺りは、改革などで勝ち取るしかないんだろう。私は、単に生まれてきた時代が良かっただけだと分かってる。許されているから私は大学を選んだ。
「まぁその辺はともかく。義務教育っていうのはさっき言った初等教育に、国の法や世界の地理、歴史。他国の言葉に歌や楽器に運動、それから、なんだっけ。そうそう、数学・・・を六歳から十四歳過ぎまでに学ぶんです」
「それほど幼い頃から、ですか」
「なるほど・・・。ミハルの国は賢者を作り上げるのを産物としているのだな」
賢者を産物として、か。なかなか言いえて妙ですねカストルさん。
「賢者って言っても悟りなんか啓いてませんよ。道徳っていうのが教育内容の一つにありますけど、それもなんだか微妙な感じですし」
17.結構微妙な味付けと私の背景:4
小中とやっていたことを思い出してため息をつき、冷えてしまった串焼きにかぶりついた。って硬!物凄く硬!顎に力を入れて無理やり噛み千切る。
「どこまで話しましたっけ。・・・そうそう、カストルさん流に言うと賢者養育の中でその子供の適正を見つけていくんです。家によっては習い事をさせてそれを将来に向けて極めさせる人がいますけど、それはまれですね。
大概は、運動が得意な子や演奏の得意な子、暗記が得意な子。または植物が好き化学が好き国の言語が好き。そんなことで本人にふさわしい、義務ではない高等学校というところに行くんです。あ、ここからはお金がかかります。
大体の人は義務教育で習うことの延長のようなところですね。まぁ中には機械・・・えぇっとカラクリ?が好きだったり将来何になるかすでに決めてて専門的な高校に行ったりもしますけど。
私の国のほとんどの人は、高校卒業する十八歳までになりたいものを決めて、卒業時に就職するか、なりたい職業のためにさらに勉強するかを選択します。私の場合は親の支援とバイト・・・えぇっと、簡単な仕事?で稼いだお金でなりたい職業のために勉強することを選択しました。だから私は学生なんです」
たったこれだけの説明をするだけで一体どれくらい時間がかかったのだろうか。夕焼けが美しかった草原がもう薄闇に包まれてしまっている。目線を人に戻せば、なにやら真剣な表情で考え込んでいる視聴者達。
「・・・豊かな国、というものを作るにはそれだけの事をしなければならないのだな。そしてそれだけの事をするだけの国力があるミハルの国が羨ましいと思う」
「国力を高める為に学問を推奨しているという考え方もできます。自国の為、民の為。国にはこういう考えも必要なのかもしれません」
昔の人が学校基本法とかを必死に考えた恩恵が今の日本の元になってる。何度も思ってるけど、本当に運がよかったよなぁ私。水と安全が税金レベルで汚職とかあるとはいえ福利厚生も完備されていて。テレビなんかで紛争地域を見ていると本当にそう思う。
「そうえばミハルさんが専攻している学問はなんなのですか?なりたい職業のため、ということは分野もそれなり限定されていますよね?」
「あー、説明が面倒なのでパスしていいですか」
「別に恥ずかしがることではないだろう?」
本当に説明がメンドくさいんですってば。
「私の事ばかりじゃなくて皆さんの事も教えてくださいよ。私だけ喋り続けるなんてフェアじゃないです」
いい加減喉が渇き、ペットボトルの蓋をひねる。一口だけ口に含み、喋り続けた喉にお茶を流し込んだ。ムスッとした表情を浮かべてみれば、
「それではミハルさんの分を聞き終えたら次は私が。ですので最後までお願いしますね」
などと返されてしまった。ひ、酷すぎる。
「そうだな、せっかくここまで話したんだ。最後まで言ってしまっても罰は当たるまい?」
「うん、ボクも聞きたい」
「・・・・・・・」
・・・・管理栄養士の説明の前に、健康寿命とか栄養とかのあり方から説明しないと駄目かな。栄養価を数値で示す方法とか実験内容と同じじゃないか、説明できない。めんどくさいよー、健康に焦点を当てたテレビ番組ここにきてくれー。
「・・・・理解する為の質問は禁止させてくださいね。ものすっごい時間がかかりますから」
取りあえずの防衛線だけ、引いておこう。
18.結構微妙な味付けと私の背景:5
「私の国では病気を治す、という考えは古いんです」
「病を放置しているのですか?!」
とレームさん。あああ、いきなり質問と言うか横槍と言うか。質問禁止にしてるから理解しなくても私は知りません、ホントに。
「そもそも前提が間違っているんです。病気を治す、ではなくて。病気に最初からならなければいい。そのためには健康、つまり元気な状態を維持することができればいいんです。
食事を取り、適度な運動もしくは労働で体を動かし休息をしっかりとる。病気に対する免疫力を高めることが重要です」
「免疫力、ってなに?」
「何を食べていればどのような効果が現れるかを知り、どの病気にはどれを食べればいいか、またはどうすれば食中毒が起こらないか、適正運動量やなどを調べ、どのくらい筋肉を行使すればいいのか。薬物の弊害や食物の成分。人間の精神衛生や汚染防止などの公衆衛生。ありとあらゆる「健康」を作り上げる土台を勉強し、それを人に教えたり実行する仕事をする為に勉強しています」
することは決まっていても分野はありえないくらい広いということには違いない。
「説明しようにもすることが多すぎて説明しきれないんです。だから面倒なのでこれだけで納得してください」
淡々と言うだけ言って、理解不能という表情をしている人たちを見る。やっぱりそうなるとは分かっていたけれど。
「・・・ミハルのもつ知識を知ることができるほど、我らの知識は足りてはいない、ということなのだな?」
「乱暴な言い方をすればそうなります。この辺りをきちんと理解する為には、義務教育を通しておかないと多分分かりません。知識にも土台が必要なんです」
テレビやネットなんかの情報があればまた別かもしれないけれど。健康の定義をそこまで深く考えてこなかった国ならば仕方がないと思う。
「どうして病気になるのか。その辺りから分かってないとだめなんです。例えば「生水を飲めば高確率でおなかを壊すので煮沸したほうがいい」っていう私の国では当たり前の知識も、何故煮沸すればおなかが壊れないのかってことが分からなければほとんど意味がありません」
その辺りを私が説明してもいいけれど、そうすれば今度はアメーバだとか微生物の繁殖だとかその辺りから説明しなきゃならない。微生物を説明するには動植物の細胞を説明しなきゃならない。その辺りは理科の要領、つまりやっぱり義務教育の範囲で。
「どの世界にも知りたいって人はいます。研究が進むまで待つしかないですよ」
私たちは先人の上に胡坐をかいている。広めるのは吝かではないけれど、法則も違う可能性は高いのだし。教えないほうが世界の為にもいいのだろう。・・・結構曖昧だし。
19.宵闇と自己真理
「さて、ミハルさんがお話してくださったので次は私がと言いたいのですが。そろそろ休憩したほうがいいでしょう」
「それ詐欺って言いません?」
私が長々と説明していた所為か、本格的に日が沈んでしまった。さすがに明日も歩き通しなら休まないとやばい、というのは分かる。正直なところ今日一日歩いただけで疲労が溜まりきっているのだ。一晩眠らずに話し続ければどういう惨事が明日待っているか身をもって知る破目になるだろう。
「不本意ながら時間だけは十分ある。明日移動する時に聞けばいいだろう?」
カストルさんがそういって、とりあえず自己紹介の延長戦は休止、ということになった。パチパチ、と焚き木の爆ぜる音が無意味に風情をかもし出していて、異世界でも木材が燃える時の音は同じなのかと妙なことを考えてしまう。
「ま、仕方ないですね。また明日、のんびりお話してくださると嬉しいです」
「ええ。それほど楽しいものではありませんが、暇つぶし程度にはなると思います」
レームさんと二人笑いあって、お開き雰囲気になる。おやすみなさい、と周りの人たちに挨拶して、鞄を枕に寝転がった。周りの人たちの寝転がる雰囲気を感じながら、仰向けに夜空を見上げた。
なんだか黒の画用紙に白の絵の具で霧を吹いたような感じ。
地元はそれなり田舎で、夜になれば都会っ子の友人に言わせればありえないほど星が見えていたらしいけれど。焚き火しか光源のないこの場所で、星は自己主張をする必要も無いほど光っていた。目を瞑るのが勿体無いなぁ、と星を見慣れているはずの私ですら思うのだから友人が見たらなんていうだろう。ホントに、綺麗。
目に焼きついてしまった星空を断ち切る為に無理やり目を閉じて、体に溜まった疲労に意識を向ける。気にし無ければ無理はできるけれど、気付いてしまえば一気に眠りに落ちれるのだ。気だるい重力に体をあずけて眠ろう、と努力した。結果を言えば、まぁ眠れなかったのだけれど。
と言うか眠れるわけが無いのだ。異世界。訳が分からない。どうして自分はこんなにもあっさりこの状況に順応しているのか。
なってしまったものは仕方がない、というのは分かるけれど普通はもっと慌てるものだろう。「実は私はこの世界のプリンセスか何かで、周りの人たちは私を守る騎士達なの!だから私がこの世界に順応するのは当然☆ミ」という何かのテンプレートのような文章が頭をちらついたけれど、あまりのアホらしさに爆死したくなってしまった。現実逃避をしたいと思うお年頃という奴はもう済んでいたはずなのに、なぜ今更ながらこんな事になっているのか。非科学的でありえない。寝ておきたら夢落ち、ということにはならないのだろうか。ほんのわずかな期待を寄せて、意識がなくなるのように努力した。
身体中の疲労と、その努力自体が夢ではないといっていると分かっていても。
まぁ、もう一度言うと、結局眠れなかったわけだけれど。