96.ノワールの想い
俺は今、憧れの迷宮探索をしている。1人では潜れない迷宮。それは単純に危ないから。
俺とてむざむざと魔獣に喰われたくはない。だから迷宮は諦めていた。
そもそも俺の人生は諦めることの連続だった。何かを望んだことは一度、ただ一度だけ。
国を出ることだった。
それが諦め続けた人生の中で、唯一望んだことだ。
ルナシア叔父さんは泣きながら、共に行くと言ってくれた。でも僕は1人になりたかった。
自由に残りの人生を、自分らしく生きるために。だから1人で旅に出た。
旅装とか必要なものはすべて叔父さんが用意してくれた。馬も、だ。流石に長旅。まだ子供の自分では危ないからと、賢い馬を。
その馬はシェイパーまで連れて来て、今は探索者ギルドの馬車を引く馬として活躍している。
イナゴの襲来の前に、俺はシェイパーから馬車を出して貰っていた。きっとスカイプで元気にしているだろう。
1人でなんとか生きて、死にかけたりもしたが。そこは生まれ持った魔力の多さと体の丈夫さで乗り切った。
乗り切った先で出会えたのはリオだ。
可愛らしい見た目とは裏腹の能力。アルバサルクの文字は読めず、計算もミクロネシアとは違う。金の単位も違うし苦労していたが、あっさりとリオに教えてもらい出来るようになった。
それまでは髪の色と同じ、灰色の人生だったが今は目の色のように明るい。全てはリオと、ルシアがくれたもの。そして憧れの迷宮。
ろくでもない人生だったが、その終わりにこんなご褒美があるのなら…悪くない。
俺は口角を上げて魔獣を斬る。肩の上のもふんを感じながら。
だんだん強くなる魔獣にも対応して進む。いや、俺以外はいまだに瞬殺だ。強いなんてもんじゃない。
「俺は物理が苦手だ!」
と言うリオだって
「キングオークなら瞬殺」
なのだから、そのレベルの高さに驚くばかりだ。
ルシアによるとイナゴの襲来から凡そ1ヶ月半ぐらいだそうだ。
迷宮を進む速度としては有り得ないくらい早い。途中からは全く未知の階層を進んでいるのだから。
なのに
「随分と時間をかけたな」
とリオが言う。
「楽しんでるんじゃない?」
とロイグリフ。
「遊んでるな!」
無駄にいい声のミーシャ。
驚くことなんてもう無いだろと思ったが、まだまだのようだ。
そして遂に30階層のボスを倒した。みんなは敢えて力を抑えたのか、とどめは俺に回って来た。
迷宮の鳴動が伝わる。
終わったか…?
「魔素の濃さから来る魔獣の暴走はこれで終わりだな」
ルシアが言う。
俺は膝から崩れ落ちた。
そして、その場で血を吐いて意識を失った。
目を覚ますと、そこは箱庭のベットの上だった。そばにはうさぎではなくコウモリのリオ。翼を広げて俺の胸を抱くように横にいる。ほかほかの頭を撫でる。
広がった翼は暖かくて柔らかい。足元にはもふもふした毛を感じる。これはシルバかな。
首元には猫。大きなもっふもふの猫。ちゃっかりリオの翼にお尻を潜り込ませている。首元にはふわふわの蜘蛛。ミーシャかな。
ふう、と息を吐く。
どうやら思ったより早そうだ。それも仕方ない、自分で選んだ道だ。しかし、もう少し…一緒にいたかったな、とそう思う。
リオ…君は本当に温かいな。また目を瞑ると眠った。幸せな眠りだ。
*****
迷宮のボスを倒したら、ノアが血を吐いて倒れた。何故だ?病気もケガもさせないよう防御を組み込んだのに…。
主が青ざめている。マズイな。ノアを抱えると主の箱庭に移動した。
何が起きてる?
俺のスキャニングでも分からない。焦っているとミーシャが
「病気でもケガでも無いのでは?」
いい声で言う。
「どういうことだ?」
「寿命だ」
はっ?ノアはまだ17だぞ?
「そういう人種がいる、と聞いたことがある」
「どんな人種だ?まさか…」
「多分な。太陽の光で体に毒素がまわる。普通の人間には毒でもなんでもない、が。その種族には毒なんだ…それが蓄積すると寿命を縮める。ケガでも病気でも無い」
俺はノアの白い顔を見る。そうなのか?
主の元に飛ぶ。
声を掛けようとして口を噤んだ。そして
「ルシィ…」
「エリー、ノアは寿命だね…。僕はどうして干渉できないんだ?守りたいのに。ノーラだって守れなかったのに。どうして…」
「ルシィ、何か方法が!」
「ない、無いんだよ!僕が干渉する以外に方法なんて。でも、僕には出来ない」
「ルシィ、躊躇う必要なんて無い」
「なんで?エリー、僕は君を失うことなんか出来ない」
神に課された役割を放り投げる、それは神への冒涜。だから1番大切なものを奪う、それが神の掟だ。
ルシィにとっての1番は自分だから。
「ノアを助けてくれ!」
「ダメだ、エリーはダメなんだ」
俺だっていつかは死ぬ。ルシィを残して死ぬんだ。ならばその長さが少し変わるだけだ。躊躇う必要なんて無い。俺は例え死んだとしても、ルシィを見守るだろうからな。
そんな時、異変を感じたルシィはカシスと迷宮に戻った。俺はノアのそばに寄り添う。
何か方法はないか…と考えながら。
少し後にノアが起きた。
目をパチパチさせる。俺を見てロイグリフを見て驚いてそっと撫でた。
「力加減もバッチリだな」
「リオのお陰だ」
「当然だ!」
やっぱりリオはリオだった。心配かけたか。
「リオ…俺は」
まん丸な目で俺を見るリオ。
「いや、何でもない。ちょっと張り切り過ぎた」
「気を付けろよ!」
「あぁ…」
本当のことは言わなくていい。リオにはルシアがいるから、大丈夫だ。
そこにルシアが来た。
「迷宮にお客さんだよ!どうやら探索者と入れ替わって魔獣を狩りに来ていたみたいだ」
お客?
「罠に飛ばされてね」
なるほど。
ルシアと共に迷宮に戻る。まだなんとか体は大丈夫そうだ。迷宮のボスの部屋で、人型のロイグリフと話をしている白いローブの人。
白いローブ?その後ろ姿に既視感を覚える。いや。まさかな。ここは、国から遠い。
振り返ったその人を見て驚いた。向こうも驚いてから顔をくしゃりと歪めると、走って来て俺の顔を見る。
頬に手を当ててそっと撫でると泣きながら
「殿下…ご無事で」
抱き付かれた。
あんなに大きかった筈の背は同じくらいになり、その顔には皺が少し増えていた。当たり前か、モノリックはもう35才だ。
体を起こすと俺の顔を手で挟んで
「立派になりましたな、殿下」
と言う。
「殿下はやめてくれ。今はただのノワールだ」
「ならばノワール様と」
それから俺が出奔した後の話を聞く。
そうか、そうだったのか。だとしてももう何もかもが遅い。国に帰ることはできないだろう。
「ノワール様。私と一緒に国へお戻り下さい」
「無理だ。もう、俺の体は持たない。遠くまで悪かったな。モノリック、ラナと共に早く国に帰れ。体に悪いぞ」
「ノワール様を置いては帰れません!」
押し問答があったが、結局、モノリックも後で合流してラナも譲らなかった。
それもいいか、最後くらいは誰かと共にあるのも悪くない。短い人生の最後にはたくさんの褒美があった。
それで充分だ。
迷宮のボスを倒したことで、魔獣の暴走は止まり我々は迷宮を1ヶ月半ぶりに出た。
迷宮を出た所で待っていたのは、迷宮の鳴動でボスが倒されたと分かった探索者や魔術師だった。
リオを見て双子が抱き付いていた。リオは嫌そうに固まっている。
そこにジルベルト王子がやって来て、双子ごとリオを抱き上げた。
さらに嫌そうだ。ルシアはリオと同化している。今はリオの意識が勝っているのか。
俺はラナに体を支えられていた。背中をガイルが叩く。
「よう、生きてたな!がははっ」
すっかり開いた目で力強く俺を見る。
「そっちもな!」
拳を突き合わせる。俺がふらつくのを見て
「養生しろよ!」
と声をかけてリオに突進して行った。
みんなに囲まれて嫌そうな顔のリオ。王子にキスをされてその顔を手で遠ざけようとしていた。
やっぱりリオはリオだ。
俺はゆっくりと意識を手放した。もうそろそろか…?もう少し、後少しだけ…どうか。
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