90.ルシアーノと迷宮2
俺はちょっと、いやかなり信じられないものを見ている。迷宮とは命を賭けてお宝を探すロマン、無謀と紙一重の稼ぎだ。
命を賭けただけのものが得られるとも限らない。
常に危険と隣り合わせ…の筈だが。
目の前の光景は、その常識を覆す。
ルシアーノ殿が軽く指を振るだけで、遠くでドッカンドッカンと煙と火が舞う。
『主だからな…。あれでも迷宮の壁を壊さないように手加減してるんだ』
「…」
俺の常識では迷宮の壁は壊れない。
それを壊さないように手加減?俺の中の常識が音を立てて崩れて行く。
ミーシャとロイグリフは手から縦横無尽に魔法を放つ。そこらで溢れ出そうとしている魔獣が飛んで消滅する。
シルバはそのまま弾丸の如く突き進み、魔獣を蹴散らす。その力は圧倒的だ。
例えキングオークであろうとも…シルバの通った後には何も残らない。
ちゃんと俺用に残してるのか、それなりの魔獣はやってくる。リオの小楯と剣で面白いように斬れる。
本当にリオの武器はとんでもない。剣から火や風の斬撃が飛ぶってなんだ?
そうして溢れそうになる魔獣を進みながら減らして行く。リオは…俺の肩で何やら魔法を飛ばしてる。
俺の死角に来た魔獣は悉くリオにやられていた。本当にうさぎ形態なのに強い。
『本来の姿じゃ無いからな…弱いんだ。ミーシャもロイグリフもだぞ?だいたい半分くらいの力になる。もっともここの魔獣は弱いからな、丁度いい』
だそうだ。
『数が多いだけでやり甲斐がないな!』
「仕方ないよ、樹海は特殊なんだから」
「でもさ、樹海基準だからね、俺たち」
「それな」
『な…』
樹海って入ったら即死な気がする。
『当たり前だろ?死にに行くようなもんだ。やめとけ』
なんとなくモヤっとした。
そんなこんなでズンズンと進み、5階層に着いた。ここは海だ。
「海だねー。マグロとかハマチとかサーモンとかいるかな?美味しい貝も食べたい」
「…」
迷宮の魔物は討伐すると消滅する。食べられない筈。
しばらく後に思う。そんなことを思ってた時があったな…と。
ルシアーノ殿は討伐すると即、亜空間に収納した。
「こうすると形が保てるんだよ!だから食べられる魚とか貝はこうやって保管するんだ」
楽しそうに言う。
はいっ?
俺は眉間を揉む。やっぱり俺の常識は、今ここで完膚なきまでに…死んだ。
保管できる…食べられる。はぁ、迷宮の夢は…ドロップ品やお宝は?
「あ、それは大丈夫だよ。亜空間に入る時に吐き出すから。ドロップもお宝も、そして魚もゲットだよ」
ウインクされた。
もう何も考えないぞ?ルシアーノ殿やリオの常識は俺のとは違う。どうりでリオがやり過ぎる訳だ。
きっと無自覚だ。リオのほんのちょっとは、こちらのかなり。
リオのそれなりに…はもう人智を越える。
リオの能力ややり過ぎの原因が分かった気がする。
と、その時は思っていた。でもそれはルシアーノ殿やリオの能力の一端をほんの少し垣間見ただけだと気がつくのはもう少し先の話だ。
海の階層でイルカの中でも真っ白なのを見つけたルシアーノ殿は軽く手を振る。光が飛んで行くと、イルカは獰猛な顔が穏やかになり、
「キュッ」
と鳴きながら空を飛んで寄り添った。ルシアーノ殿は
「やっぱり白イルカは可愛いね!」
『主、何をした?』
「ん?浄化だよ!」
『…』
「ほらエリー何百年前だったかなぁ…その時のブームで迷宮何個か作っただろ?」
迷宮を作った…はっ?作れるのか、迷宮を。ルシアーノ殿は。
「だからさ、迷宮の魔獣の成り立ち?は良く知ってるんだよ!作ったからな。要はさ、バーサーカー化するんだ。んと、洗脳?そのために邪悪に塗れさせるんだよ。確か迷宮はこうやって作る!っていうハウツー本に書いてあって。たまに有益な魔獣もね、ボーナスで入れるんだ。この階層だとこの子、白イルカと多分…あ、いた!」
また指を回してから振る。
光が飛んで行くと…その先にいた奴が優しい顔になり、近寄って来た。
「キュー」
「よしよし、この子…マンタだね」
「…」
リオも手伝った?俺の中の大切なものが音を立てて壊れるような気がした。
そして悟った。常識とは捨て去るものだと。
迷宮を作るためのハウツー本とかの存在は頭から追いやるぞ。うんうんと頷いた。
悟りを開いたようなノアはスッキリした顔で剣を振るう。
「あ、サーモン」
とか
「これはカツオか!」
とか呟きながら。
完全に主に当てられたな。主といるとまともな奴ほど壊れるんだ。常識って何だったっけってな。
ノア、大丈夫だ。すぐに慣れる。
その後も魔獣を減らしたが
シュン
とまるで瞬間移動の如く主がやって来て、ノアの肩にいる俺に頬ずりした。
「エリーお腹空いて倒れそう…」
そうだった、人は腹が減るんだな。
今気がついたとばかりにノアの腹も鳴る。
ぐぅきゅるぅ…
顔を赤くして俺に頬を当てると
「お腹空いた…」
仕方ない、主はともかくノアが腹を空かせてるのは可哀想だ。
『主、どこで食べる?』
「ここでいいよ、結界を張るから」
『頼んだ』
俺はカバンから食材を出す。腹が減ってるならご飯だな。玉ねぎとキャベツを刻んで魔法でサクッと炊いたご飯と先に投入した卵に載せてフライパンで炒める。
横でウインナーも焼く。
隣の焼き台ではオークのステーキだ。ジュウジュウといい音がする。
その間にマグロとハマチとサーモンを捌く。
どうやってって?主の体に入ってな。うさぎのまるんとした前脚では料理は無理だから。
その合間にバチッと音がする。
結界に阻まれた魚たちがドロップ品を落としながら結界の中に落ちる。
ロイグリフやミーシャがすかさず回収。
『その蛤は食べるから洗って網に乗せて』
『そのイカは刻んでソーメンに』
とか言いながら焼く。結界の中はいい匂いが充満した。
「エリー早く…」
同化してるから直接頭の中に声が響く。
『出来たぞ!』
焼けた貝やら魚やら肉を皿に盛る。ミーシャもロイグリフも好きなものを皿に載せた。俺はシルバとノアの分をそれぞれ皿に載せて主から抜けた。
ぴょん
安全地帯に退避だ!
肩の上にのったリオは前脚では顔を洗い耳を舐めて前脚の裏も丁寧に舐めた。
可愛い仕草を見ていたいが、いかんせん腹が減った。串焼きを頬張る。美味い!もぐもぐと夢中で食べる。
迷宮の中だということを忘れる。焼きたての肉は美味い。
そして何やら香ばしい匂いのする貝に手を伸ばす。
『熱いから気を付けろよ!最後に残った汁が絶品だ』
言われるまま気を付けて食べる。はふっあふっ…もぐもぐ。噛めば噛むほど味が出てくる。なんと、美味い!
最後の汁もすすれば塩の香りと香ばしさが口に広がる。
「蛤だよ。その調味料はね、東の大陸で作られてるソイソースだ」
「絶品だな、ルシアーノ殿」
「ふふっ気に入ってくれた?ならもう同志だね。ルシアって呼んで?」
「ではルシア、俺のことはノア、と」
主の愛称呼びは100年ぶりか…。かなり心を許さないと呼ばせないのだ。
ノアも多分同じ。主が人との付き合いをまた出来て、感慨深いエリーだった。
見送るたびに泣き崩れたルシアーノを知っているから。
にしてもハマグリ美味いな。
これを箱庭で育てられたらいいのに…。
相変わらず思考は明後日を向いているエリーだった。
この蛤は主の大好物だからな!
なんとか量産の道筋を…
この迷宮に住めばいいんじゃね?とシルバ
やっぱり太陽の光は浴びたいなとエリー
コウモリなのにな…と思ったミーシャ
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