君は雪山の死体に似ている
「雪山で死体を見つけてもさ、生きた人間はどうすることもできないんだよ。登山は極限まで荷物を少なくしなければいけないし、下手に助けようとしたら共倒れすることもある。結局、何もできないから見捨てることしかできないんだ」
「……六花もそうだったって?」
そう告げる桜花姉ちゃんの言葉は、恐ろしく冷たい。僕はそれから逃げるように、目を逸らすが桜花姉ちゃんは止まらなかった。
「知ってたよね、六花がいじめられてたこと。同じクラスに同じ学校、幼馴染だったんなら……けど夏樹君は、何もしなかったんだ」
氷柱のような言葉に、僕は謝罪もできず押し黙る。ぶたれるのを覚悟していたが、桜花姉ちゃんはそんなことしなかった。それがかえって辛く、僕と桜花姉ちゃんの間に冷え切った沈黙が流れる。
同い年の六花ちゃんと、その姉である桜花姉ちゃんとは家が近く幼稚園の頃からよく一緒に遊んでいた。年を重ねるにつれあまり交流しなくなったが、それでも顔を合わせれば桜花姉ちゃんは「六花をよろしく」と口にしていた。
けれど……
「僕には、どうしようもできなかったんだ。ただでさえ六花と幼馴染だった、ってだけで僕もクラスメートに揶揄われたり絡まれたりすることがあったから。それに、まさかこんな……」
言おうとした僕を、桜花姉ちゃんは見たこともないような凄い形相で睨みつける。その迫力に僕は声を飲み込んだ。
六花の葬式でいじめ問題が公になり、学校中が大騒ぎになった。その時になって初めて六花に行われていじめが残酷で、教育委員会やマスコミにも言及されるほど酷いものだと知ったが――それも六花の両親には「言い訳だ!」と一蹴されてしまった。
「とりあえず六花の四十九日が終わったら、本格的に学校と加害者を相手に裁判やるつもりだから。隣からは引っ越すよ、今日は……これを返しに来た」
言いながら桜花姉ちゃんは僕にぬいぐるみを差し出す。それは僕がまだ小学生の頃。六花の誕生日にあげた雪だるまのぬいぐるみだった。
「これ、六花の宝物だったんだよ」
言葉と裏腹に、それを差し出す桜花姉ちゃんの手つきは乱暴だ。それを半ば強引に僕へ押し付けると、桜花姉ちゃんは踵を返す。
僕と桜花姉ちゃんの間にできてしまった壁は、雪山より高く冷たい。それを感じながら僕は乾いた雪だるまのぬいぐるみをそっと撫でることしかできなかった。