71 世界越しの再戦
世界越しの再戦を告げた俺の言葉に、天使の瞳が僅かに光を宿した。
彼女が右手を掲げるのと同時に、空間そのものが圧縮されるような感覚が訪れる。
凝縮された天力が周囲の大気を振動させ、見えない衝撃波が辺りを揺るがした。
「【天煌】」
天使の指先から次元を歪めるような眩い光が迸る。
幾筋もの天力の矢が俺めがけて襲いかかってきた。
「【超越せし始まりの極光】」
俺は迷うことなく瞬間構築の魔術を展開する。
虹色に輝く魔力が放たれ、放たれた俺の攻撃は天使の放った矢を全て相殺。
さらに余波が彼女の纏う天力の鎧にまで届き、その一角を崩していく。
「――――」
天使の表情がほんの一瞬、不快そうに歪んだのが見えた。
純白の天力が彼女の身を再び覆い、直前の攻撃の痕跡を消し去る。
直後、彼女は痺れを切らしたように手を変えた。
「【天衣顕現】」
瞬間、彼女の両手に眩い光が集束し、二振りの純白の剣を形作る。
翼をはためかせ、ギュンと空気を切り裂きながら俺に接近してくる速度は目を見張るものがあった。
「面白い」
猛攻を避けながら、俺は遠くに落ちていたグラムを魔力で引き寄せる。
二振りに対し一振りで対抗するのには少々無理があるかもしれないが、全盛期の力を取り戻した今の俺にはそんな不安など微塵もなかった。
純白の剣と漆黒の剣が交差する度に、空間が揺らぐような轟音が生まれる。
高速の剣戟を以て、俺は次々と繰り出される斬撃を弾いていった。
カキン!
キイン!
ガキィン!
衝撃波と火花が広間を満たす中、天使の表情が徐々に険しくなっていくのが見て取れた。
剣技においても俺が上回っているからだろう。
その瞳に僅かな焦りが宿り始めている。
攻撃の一つ一つに天力が込められているはずなのに、俺の剣はその全てを受け止め、さらには徐々に天使の剣戟を押し込んでいく。
このまま圧倒するかと思った直後だった。
「否!」
「――ほう」
天使に似合わない感情むき出しの声を上げ、彼女は身を屈めながら前進してくる。
俺の刃が彼女の肩を掠めるも、彼女はそれすら気にせず猛攻を仕掛けてきた。
(自身の身を顧みない猛攻か。かつて戦った天使たちではありえない戦闘スタイルだが――)
自分の身を犠牲にしてでも相手にダメージを与える――そんな捨て身の戦法は、天使という種族には見られなかったものだ。
彼らは自らを完成された存在と信じ、身を貶めるような戦いを好まない。
――だが、だからこそだ。
これに応えねば大魔王の名が廃る。
俺もまた全力を以て天使の攻撃に対応することにした。いや、対応するだけではない。大魔王である俺がそんな小手先の戦術に引きずられるはずがない。
俺は足を踏み込み、剣に全身の力を込める。
「はっ!」
一閃。
振り抜かれた漆黒の刃が眩い白光と交差する。
激突した瞬間、衝撃波が広間を揺るがした。
天使は光の剣による斬撃、投擲、再召喚を重ねながら執拗に斬り込んでくる。
時に自らの身を盾にするかのように突撃し、俺の間合いを崩そうとする姿は、まるで長きにわたり戦場を生き抜いてきた猛者のようだった。
しかし、やはり元の力量が違うのか、それでも俺に通用することはなく。
結果、場は俺の優勢で動いていった――――
◇◆◇
戦闘の様子を見つめる雫の瞳は驚きに見開かれていた。
あまりにも常識外れの光景を目の当たりにして、身体がすくんでしまう。
空間を揺るがす衝撃波を放ちながら二つの存在がぶつかり合い、時に天空を駆け、時に大地を蹂躙する。
雫たちの座する地点からは、純白の天使と漆黒の大魔王が交錯するさまが一瞬一瞬切り取られるように見える。
まるで神話の一場面を目撃しているかのようだった。
「すご、い……」
その言葉は彼女の口から思わず漏れたもので、囁くように震えていた。
琴美は録画を続けながらも、その表情は凍りついている。
ミツキが手で目を覆いながらも指の隙間から様子を伺うように見ているのは、あまりの光景に視線を真正面から合わせられないからだろう。
そんな彼女たちの前で、とうとう戦いに決着がつこうとしていた――――
◇◆◇
想像以上の力量を見せる天使に、俺の心は確かに歓喜していた。
これほどまでに熱のこもった戦いをしてくれる相手は久しぶりだ。彼女は確かに強い。天使の中では群を抜いていると言えるだろう。
――だが、それでもやはり、所詮はたった一人の天使に過ぎない。
全盛期の力を取り戻した今、俺に勝てる存在などいるはずがなかった。
そう思い、まもなく決着がつこうかと思った直後。
天使がグッと身体をしならせ、翼をはためかせて上空へと跳んだ。
「ここに来て退避か? ……いや」
遅れて気付く。
周囲にはいつの間にか眩く輝く魔法陣が展開されていた。
天使が投擲した光の剣が地面に突き刺さり、それらが楔となって魔法陣を形作っていたのだ。
俺は思わず感心して天使を見上げる。
「初めからこれを狙っていたのか」
「肯定――全身全霊を以て、貴方を倒す」
これまでの機械的な片言とは違い、意志の宿った言葉。
それは間違いなく、この天使自身の意思によるものだろう。
瞬間、魔法陣の輝きが増し、天使が纏う天力が膨れ上がる。
全身を包む純白の輝きは、まるで小さな太陽のように広間を照らし出していた。
「蓮夜さん!」
「蓮夜!」
「蓮夜くん!」
雫たちの叫びを手だけで制し、俺は天使を見上げる。
「いいだろう。その覚悟に応じ、こちらも大魔王の全力で応えてやる」
俺もまた、周囲に魔法陣を展開した。
最初は無数の小さな魔法陣が生まれ、それが徐々に重なり合い、一つの巨大な術式となっていく。
瞬間構築ではない、正真正銘の【超越せし始まりの極光】――さらにそれと同じ行為を無数に繰り返し、魔法陣を積み重ねていく。
膨れ上がる天力と魔力の圧だけで大気が歪み、広間の地面がひび割れていく。
周囲の者たちが吹き飛ばされそうになり、懸命にその場を離れようとしているのが分かった。
天使は全身の輝きが極限まで達すると、両手を天に掲げ、力強く宣言した。
「最終奥義――【天地創星】」
対する俺は、展開した全ての魔法陣を一点に収束させる。
虹色だった魔法陣は混ざり合うごとに輝きを失い、やがて漆黒に染まっていった。
「原初術式――【虚無】」
俺から放たれた漆黒の光線と、天使が放った純白の光柱が空間の中央で衝突する。
ぶつかるも、拮抗するのはほんの一瞬。
世界が無音になったかのような静寂の後、黒の魔力は白の天力を呑み込み始めた。
それはまるで飢えた獣のように白き光をむさぼり、やがて天使をも包み込んでいくのだった――――




