70.薬を作るぞ
君を、傷付けたくない。
そう言いたいのに、言葉が出てこない。
頭をふわりと撫でられた。少し高い体温と小さな手。縋るようにその手を握れば、握り返してくれる。
「人とは難儀だな…死にはしないのに」
エリーの言葉が静かな部屋に思いの外大きく響いた。
「理解されなくていい。ただ、俺はリオを傷付けたくない」
「ならば、慣れろ。魔力の扱いに。それは必ず、これから先も続く人生でノアを守る。ノアが俺を傷付けたくないのと同じで、俺もノアを傷付けたくない。例えノア自身であっても、だ」
揺らがないその目は逃げることを許さない。
リオは俺の手を握るとフラスコを握らせる。
リオが諦めないなら、俺は諦めてはダメなんだ。
守りたいものの為に、そう言われているようだ。深呼吸をしてフラスコを握る。
これから続く人生がどれほどかは分からないし、リオと離れることは考えられない。それでも、諦めたらダメなんだ、と心に言い聞かせて。
リオは俺の肩に手を置いた。
目を瞑って集中する。細く細く、魔力を注ぐ。リオも、俺も決して傷付けない細さで。
額を汗が伝う。細く細く…。
どれくらいか、リオの手が触れた。目を開けたらその魅力的な目で俺を見ていた。
その目はコウモリの時のリオの目にそっくりだった。
あぁ、そうか。リオの主はこんなにもリオを大切に思っている。
ならば、決してリオを見捨てない。大丈夫、やっとそう思えた。
体の力を抜く。
「まず一つ、成功だな」
フラスコには薬草から成分が抽出された液体が揺れていた。
「もう一つもだぞ!」
やっぱりスパルタなコウモリだった。
ノアは額の汗を拭うとまたフラスコを握る。花の入ってる方だ。
細く細く…肩に置かれたリオの手を感じながら、細く細く。
出来た!
目を開くと青い液体が揺れていた。
「後は抽出した成分同士を混ぜて、さらに聖水を加える。そこに仕上げの魔力を注ぐ。細く、だぞ?」
俺は頷く。この感覚を忘れないように、作り上げよう。
成分を混ぜ合わせて聖水を入れる。
分量はすでにリオが調整済みだった。そして、最後に魔力を込める。細く細く…。
リオを思う。細く細く…肩の手はそのままで、そばで見守る気配。
その温もりに力を貰い、細く細く。
肩の手が離れた。目を開ける。そこには眩いくらいに輝く黄金の液体が揺れていた。
まさか、そんな…?
リオを見る。
「この薬は、今後のノアを守る」
体の力が抜けて、椅子の背に体を預ける。
あぁ、ダメだ、どうしようもなくリオが愛おしい。目を瞑ると急速に眠気がやって来た。
俺は目を瞑って気絶するように眠ったノアを見た。
(相変わらず、育てるのが上手だね…エリー)
揶揄うような主の声が聞こえた。
分かっているのにな、本当に主は素直じゃない。
誰の為に俺が育ててるのか、知っててこの態度だ。
「出来ると分かってるからだ。全く素質もない奴は育て様が無い」
(くすっ分かってるさ、エリー。ありがとう)
ルシアーノはちゃんと分かっている。エリーの行動原理の根底には常に自分がいることを。ちゃんと分かっているから安心している。
自分自身よりも信頼するものだから。
(疲れてるだろうから休ませてあげなよ)
「もちろんだ。その間に俺は剣を作っておく」
(もう出来てるよ、大丈夫。エリーも休んで)
「あぁ、ありがとう。主もな」
エリーは主がかなり頑張って剣を作って、こちらにも目を配っていたことを知っている。
そしてもちろん、ルシアーノもエリーが気が付いていると知っている。
(もちろん、休むさエリー。また明日)
俺は主にちゃんと休めよ、と伝えて椅子の背に体を預けるノアを持ち上げてベットに運んだ。
風魔法で重さを軽減すれば、軽々だ。そして毛布を首元まで掛けると自分は薬を作る。
あっても困らないからな。たくさん作ろう。
ノアの作ったネオ・エリクサーを見る。まぁまぁか?
「ミーシャ、これはどんなだ?」
『初めてにしてはいいだろうな』
『エリーが魔力を渡したし、主の魔力も混ざってる。当たり前だろ』
いい声のミーシャと渋い声のシルバが応える。
「それもそうか。でもの、あの暴風がそよ風になったぞ?」
『それはエリーへの想いだろう』
『だな…全く相変わらずだ』
そう、エリーはとにかく育てた子からリスペクトされているのだ。
ノアの想いも、何が相変わらずなのかも分からないエリーだった。
人の感情は難しい。主くらい一緒にいて、むしろ子育てをしたくらい子供時代からそばにいればわかることもある。
しかし、ノアは所詮他人だ。
成人した他人。主とは比べるべくも無い。
そんな風に思っていた。
*****
ルシアーノは夢を見ていた。
まだエリーと出会った頃の自分。若いと言うよりはまだ幼かった自分。
親友のエリスノーラを失って、せっかく見つけた妖精の涙も失って。
残ったのは聖獣の白いコウモリ。
まだ魔術も拙く、体も細く小さくて。ケガをしたり病気をしたり。
妖精王のそばにいたエリーは人との暮らしに慣れておらず、ケガをした僕を見て慌てて過剰に治癒魔法を施したり。
熱を出した僕をその翼で包んで片時もそばを離れなかったり。
初めての子育てをする母親のように、不慣れなりに懸命に僕に寄り添った。
その献身は肉親を凌駕するほどで、エリスノーラを無くした痛みをゆっくりと忘れさせてくれた。
両親は早くに他界し、孤独だったルシアーノにとってエリーは大切な存在となった。それはもう家族以上の存在。
その中でエリーは子育てを覚えた。
人とはどれほど脆弱で、体も心も脆いかを悟った。理解できなくとも感じてくれた。
そうして子育て上手なエリー母さんは生まれたのだ。
魔法が暴発したり、魔力が暴走したり。
何度も何度もそんなことがあり、エリーの治癒魔法の腕はぐんぐん上がっていった。
全ては僕を助ける為。
エリーに聞いたことがある。
「なんでそんなに尽くしてくれるの?」
その真っ直ぐで吸い込まれそうな目で僕を見て
「助けてくれたから。妖精の魂を…必死に。だからだ」
「それだけで?」
「何年も探して見つけた薬草を、3日も寝ずに精製したのが?人間は弱い。それなのに、だ。あんな小さな子供が必死に。それだけな訳がない」
僕は嬉しかった。あの頑張りを見ててくれたんだと、それが分かったから。
「妖精はその恩を決して忘れない」
「ずっとそばにいてくれるか?」
「しらん…主が悪きものにならない限りは、多分な」
懐かしい夢を見た。
主が大切?当たり前だろ!
ドヤってるエリーだった
ノアが大切?それなりに、な
ツンデレってるエリーだった
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