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白亜の恐竜が好きな物

吾輩は恐竜である。水と陸、両方を行き来する事ができる。


 吾輩はデカイ。陸にいる首の長い恐竜には負けるが、他の恐竜よりはデカイ。でも角はない。だが吾輩には角よりカッコいいヒレがある。


 吾輩の一番の楽しみは、秘密の場所で魚を喰い、腹いっぱいになった後に昼寝をすることだ。秘密の場所は入り組んでいて、他の誰にも見つかった事はない。


 この図体と、並んだ歯を見て、草を食べるような連中はすぐ逃げ出す。肉を食う奴らも、たまに見かけるが、群でやってきたずうずうしいやつらの内、その一匹を、軽く噛みついてやったら、そのうち来なくなった。図体がデカイと吾輩の事を勝手に怖がってくれるので、とても便利だ。


 吾輩は喧嘩が強くない。吾輩より強いやつ、吾輩より泳ぎが得意なやつ。吾輩より魚を捕るのがうまいやつが、仲間内にそれぞれいる。


 奴らはいい奴らだ。吾輩の事を見下し、仲間外れにすることはない。魚は分けてくれるし、泳ぎも教えてくれる。それでも、吾輩は、奴らの事が、ほんの少し妬ましい。


 そして、妬ましいと感じる迂闊な吾輩が、嫌いだ。



 ここでの昼寝はいい。何も無いから、何も考えなくてすむ。明日の餌の事だけ考えていればいい。


 そのはずだったのに、秘密の場所に、一匹変なのが紛れ込んだ。


 吾輩より小さい。まだ子供の恐竜だった。


 食べた事はないが、こいつも食えるのだろうかと思った。だが、魚と違い骨が太くて食べにくそうだったので、結局やめた。


「何をしている」と聞かれた。昼寝だと答えると、子供は不思議そうに首を傾げる。


「狩りに行かなくていいのか」と聞かれた。吾輩はそっと、秘密の場所のかくしてある水たまりを指さした。ここが秘密の場所なのは、吾輩の隠してある餌の保管場所だからだ。だが殺してしまった魚は何日も食わないでいると、鼻が曲がるほど臭くなって喰えたものじゃない。太陽が二回落ちる前には食べきったほうがいい。なのに、ほんのちょっとだけ、置いておくと、とても美味くなる。理由は分からない。


「コレが喰えるのか」と子供が聞いた。何も答えないでいると、また同じ問いをしてくる。面倒になって、一匹くらいくれてやってもいいかと思った。吾輩はさっさと昼寝がしたい。子供に魚を与えて昼寝がしたかった。


 一匹くれてやり、横になろうとしたら、子供が盛大にむせた。しまった。あの魚はもう太陽が三回落ちた後の、捨てるつもりの奴だ。


「臭い! なんてことをするんだ」と子供は憤る。子供のくせに迫力がすごい。吾輩が、旨い魚をくれてやるから許せと言うと、「許す。だから早く食べてみたい」と言い出した。今すぐにか? と問うと、「いますぐにだ! でないと許さない」と、語気を荒くしている。余計な事を言った吾輩は、迂闊だった。



 狩場の湖には、吾輩以外には誰もいなかった。コレ幸いと吾輩が狩場に入ると、子供は驚きの声を上げる。「なぜ泳げるのか」と言った。何を当たり前の事を、と気にも留めず、さっさと二匹ほど見繕う。さっさと喰え。そう言いながら吾輩も食べる。新鮮な魚も美味い。だが、秘密の場所に一日置いた後の魚は、やはりまた別の旨さがある。その事を誰にも話した事はないし、話しても、きっと誰も分かってくれない。

 

「旨い! もっと欲しい」と子供が生意気を言い出した。自分で捕れと言ったが、子供は体の半分まで水に浸かったあと、そのまま動かなくなった。最初は怖くて進めないのかと思ったが、子供はそのまま、一歩踏み出して、そのままジタバタして溺れかけた。まさか本当に泳げないとは思わなかった。尻尾を噛んで引きずり上げてやる。こうなっては仕方ないから、吾輩が泳いで捕まえ、五匹は見繕ってやった。子供は、遠慮なくバクバク喰い、腹いっぱいになって眠そうにしていた。


 寝るなら自分の親の元に帰れと言った。すると、「親はいない。崖から落ちた」と言う。どうやら子供の親は間抜けだったようだ。だが、吾輩には関係ない。昼寝の邪魔だからどこかに行け言っても、子供はどこにも行くことは無かった。それどころか、「邪魔をしなければいいだろう」と開き直る。癇に障るが、子供の方が、頭の回転がよかった。吾輩が迂闊であった。


 もっと迂闊なのは、子供は、これ以後、ずっと後をついてくるようになった。吾輩は雌に好かれなかったが、この子供のせいで、もっと好かれなくなった。


 だが、それからはじめて、吾輩は誰かと一緒に昼寝をするようになった。



 子供は、なんでも吾輩に習った。魚の取り方、泳ぎ方、喧嘩の仕方。吾輩の方も、聞かれた事は、なんでも答えた。子供は、「何故できない」といつも首を傾げならが、出来ない事を出来ないままにしなかった。なんでも、出来るまでやり通した。


 魚の取り方と、泳ぎ方はまぁまぁだったが、喧嘩が全く強くなかった。吾輩に負けるたびに、子供は悔しそうにするので、体がまだ小さいからだと言っておいた。


 もうどのくらい一緒にいたか、忘れた頃。いつの間にか、子供は、吾輩より体がデカくなっていた。だがそれより驚いたのは、吾輩と子供は、別の恐竜だった。背中のヒレが無いのはなんでだと、ずっと気になっていたが、子供がデカくなれば、後から生えてくるだろうと思っていた。いつまでたっても生えてこなかったので、ようやく気が付いた。


 がっしりした足腰、びっしりとそろった牙の生え方、そして、吾輩より幾分かハンサムな顔。そして子供は、なんでもできるようになり、ついには、吾輩より上手く魚を捕る奴やつより上手くなり、吾輩より泳ぎが得意な奴より泳ぎが速くなり、吾輩より喧嘩が強い奴より、喧嘩が上手くなった。


 子供は、無邪気に喜んでいた。吾輩も、無邪気に喜んだ。


 きっと、ソレが悪かった。喜んで、その日はまた、いつものように二人して昼寝した。


 吾輩は、いつも迂闊だ



 昼寝している最中、何人もの、吾輩と同じ恐竜たちが、子供に襲い掛かってきた。もうソレは喧嘩では無かった。そこには、吾輩と同じ恐竜で、いい奴らも一緒にいた。吾輩は叫んだ。何故だ。何故こんな事をする。


「恐ろしいお前たちが手を組んだのが悪い! 」


 いい奴らは、吾輩を仲間外れにしなかったのではなく、出来なかったのだ。報復が怖かったのだ。その事に吾輩はようやく気が付いた。子供の事といい、やはり吾輩は迂闊だった。


「やってしまえ! 」


 喧嘩が一番強かった奴(子供に負けたので二番目になった)が、子供に噛みついた。真っ赤な血があたりに降り注ぐ。その瞬間、子供が、今まで聞いた事のない声で吠えた。


 そういえば子供は、喧嘩の時、絶対に爪を使わなかった。


 そういえば子供は、喧嘩の時、その尻尾で叩きつける事をしなった。


 そういえば子供は、喧嘩の時、相手を踏みつける事をしなかった。


 吠えた後の子供は、吾輩の知る子供ではなかった。その爪で、牙で、体で、何もかもをなぎ倒していった。そして全てが終わった後、吾輩以外は息をしていなかった。血みどろの体で、子供は吾輩に近づいてくる。その姿が、吾輩も恐ろしくて逃げたくなった。だが、情けない事に腰が抜けて動けない。「腹が減った」と子供はいった。そこら中に喰えそうな物はあるだろうと、吾輩が答える。


 子供は、吾輩と異なり、肉を食べる恐竜だった。


だが子供は、「魚が喰いたい」と続ける。捕ればいいじゃないかと吾輩が言うと、奴は、いけしゃぁしゃぁと「疲れたから無理だ」と言った。「お願いだよ」と続けられた。


 吾輩は、いつかのように、子供に五匹の魚をくれてやった。子供は、大層喜んでいた。



 子供にとって狩場が小さくなってしまったので、この地から離れる事にした。川がある方に行けば、魚も多い。


 そういえば、なぜ喧嘩の時に今まで爪を使わなかったと聞いた。あの爪があれば、もっと前に、吾輩に喧嘩で勝てたはずだと。


「ソレで怪我したからだ」と。なお怪我をしたのは、吾輩の方だ。よく覚えている。


 まさかと思い、尻尾は? 踏みつけなかったのは? と矢継ぎ早に問う。


「全部、ソレをつかって怪我したからだ」と。全ての問いをまとめて答えられた。吾輩はひどく怒った。吾輩がかつて、子供に喧嘩を教えていた際に、吾輩が怪我をしたから、怪我をさせないために、使わなかったという。だが、その言い分は、まるで吾輩が負けた理由にされたようで、腹が立った。


「怒ってないで魚をたべよう。ちょうどいいのが残ってる」

 

 太陽が一回落ちた分の魚を口でとって、子供が寄越してくる。ふむ。吾輩の好きな、香ばしい味わいがする。これは吾輩の一番の好物だ。そしていつしか、子供の好物にもなっていた。しかし、ご機嫌取りの方法まで教えた覚えはないのに、こういう事ばかり賢くなっていく。だが、悪い気はしなかった。隣で子供もむしゃむしゃと食べる。


「やっぱ旨いな。オヤジ」


 訂正。呼び方が気に入らない。しかし訂正しようにも他の案がない。代案が浮かばぬまま、結局は押し通られてしまった。結局吾輩は、ずっと迂闊であった。


 だが、迂闊でもよいのだと。最近は思うようになった。


 ふたりで喰う魚は、前よりずっと美味い。

どんな恐竜モチーフだったのかは皆さまの想像にお任せします。


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