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長生き魔法使いは暇を持て余す  作者: 綾瀬 律


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94.北の国から2

 落ち込んでいたルノアール殿下は、それでも少しずつ元気を取り戻した。そう思っていた。

 だから油断した。

 ちょうど、弟殿下の誕生祝いで王宮も王都も浮かれていた。一度も祝われてた事もななく、誕生日でもひっそりと離宮で過ごすルノアール殿下の気持ちなど推し量る事も出来ずに。我々は忙しく立ち回っていた。


 そのお心が傷付かないよう、祝いから遠ざけて人を排して。それが殿下をより孤独にさせてきたとも気が付かずに。

「体調が悪いからしばらく1人にして」

 そうルノアール殿下が言った。時々あるこういうことには時間が解決するのを待つしか無い。

 だから薬草と食事の準備だけをして、我々は殿下をそっとしておいた。

 数日で元に戻るからと。


 そして数日、実際には7日ほどたっても殿下から声が掛からない。いくらこういう時の慣例で、食事だけを渡していても、そろそろおかしい。

 祭りではケガ人が多く出る。それは王宮でと同じこと。しばらく離宮から本宮に詰めていた私は息子に殿下の様子を見に行かせた。

 様子を見て行った息子が青ざめた顔で私の部屋に入ってきた。

「殿下が!?」

 その慌てように私も足早に殿下の元に向かう。そこには誰も居なかった。王子の部屋なのに簡素な、余り物がないその部屋はがらんとしていた。 


 本宮で見た他の王子の部屋との違いに改めて驚く。

 薬も何かあった時用にと渡していた保存食などもなく、着替えや幾つかの金目のものは無くなっていたが、殆どはそのままその部屋にあった。

 それでも圧倒的に簡素なその部屋はルノアール殿下の孤独を現しているようだった。


 そんな僅かな荷物だけを持ってここを?

 私は王宮警備をしている者たちに12才の子供を見なかったか?と聞く。とある兵士が

「あぁ、親とはぐれて迷子になったらしい伯爵家の子供なら見かけた。無事に親と一緒に帰って行ったぞ」

「どこの伯爵家だ?」

「西の辺境伯だ。離宮に勤めている前の妃殿下の弟君だ」


 まさか、ルナシア様が?

 私は急いで離宮に戻る。ルナシア様は普通に勤務していた。妃殿下と共に離宮で護衛騎士をする為にやってきたルナシア様はルナリア様の末の弟だ。

 ルノアール殿下の叔父に当たる。引き続き、殿下の護衛を務めていた。

「ルナシア様、殿下は、殿下をどこに?」

「知らぬ」

「そんな筈は!殿下を王宮から連れ出したのはルナシア様です」

「如何にも、な。不憫な甥の頼みを聞いたまでだ」


「なっ…」

「15になれば王宮から追放される。どうやって生きていくのだ?王からは我々伯爵家が殿下を引き取ることを禁止された。のたれ死ねと?」

 まさか、そんな筈は!

()()()()()()()()()()()、殿下がそう思ったのは自然なことだろう」

 私は二の句が告げなかった。


「どうせ死ぬのなら、広い世界を見たい。そう泣きながら訴える甥に私が出来たのは、地図と馬と、剣と、旅の荷物と身を守る魔道具を用意する事くらいだ!」

 悔しそうに言うルナシア様。まさかそんな事を。

 知らなかった。いや、それでは済まされないのだろう。

 私はすぐに父から王に連絡を取って貰った。


 第一王子のルノアール殿下、出奔と。そして、戻らず死ぬつもりだと。死を望まれているのなら、せめて広い世界を見たいとそう言っていたと。


 離宮に父と王に宰相もやって来た。

「何故…?」

 ルナシア様は

「何故?それは私の台詞です。甥がいなくなってから訪ねるなんて、何故ですか?あの子はルナシア姉様の忘形見なのに。12年待って、ただの一度も顔すら見にこなかった方が、今さら。

 むざむざ姉の子を、甥を死にに行かせることになるとは…。あの子は私が付いていくことを望まなかった。私は…あの子を…救えなかった」


 ルナシア様は拳を強く握り、その手から血が滴った。

 王は膝をつき頭を垂れた。

「ルノアール…」

 皮肉なことに、いなくなって初めて王はその名前を呼んだ。切望したそれは、本人には聞かされることなく。


 その後、殿下やルナシア様に伝えられた内容が歪められていたことが分かった。

 王はルノアール殿下を西の伯爵家、元妃殿下の実家に任せるつもりだったのだ。それを次の王となる弟殿下の派閥のものが、手を回して違う内容を伝えさせた。

 孤独で、生まれた時から孤独であった殿下は捨てられたものと思ったのだろう。血の繋がった叔父の援助を断るくらいには生きる希望を失って。

 死ぬ為にこの国を出た、その殿下の心はどれほどかと涙を抑えることが出来なかった。


 私は宮廷医として働きながら、休みを利用して殿下を探して国外に何度も出た。

 この国に近い国なら、まだ体も楽だろう。だからきっと近くの国にいる。そう思って近場から探し始めたが、その行方は知れなかった。

 たったの12才だ。

 ミクロナシアンはその肌の白さで、南の国では人気があると聞いた。捉えられて奴隷としてそばに侍らせるとも。


 殿下はさらに整った美しい顔立ちだ。早く探さなくては。切り捨てるつもりなど無かったと、王の本意では無いと伝えなくては。

 しかし、焦っても行方は分からず。

 息子と交互に国を出て探すが、消息は全く掴めないままに4年も経ってしまった。

 太陽の光を浴びて、生きられる時間はせいぜい7年。子供だった殿下はさらに短い筈だ。もう猶予が無い。


 私は意を決して宮廷医の職を辞した。

 王からは直々に

「頼む」

 と声が掛けられた。本当に皮肉だ。いなくなってから気遣われるなど。

 流石の王も、死ぬ為に国外に出た12才の我が子を心配しているのだろうか?

 今は、あれから5年。17才か…探せたとしても手遅れかも知れない。

 それでも私は諦められなかった。息子と連れ立って国を出る。今度は長い旅になるから。



 こうして我々は未だに足を踏み入れていなかった南の大国、アルバサルクを目指した。



 やはり南は太陽の光が強い。

 白いローブにフードを目深に被り、口元まで覆う。さらに反射する光を抑える為に、魔トンボの羽で作った光を遮る茶色い透ける板を顔の前に嵌めて。

 長い旅はひたすらルノアール殿下の苦労を思いながら進む。魔トンボの羽で作ったこの光を遮る板2年ほど前に開発された。当然だが殿下は持っていない。

 急がねば。


 我々の国からアルバサルクまではおよそ6ヶ月。ようやく国境に辿り着いた。そこで衝撃的な話を聞いた。

 イナゴだ。我々がまさに向かおうとしていたシェイパーの街に、飛来したと。


 国を出てからアルバサルクに向かう途中の国で、聞き込みながら進み、やっとアルバサルクに向かった痕跡を掴んだのだ。

 その道のりを追うと、行先はシェイパーだった。

 やはりまだ子供の殿下はその異様な風体で目立っていた。あの制御出来ない魔力は威圧感と感じられる。

 そのお陰か、少なくともアルバサルクの近くまでは足取りを終えた。つまり、生きてここまで来たのだ。


 あと少しで探せるかも知れない、そんな折に聞いたイナゴの襲来だ。どうやら同じ伯爵家が治めるスカイプという街は被害がなかったと聞いた。

 なので、スカイプを目指す。生きていれば、スカイプに避難しているだろうから。

 我々ミクロネシアンはとにかく目立つ。

 そのせいもあり、スカイプの探索者ギルドで人を探していると言うとあっさりと奥に通された。


 しばらく待たされてから、部屋に入って来たのは大柄で強面な男性と穏やかな顔の若い男性だ。

「待たせたな、俺はシェイパーで探索者ギルドのマスターをしていたマロウだ。今、シェイパーは使えないからな。こちらで色々と」

 と名乗った。

 隣の男性は

「私はヘルフリッチ・ランカウイだ。街を治める伯爵家の人間で、衛兵の取りまとめもしている。人探しとか。君たちと同じミクロネシアンか?」

「はい。私はモノリックと申します。こちらは息子のラナリック。探しているのは17才のミクロネシアンです」


 彼らは顔を見合わせる。

「その、ミクロネシアンの色は?君たちは青灰の目なんだな。髪の色も淡い金髪か」

 私はピンときた。彼らの知っているミクロネシアンは私たちと違う色ということだ。ならば、

「薄いグレーの髪に透けるほどの水色の目。我々より一層白い肌です」


 彼は頷き合ってから少し黙る。

「誰かは分かる。その色は間違いない。しかし、行方は我々も分からないんだ」

「それはどういう事ですか?まさか、イナゴに」

 困った顔でヘルフリッチ殿がこちらを見る。労わるような優しい目だ。

「生きている、それは間違いないと思う。ただ、行方は不明なんだ」


「意味がわかりません!」

 ラナが声を荒げる。困った顔でこちらを見て

「なんと説明したら良いか」

 ヘルフリッチ殿はしばし考えて

「その探し人は、出会ったのだ。唯一無二の信頼できる仲間に。そして、その仲間はとても彼を大切にしていた。魔法に長けた彼の仲間は、その彼にたくさんの防御を、それこそ山盛りに付けていた。武器にもアクセサリーにも時計にも。それはもう盛り盛りと。殺しても死なないくらいに」


 私は驚いた。人に心を開かない殿下が信頼する?

 私やラナにすら本心を隠していたあの殿下に唯一無二の仲間?


「シェイパーの為に戦って欲しいと、その彼の仲間に頼んだが断られた。自分が守りたいものを守ると言って」

「守りたいもの、それは仲間も?」

「もちろん、1番守りたかったのはその仲間だ。だから間違いなく生きている。彼が守り切ったのだから」

「何故分かる?」

「迷宮から溢れ出し魔獣は極わずかだった。イナゴの大群なのに。それは迷宮で魔獣の数を減らした者がいた、と言うことだ。それでももう街で迎え撃つ余裕は無くて、一旦街を捨てたが。やっと落ち着いたから。近々、街へ調査に向かう」


「迷宮の魔獣は極わずか。探索者が留めたのか?」

「そう、その中に彼も仲間もいた」

 ルノアール殿下は迷宮の中にいる。

「まだ魔素が落ち着かない。魔獣は活性化したままだ。探索者も出るに出られないのだろう」

「イナゴが進んだ先のカイラスから増援が来る。魔塔の魔術師たちがな、調査に名乗り出てくれた」

 と探索者ギルドのマスターが言う。


 私はラナを見て頷く。

「我々を混ぜて下さい!」





ルノアール…やっぱりですね

胸に手を当てる礼は貴族の風習…



*読んでくださる皆さんにお願いです*


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