70 決戦開始
――――数分前。
転移直後、俺は目の前に浮かぶその存在に目を奪われた。
そこにいたのは間違いなく天使。
天力と呼ばれる特殊な魔力を用いる存在であると同時に、異世界において超上位の実力者。
過去には俺も戦った経験があるため(もちろん勝利した)、すぐに分かった。
「アイツは……」
天使は数多く存在し、見た目がよく似ているため見分けるのが難解なのだが……彼女にはどこか見覚えがある気がする。
過去戦った天使たちの中にいたのかもしれない。
いや、今はそれよりも――
「そうか、昨日から感じていた違和感の正体はやっぱり……」
あの天使から放たれている、天力特有の異質な気配だったのだろう。
となると今日だけでなく、昨日のイレギュラーダンジョンも天使を起点に発生したと考えるのが自然。
異世界の存在である天使がここにいる理由も、その目的も分からない。
ただ、どうにも天使がこちらを見つめたまま、何かを深く考え込んでいるように思えた――まさにその直後。
「っ」
急激に体が重くなり、俺はその場に片膝をつく。
天力とはまた違う違和感。
いや、違和感というより、むしろこれはその逆――
「目標補足――計略実行」
シュッ。
鋭い音が響き、天使から純白の天力が俺めがけて放たれるのが分かった。
体が重い状態とはいえ、躱すのは可能だろう。
だが――
「「――――」」
不意に天使と目が合った瞬間、なぜか俺の中からその気持ちは失せ――
次の瞬間、眩い光が俺の胸元を貫いた。
そして天力が俺の内部に入った瞬間、ドクンと体全体が脈動するのを感じる。
(これ、は……)
刹那、一瞬の静寂が俺の身に訪れ――かわりにかつての記憶が過るのだった。
◇◆◇
「――天使の襲撃だと?」
「はい、魔王様。世界に混乱を招く魔王様を排除するべく遣わされたようで、我が軍の精鋭が次々とやられています」
我の確認に、側近が頷きながらそう説明する。
その表情には焦りの色が浮かんでいるが、対して我は満面の笑みを浮かべた。
「ほう、そうか……素晴らしい朗報、褒めてつかわす!」
「……は?」
天使。それは人族や魔族が暮らす地上界とは別次元の天界に暮らす種族。
普段は地上界に干渉してこないが、発展しすぎた都市、突出しすぎた個人が現れ世界の混乱が予測された時のみ排除のため精鋭がやってくるという。
大魔王としてこの地に君臨してから幾億年が経った今、ようやく我もその対象になったようだ。
「世界の調律を保つための存在という話は聞いたことがあるが……その実力、我がこの手で確かめてやろう!」
決意を固めた我は、単独で戦場に出陣した。
襲撃した天使の数は数十人にも及び、その一人一人が優れた力を有していた。
特に天使だけが使用できる天力は我らの使用する魔力に特攻があるのか、想像を超える実力ぶりを発揮してみせた。
――とはいえ、この大魔王に勝てる実力ではない。
こちらが力の片鱗を発揮して圧倒してみせると、なんということか、敗北を悟った天使たちは降伏を申し出てきた。
天界の全戦力を用いても我には勝てぬと悟ったようで、全滅するくらいなら世界の命運を我に委ねると言ってきたのだ。
それを聞いた時、我は大いに落胆した。
天使と呼ばれる存在が、これほどまでに戦いがいのない相手だと思っていなかったからだ。
天使は優れた実力や才能があるにもかかわらず、寿命がほぼ無限に近く自分たちが完成された存在だという自負があるためか、成長しようとしないのだ。
彼らが努力して強さを求めれば、いずれ大魔王《この俺》と渡り合えるだけの力を手に入れられるかもしれない。
最強の挑戦者を求める俺にとってはそれこそ理想的なストーリーだったが、残念ながら選ばれたのは全面的降伏だった。
いくら才能があろうと、本人たちに強くなる意志がなければ意味がない。
我は天使という存在に対する興味をなくし、そのため向こうの提案を呑み込むことにした。
その時、我の中にあったのは天使に対する失望だけであり――
(――いや、確か一人だけ、周囲より力が劣りながらも降伏に反対する天使がいたっけ)
いずれにせよ、天界全体で我の存命中は手を出してこないことが決定し、実際にそれから天使と出会う機会はなく。
やがて天使という存在自体が、我の中から消えていった――
◇◆◇
――しかし、現在。
目を覚ました俺――神蔵蓮夜の前には天使が存在していた。
何やら天力を溜めているようだが、やはりその見た目には見覚えがある。
(ようやく思い出した。ヤツは最後まで俺と戦い続けようとしていた天使だ)
そんな存在がなぜ異世界にいて、さらに俺たちを襲っているのかは分からないが、様子を見るに時間がなさそうだ。
このままだと雫たちが(あと何故か実体化しているグラム)天力の波動にやられるはず。
抵抗したいところだが、今の俺の実力で足りるだろうか――
「――ん?」
その時、気付く。
やけに魔力が練りやすい。
いや、それだけじゃない。視界が普段より少し高く、各部位の装備が代わり――そもそも体が根本から違う。
その理由はすぐに分かった。
(間違いない! 俺は今、大魔王の姿に戻っている!)
それに見た目だけでなく、魔力や身体能力についてまで全盛期のそれと同様。
なぜかは不明だが――だとするなら、対抗は容易だ。
「瞬間構築――【超越せし始まりの極光】」
かつてのグラム戦で使用した究極術式を瞬時に構築して放ち、天力と相殺する。
そして、
「待たせたな、お前たち。あとは、俺に任せろ」
そう告げると、この場にいる全員の視線が俺に集まった。
「あ、貴方は誰? どこか蓮夜に似てる気もするけど……」
「正解だ、ミツキ。俺は神蔵蓮夜だ」
「ほ、本気で言ってるの!?」
「ああ。お前には俺の前世について話したことがあっただろう? なぜか知らんがその時の姿にもどったらしい」
「前世? ……あっ! え? うん?」
まるで忘れていたことをいきなり思い出したかのようにミツキが声を上げる。
しかし、俺が懇切丁寧に説明してやった重大な内容を忘れるわけがないので多分気のせい。何か別のことに驚いているのだろう。
そんなことを考えていると、
「ほ、本当に蓮夜さんなんですか……」
「ああ、雫」
「じゃ、じゃあ動画とって、あとで私のチャンネルに載せていい?」
「機材全部ぶっ壊すぞ」
「蓮夜くんだ! 間違いない!」
琴美が叫ぶと、他のメンバーがなぜかホッとしたように胸を撫で下ろす。
納得のされ方に不満が残るものの、そう言ってもいられない。
「再臨確認――制圧執行」
そんな言葉と共に、天使が俺へ敵意を見せて天力を溜め始めていたからだ。
……ふむ。
「なぜ全盛期の力を取り戻せたかなど、この際どうでもいい――が、この身で敗北する訳にはいかんな」
俺は天使に向き直り、そして言った。
「世界越しの再戦といこうではないか、天使よ――我の力、再びその身に刻み込んでやる!」




