62 VS玄武
~十数分前~
「コイツは……」
複雑に入り組んだ通路を抜けた先で、鷹見は足を止めた。
眼前に現れたのは、亀と蛇が融合したかのような異形の魔物。
甲羅を持つ巨大な亀の体に、長大な蛇が巻き付いており、その姿は神話から抜け出してきたかのような威厳を放っていた。
思わず息を呑みながら、鷹見は鑑定を使用する。
――――――――――――――
【玄武】
・討伐推奨レベル:95
・硬質な甲羅による優れた防御力と、多種多様の攻撃手段が特徴。
――――――――――――――
「この圧からして、間違いなくコイツがダンジョンボスだな」
鷹見は槍を握り直しながら、冷静に状況を分析する。
確かにレベル95という数字は侮れないが、恐れるほどの相手ではない。
なにせ自分は一度、レベル100を超える中級ダンジョンのボスを単独で討伐した天才なのだから。
(それに比べればこの程度――)
「一瞬で片を付けてやる!」
自信に満ちた声を上げ、鷹見は【身体強化】を発動。
一気に間合いを詰め、得意の槍術スキル【連波槍】を放つ。
しかし、
キン!
「チッ」
硬質な甲羅によって、攻撃は完全に跳ね返されてしまう。
手数だけ多くても通用しないようだ。
「防御力だけは確かなようだな――」
「シャァー!」
亀の甲羅に意識を向けていた瞬間、予想外の事態が起きた。
亀に巻き付いていた蛇が、まるでゴムのように伸びながら襲いかかってきたのだ。
「――ッ」
間一髪で槍を構えて受け止めたものの、その衝撃で鷹見は数メートル後方へと吹き飛ばされる。
「シャァァ!」
蛇は畳み掛けるように、その口から無数の水弾を放ってきた。
紫がかった水弾が空気を切り裂きながら迫る。
「舐めるなよっ!」
鷹見は槍を振るい、次々と弾き返していく。
しかし一つだけ、完全には避けきれず、左肩を掠められてしまった。
多少の痛みはあるが、この程度なら問題ないだろう。
「……ふぅ」
一連の攻撃を凌いだ鷹見は、一度深く息を吐く。
「攻撃に関しては大したことがないな。やはり、レベル相応の敵ということか」
そう判断した鷹見は、得意の魔術を繰り出す準備を整える。
くるりと器用に槍を回した後、天を仰ぐように叫んだ。
「【地を割る落雷】!」
轟音と共に眩い光が放たれ、玄武の巨体を直撃する。
「「ァァァァァ!」」
さすがの防御力を持ってしても、上級魔術の威力は無視できなかったようで、玄武と蛇が悶え苦しむような叫び声を上げる。
それを見た鷹見は得意げに笑った。
「さあ、このまま畳み掛けてや――え?」
追撃に出ようとした瞬間、異変が起きた。
突如として足から力が抜け、鷹見は片膝を地面につく。
(なんだ、これは?)
特に左肩を中心に、全身が重たく感じられる。
困惑した表情で顔を上げると、蛇の口元から紫色の瘴気が漏れているのが見えた。
その時、鷹見は先ほどの水弾が微かに紫色を帯びていたことを思い出す。
「まさか――毒か!?」
その瞬間、自身の驕りと慢心に気付く。
確かに自分はレベル100を超える魔物と戦った経験を持つ。
しかしそれは、 過去に攻略してきた上級探索者からの情報があり、徹底的な事前準備があってこその勝利だった。
初見かそうでないか。
その二つの差はある意味、レベル差以上に大きいということを鷹見は悟った。
「おい、大丈夫か!?」
その時、自分でも玄武でもない声が響く。
そちらを見ると、そこには4名の男女がいた。
あの数で回っているということは中級探索者なのだろう――この魔物を相手にするには荷が重すぎる。
「いま、助けに入――」
「いらん! 足手まといになるだけだ!」
「ッ……ならせめて、助けを呼んでくる!」
力不足を惜しむような表情を浮かべた後、彼はこの場を去る。
これでいいと、鷹見は小さく息を吐いた。
「ルゥゥゥゥゥ」
「シュゥゥゥゥ」
亀と蛇が二つの声を重ねながら、ゆっくりと近づいてくる。
その足音が、まるで死神の足音のように鷹見の耳に響いた。
自分の不甲斐なさに、鷹見は歯を噛みしめる。
(ここで、終わり?)
しかし次の瞬間、彼の瞳に決意の光が宿る。
(――否!)
震える体を強引に起き上がらせながら、鷹見は心の中で叫ぶ。
「僕は英雄になる……そのためには、こんなところで止まっているわけにはいかないんだ!」
声に力を込めながら、右手一本で【穿空】を構える。
左腕は完全に動かなくなっていたが、それでも諦めるわけにはいかない。
「【迅雷活性】!」
雷の力を全身に巡らせ、筋肉に直接働きかける上級魔術を発動。
毒で麻痺した体を強引に動かす。
(これなら、今の僕でも十分な速度で動けるはずだ)
決意と共に、鷹見は玄武へと真正面から突進する。
今の自分に、技巧を凝らす余裕はない。ただ一撃に、全てを賭ける。
地面を蹴り、己の持てる力全てを槍に込める。
早く、速く、疾く――
「「――――!」」
亀と蛇が目を瞬く間に、鷹見は肉薄していた。
そして、渾身の一撃を放つ。
「【天衝牙】ァァァ!」
槍の穂先が甲羅に接触する。
一瞬の膠着の後、ピシリと甲羅にヒビが入る音が響いた。
そして――雷を纏った一撃は、ついに玄武の防御を突破。
その巨体を串刺しにする。
「「ァ、ァァァァァ」」
二つの首が断末魔を上げながら、玄武の体が崩れ落ちていく。
「勝った、のか……」
安堵の吐息と共に、鷹見は疲れ切った体を地面に下ろした。
――しかし、その安らぎは束の間のものだった。
「ルォオオオオオオオオオオオオ!」
轟音のような咆哮が、背後から響き渡る。
「――――は?」
振り向いた先に映り込んだのは、青色の鱗が特徴的な巨大な龍の姿だった。
その巨体は、先ほどの玄武をも凌ぐ威圧感を放っている。
(まさか、まだ続くのか……!)
鷹見の顔から血の気が引いていくのだった。




