63 青龍(継承体)
「コイツは……!」
ボスと思われた玄武を討伐した直後、現れたのは先ほど以上の圧を放つ魔物。
青い鱗に覆われた巨大な龍が、その重厚な存在感で空間全体を支配していた。
鷹見は表情をしかめながら鑑定を使用する。
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【青龍】
・討伐推奨レベル:100
・風を自在に操り、竜巻や暴風を生み出す強力な風魔術を使用する他、優れた攻撃力、速度、防御力を有している。
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「レベル100……!?」
やはり、先ほどの玄武以上……
意識が朦朧としそうになるが、諦めるにはまだ早いと鷹見は踏ん張る。
唯一の勝ち筋として、どうやらこの青龍は防御力に特化した玄武と違い、バランス型のようだ。
(最大火力の一撃を浴びせれば、倒し切れる可能性はある)
毒のせいで満足に体は動かない状態ではあるものの、【迅雷活性】からの【天衝牙】をもう一度使えるだけの魔力は残っている。
逆にいえば、長期戦になればこちらの勝ち目はない。
肉体も魔力も、限界は近いのだ。
一瞬で片を付けるべく槍を握った直後、異変が起きた。
「っ、なんだ!?」
玄武の死体が淡い青白い光に包まれると、魔力となって青龍に吸収されていく。
いや、それだけではない。どこからともなく赤色と白色の魔力も空間を切り裂くように現れ、三種類の魔力が混ざり合いながら青龍に吸収されていった。
何が起きているのか――そう思った次の瞬間、青龍は眩い光に包まれる。
光が収まった時、そこには一回り大きくなった魔物の姿があった。
全身から放たれる圧倒的な存在感に、鷹見の脊髄を冷たい感覚が走り抜ける。
「こ、れは……」
戸惑いながら改めて鑑定を使うも、そこには衝撃的な文言が書かれていた。
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【青龍(継承体)】
・討伐推奨レベル:120
【継承体】
・四体のダンジョンボス【青龍】【玄武】【朱雀】【白虎】のうち三体が討伐された時、最後の一体に能力が引き継がれた時の姿。
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「なん、だと……!?」
あまりにも信じがたい文言。
しかし、先ほどをも超える圧が、それを事実だと告げている。
彼が以前に討伐した中級ダンジョンのボスをも上回るレベル。
初見であること、すでにこちらが衰弱状態であることを考慮すれば、討伐はほぼ不可能だろう。
「ルォォォオオオオオオオ!」
さらに、雄叫びと共に青龍は全身に風の鎧を覆う。
【迅雷活性】と【天衝牙】を使用したとしても、あれを突破してトドメを与えるのは不可能だと本能的に分かった。
「いったい、どうすれば……」
絶望する鷹見に対し、青龍は鋭い眼光を向ける。
そして風を放とうとした、その瞬間。
「喰らえ」
「グォォォォ!?」
――どこからともなく、風のように現れたそれが、青龍の体を弾き飛ばした。
「なっ!」
鷹見はそこにいた青年――神蔵蓮夜の姿に目を瞬くのだった。
◇◆◇
(あれは……)
目的地にたどり着いた時、俺の前に現れたのは疲労困憊の状態で膝をつけた鷹見と、その前に立ちはだかる青龍(継承体)の姿だった。
ギミックを見た時から可能性の一つとして考慮していたが、どうやらここのボスは他の個体から能力を引き継ぐ仕組みが存在していたようだ。
とはいえ、俺がやることは変わらない。
「喰らえ」
「グォォォォ!?」
青龍が鷹見に向けて風魔術を放つ直前、俺は全身全霊でグラムを振り下ろす。
風の鎧を突破した刃が奴の鱗に命中し、その巨体を弾き飛ばしてみせた。
「お前、は……」
すると、呆然とした様子の鷹見が話しかけてくる。
俺はそちらに向き、ふむと頷いた。
「その様子だと、勝負は俺の勝ちになりそうだな」
「なんだと!? 僕は既にボスを一体倒しっ……」
大声を上げて立ち上がろうとするも、上手く力が入らなかったのか鷹見はその場に崩れる。
怪我や疲労というよりは、状態異常系の攻撃を浴びたかのようだった。
そんな風に分析していると、ふとグラムが語りかけてくる。
『主様……』
「ああ、分かってる」
青龍に視線を戻す。
心配そうなグラムの言葉通り、鱗の表面に浅い切り傷を与えられただけで、ほとんどダメージにはなっていなかった。
それどころか、青龍の全身を覆う魔力が炎に変わり、瞬く間に傷を癒していく。
朱雀が有していた再生能力と同じものだろう。
「これはなかなか、タフな戦いになりそうだな」
グラムを構え、俺は青龍に向き合う。
その巨体から放たれる威圧感を受け止めながら、最適な戦術を模索する。
すると後ろから、鷹見の声が響いた。
「待て! お前ではどう足掻いても勝てる相手じゃ……」
「それはやってみないと分からないだろ? そもそも、そう言うお前の方が身動き一つ取れていないぞ」
「馬鹿にするな! まだ戦う力は残っている!」
「……ほう」
強がりかと思ったが、その瞳には確かに光が宿っていた。
怒りと闘志が混じり合い、諦めを知らない意志の力が感じられる。
この状況でそんな態度を取れるとは、思っていたよりもコイツは芯のある奴なのかもしれない。
俺は青龍に視線を向ける。
攻撃力や速度も優れているのは間違いないだろうが、なによりも厄介なのはその生存力。
全身を覆う風の鎧に、頑強な鱗と、優れた再生能力。これらが三重の防御となり、敵を寄せ付けない。
温存していた魔力を全て使用した纏炎剣なら大ダメージを与えられるかもしれないが、もし足りずに再生されてしまえば厄介なことになる。
コイツを倒すには回復する隙を与えずに押し切るしかない。
(そのための策がないこともないが……)
俺は肩越しに鷹見を見て、ニヤリと笑う。
かつての炎の獅子戦と同じだ。
「鷹見、まだ動けると言ったな? 決闘の最後に放とうとした一撃は使えるか?」
「当然だ!」
毒に侵されながらも、その瞳には戦意が燃えていた。
「なら準備しておけ。俺が見せ場を作ってやる」
「っ、つまりそれは……」
目を見開く鷹見に、俺は頷く。
「ああ――せっかくだ、共闘といこう」




