28 魔剣の台座
「はあっ、はあっ」
隠しエリアの中を突き進むこと10分。
ようやくあたしの耳に戦闘音が飛び込んでくる。
「あそこね!」
最後の角を曲がると、そこにはモンスターの群れと戦闘する5人組の探索者パーティーがいた。
――――――――――――――
【ゴブリンジェネラル】
・討伐推奨レベル:42
【スケルトンナイト】
・討伐推奨レベル:40
――――――――――――――
鑑定で見たところ、1体1体はレベルが40前後のモンスターたち。
中層を潜る探索者にとってはそう苦戦する強さではないが、問題は数だった。
「くそっ、いくらやってもキリがねぇ!」
「まだ50体近く残ってるわよ!?」
「もう魔力も限界だ! これ以上は戦えないぞ!」
通路を覆うほどの数に苦戦する探索者たち。
しかもメンバーには1人怪我人もいるみたいで、そのせいで離脱することもできないみたいだ。
「キシャァァァ!」
「っ、しまった!」
「きゃあっ!」
すると1体のゴブリンジェネラルが、前衛の隙間を抜けて後方の怪我人に襲い掛かる。
他のメンバーが失態を悟るも、このタイミングではとても間に合わない。
そう判断したあたしは、咄嗟に駆け出した。
「はあッ!」
「ガフッ!?」
ギリギリで間に割って入ったあたしは、剣を力強く振るいゴブリンジェネラルを両断した。
そして怪我人の少女に言葉を投げかける。
「大丈夫かしら?」
「は、はい。だけどあなたは……」
「救援魔力弾を聞いて来たの。足に傷を負ったのね、立てるかしら?」
「我慢すればなんとか。だけど走るのは難しくて……」
「歩けさえすれば十分よ――全員、下がって!」
他の四人にそう指示を出すと、少しだけ困惑した表情を浮かべる。
「助けに来てくれたのはありがたいが、何をする気だ!?」
「群れに魔術を撃ってから離脱するわ! 体力のある人は怪我人のカバーをして!」
「っ、分かった! 全員、退け!」
リーダーらしき男性の指示と共に、全員があたしの後ろに下がってくる。
そんな中、あたしは荷物袋から魔道具を二つ取り出した。
「こんなところで使うはずじゃなかったけれど、背に腹は代えられないわね」
これだけの数のモンスター相手に、剣だけで凌ぎきるのは不可能。
なので先日、神蔵さんから購入したこの火力変動型魔道具を使用することにしたのだ。
「さあ、喰らいなさい!」
あたしがそう叫ぶと同時に、魔道具から火炎の矢が二つ、モンスターたちに飛んでいく。
「ギャアアァァァァァ!」
「ゴフゥゥゥゥゥゥゥ!」
火炎の矢は先頭にいるモンスターだけでなく、後方のモンスターたちをも貫いていった。
さらには火が次々と周囲のモンスターに移っていき、全員が混乱状態に陥っている。
相変わらず、魔道具によるものとは思えないすさまじい火力だ。
「今のうちに撤退するわよ」
この隙を逃さず、あたしたちはモンスターの群れから避難するのだった。
◇◆◇
撤退すること10分。
怪我人がいるため速度こそ出なかったものの、無事に群れから逃げ切ることに成功した。
周囲を警戒しながら隠しエリアの出口に向かって歩いている途中、リーダーらしき男性が話しかけてくる。
「おかげで助かったよ。ありがとう」
「礼は後にして。まだ隠しエリアからは出られてないんだから」
「ああ、それもそうだな」
とは言ったものの、隠しエリアの出口まではあと少し。
ここまで来られたら問題なく離脱できるだろう。
そう安堵した直後だった。
『ゴォォォオオオオオ!!!』
大地を震わせるほどの巨大な雄叫びが、あたしたちの耳に飛び込んできた。
「何だいったい!?」
「モンスターの声か?」
「みんな、あっちを見て!」
怪我人の少女が指を向けた先には、1体の巨大なモンスターがいた。
まるで大樹のような見た目のソイツは、さっきまで戦ってきた奴らとは比べ物にならない程の威圧感を放っている。
あたしは鑑定を使用した。
――――――――――――――
【ギガ・トレント】
・討伐推奨レベル:80
・巨大な大樹の体と、全身に巻き付いた枝や蔦を自在に操ることで攻撃してくるのが特徴。
――――――――――――――
「レベル80!?」
明らかに、場に見合わない強さ。
それが指し示す事実はたった一つしかない。
「まさかこのタイミングで、逍遥する排斥者と出くわすだなんて!」
【逍遥する排斥者】
それはダンジョンに時折出現する、場に見合わない実力を持ったモンスターに対する通称。
特徴としては攻撃力や防御力に秀でている反面、速度面では劣っており回避に徹すれば逃げ切れる場合が多い。
ただし――
あたしはちらりと、背後の少女を見た。
通常時ならともかく、怪我人がいる状態でだと話は別だ。
絶対に逃げ切れるという保証はない。
これならいっそのこと、
「あなたたちは先に行きなさい!」
あたしは他の5人に対して、力強くそう告げた。
「でも、それだと君はどうするんだ!? 俺たちも援護を――」
「あなたたちがいたら足手まといだって言ってるの! 安全を確保出来たら、すぐに後を追うわ!」
「っ、恩に着る!」
そう言葉を残し、5人は先に出口に向かう。
あとは数分だけ時間を稼ぎ、あたしも後を追えばいい。
「かかってきなさい!」
『ゴゥゥゥ!』
襲い掛かってくる枝を、なんとか剣で払い続ける。
約2分が経ち、そろそろ撤退のタイミングかと思ったその時だった。
「? どこを狙って――」
ギガ・トレントの枝が、あたしを通り過ぎて背後に向かう。
一瞬だけ疑問を抱いたが、その狙いはすぐに明らかとなった。
「うそ! 枝が絡まって、通路を覆い隠した!?」
やられた!
これでは彼らの後を追って撤退することはできない。
枝を切り払おうとしても、その隙を狙ってギガ・トレントは攻撃を仕掛けてくるだろう。
さらに――
「……冗談、やめてよね」
反対側の通路から、一度は撒いたモンスターの群れが現れる。
前方にはギガ・トレント、後方にはモンスターの群れ、そして唯一の退路は枝で塞がれた。
まさしく八方塞がりという他ない。
そんな風に、変化し続ける状況に混乱してしまったのがいけなかったのか。
一瞬だけ、ギガ・トレントから目を逸らしてしまったのが運のつきだった。
『ゴゥッ!』
「しまっ――がはっ!」
とうとう枝を躱しきることはできず、あたしは出口とは反対側の壁に叩きつけられた。
ゴフッと、肺から空気が外に出てしまう。
そんなあたしを見て勝利を確信したのか、ギガ・トレントはゆっくりと近づいてくる。
まずい、このままでは本当に負け――
カラン
その時、何かが地面に落ちる音がした。
あたしはそれを右手で拾い上げる。
「これは……さっき神蔵さんからもらった魔道具?」
そういえば神蔵さんは言っていた。
これは魔力消費を抑えた改良版の魔道具だと。
魔力を使わない以上、火力は先ほどより格段に下がるだろうが……それでも今は、これくらいしか手がない!
「喰らえぇ!」
せめて少しでも状況を打破するきっかけになることを願って。
あたしはギガ・トレントに向け、その魔道具を発動する。
その直後、予想だにしないことが起きた。
ドォォォォォオオオオオオオオオオン! と。
魔道具から放たれた巨大な槍が、トレントの体の大部分を燃やし尽くした。
「――――は?」
あたしはその光景を、ただ茫然としたまま眺めていた。
意味が、本当に意味が分からない。
確かに神蔵さんが言っていた通り、あたしは今ほとんど魔力を使わなかった。
にもかかわらず、この威力。
こんな魔道具が存在するだなんて見たことも聞いたこともない。
神蔵さんはいったい何者なのだろうか。
こんな状況だというのに、それが気になって仕方なくなる。
「いえ、そんなこと考えてられる状況じゃないわ!」
かなりの火力だったが、ギガ・トレントを倒しきるとはいかなかったのだろう。
敵は既に、穴の開いた部分を根や枝で修復し始めていた。
とはいえ、今は再生に力を注いでいるため攻撃する余裕はなさそうだ。
「逃げ場があるとすれば、あっちしかない!」
背後から迫りくるモンスターの群れから逃げるべく、あたしはギガ・トレントの脇を通り抜けて、隠しエリアの奥へと退避するのだった。
◇◆◇
「はあっ、はあっ、なんとか撒けたかしら」
それから数分後。
あたしはようやくギガ・トレントたちから逃げ切れたが、とうとう体力と魔力が限界を迎えかけていた。
だからといって、ここで立ち止まっては何の意味もない。
意識が朦朧としながらもなんとか歩き続けていると、不思議な場所にたどり着いた。
「ここはいったい……」
そこは不思議な空間だった。
まるでボス部屋のように巨大で荘厳な広間だが、モンスターはいない。
その代わり、部屋の中心には立派な台座が置かれ、そこには一本の剣が突き刺さっていた。
まるでRPGに出てくる勇者の剣みたいだ。
「もしかしてあれが、この隠しエリアの報酬?」
だとするなら――
アレさえ手に入れれば、まだこの状況を打破することはできるかもしれない。
あたしは重い体を引きずるようにして台座にまでたどり着き、剣を握る。
引っ張ってみると、思いのほかあっさり引き抜けた。
「選ばれた者にしか抜けないってわけじゃないのね。そうだ、鑑定を使って能力を見なくちゃ――」
そう思い実行に移そうとした、その直後のことだった。
『待っていたぞ、この瞬間を』
「……え?」
声がした。
咄嗟に周囲を見渡すが、人もモンスターもいない。
だとすれば、今のはいったいどこから――
『感謝する。貴様のおかげで今、我の封印は解かれた』
「……まさか、この剣が喋ってるの?」
そうとしか判断できない。
まさか意志ある武器とは。かなり珍しい剣を見つけたのかもしれない。
――そう興奮するあたしをあざ笑うように、剣は続けた。
『では、ありがたくその体を使わせてもらおう』
「なっ!」
剣から黒色の魔力が漏れ、あたしの中に入ってくる。
その魔力はあたしの体の支配権を奪おうとしているのが直感的に理解できた。
「やめ、ろ……」
『貴様ごときの力で抗おうと無駄だ』
ドプン、と。
意識が沈んでいくような感覚。
抵抗にはほとんど意味がなく、剣が言った通りにあたしの体は奪われ――
『ああ、ようやくだ――ようやく我は、【奴】に復讐することができる!』
意識を失う間際で、そんな言葉を耳にするのだった。




