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異形転生  作者: 島田のはち
第1章
9/23

09

楽しかった食事を終え、各々部屋に戻り、わたしもシャワーを済ませてラフな服装に着替えた。ベッドに腰を掛けてサイドテーブルに置いていた端末に手を伸ばす。

改めて見てもやはりスマホのようにしか見えないそれは怖いくらいに手に馴染む。前の世界で使っていたものとは似ても似つかないのに、まるでわたしの為だけに誂えたような馴染み方だ。

指紋認証になっているロックを外して端末のメニュー画面を開く。以前にも確認したステータスと装備の項目の他に、この世界の知識が集約した図鑑の項目や、持ち物の項目が並んでいる。『収納空間インベントリ』の内容はスキル画面から確認できるので、持ち物とはまた違う括りになっているようだ。

持ち物の画面を開くと、装備品と、腰に付いているポーチの中身が表示されていた。端末が持ち物として認識しているのは『収納空間インベントリ』に収めていない所有物のことのようだ。念の為にポーチの中身を確認してみたが、間違いはなかった。

ベッドに寝転がって図鑑の画面を開く。この世界の歴史や、生物や植物などの資料など。基礎知識として必要そうなものは勿論、持っていて損はない情報が多く記載されている。画面をスクロールしてさっと目を通して、全部を見るのには時間がかかりそうだと思いつつ、取り敢えずすぐに読めそうなものはないかスクロールしていくと、絵本の項目を見つけた。これなら丁度良さそうだ。

絵本の項目から適当なものを探す。この世界にも結構な数の絵本があるようで、沢山のタイトルが並んでいた。どれにしようか行ったり来たりスクロールを繰り返し、ピタリと止めたところで目に付いたタイトルをタップする。

『白い世界と始まりの樹』。クレヨンで描かれたような柔らかいタッチのイラストが可愛らしい絵本だ。


この世界の 最初の御話―――。

世界の最初にはなにもありませんでした。

真っ白な世界に、神様は一つの種を植えました。

それは真っ白な世界の、最初の色、最初の樹でした。

神様が大事に大事に育てはその樹は、長い年月を掛けて空に届く程大きくなりました。

やがてその枝に果実を実らせた樹の為に、神様は樹の葉から一羽の鳥と生み出し、その鳥に命じます。

「鳥よ。この世界のどこかにこの果実を落としてきなさい」

鳥は神様の命に従い、樹の枝に実っていた果実を一つ咥えると、その翼を広げて飛んでいきました。

遠く、遠くへ。鳥は真っ白な世界を休むことなく飛び続けます。

そうして鳥が疲れて飛べなくなり、地面に降り立った場所で果実を落とすと、果実は種となって新たな樹となりました。

鳥は翼を休めながらその樹が大きくなるのを待ち、その樹が果実を実らせたら、その果実を咥えてまた飛び立ちました。

そうして少しづつ、この世界は色に溢れ、鮮やかな世界へと生まれ変わっていったのです―――。


ページをスワイプしていくと、最後に作者のあとがきがでてきた。

作者は考古学者で、世界の始まりの地である『白紙の大地』のついて研究している人だそうだ。この『白紙の大地』は現在も存在する実在の地で、一説では精霊や妖精が生活している『精霊の森』の奥地に封印されているのではないかと言われているらしい。

図鑑の項目の中で検索機能を使って『白紙の大地』について調べてみると、思っていた以上の数のタイトルがズラリとページ内に表示された。


「世界で唯一色を持たない『白紙の大地』、ね」


この世界を旅していく中で、いつか辿り着くことができるだろうか。そんな夢があってもいいだろう。

端末の画面を閉じてサイドテーブルに置く。その隣にあるランプの明かりも消して布団を被れば、優しい温もりに一気に眠気が襲ってきた。この体で寝れるのか少し不安はあったが、これなら大丈夫そうだ。

疲れもあってかあっさり意識を手放し、この世界での長い初日が膜を閉じた―――。




暗闇に、何かがある。

空も、果ても、底もない場所で、それは聳え立っている。

大きい。ただただ大きい、塔。

そこに繋がる唯一の道は、岩を切り出したような質素なもの。わたしはそこに立っている。

ここは何処だ。これはなんだ。声は出ない。

ゆっくりと意識が薄れていく。

塔の前に立っていた山羊角を持った男性が、何かを呟いて丁寧にお辞儀をしていた気がした。




小鳥の囀りと、窓から差し込む朝日の眩しさで目が覚める。なにか変な夢を見ていたような気がしたが、思い出せない。

起き上がってベッドの上で暫く停止する。眠気が覚めないとどうしても動けないのはこの体になっても変わらないらしい。ウトウトと船を漕ぎながらも二度寝しないように持ち堪える。欠伸を一つ噛みしめると、漸く体が動く程度には眠気が覚めた。

ベッドから降りて着替え身だしなみを整える。朝食は女将さんに任せているから食堂に向かえば良い。

部屋を出ると丁度隣の部屋の扉が開いてミナが出てくる。後ろ髪に僅かに寝癖を残したまま、わたしに気付くとパッと明るい笑顔を浮かべた。


「おはようございます。オズさん」

「おはようミナ。ゆっくり寝れた?」

「はい!ぐっすりでした」


トコトコと目の前に来て笑うミナ。なんだか妹でもできたような気分になりながら頭を撫でながら気付かれないように寝癖を直してあげる。


「二人はまだ寝てるの?」

「はい。リドもアンネも朝は弱いので。女将さんも気を遣って二人の朝ごはんは遅らせてくれるんです」

「へぇ…、優しい女将さんだね」


時間をズラして食事を用意するのは大変なのに、その苦労を惜しまないということは、それだけ女将さんはリド達を大事にしているんだろう。

二人で階段を降りていくと、足音に気付いた女将さんがカウンターの奥からひょっこり顔を出した。


「あら、おはようさん。オズさんも早いのね」

「おはようございます。すみません、起床時間を伝えておくべきでしたね」

「大丈夫よ。みんなの朝ごはんはできてるからね。奥の食堂へどうぞ」

「「はーい」」


昨日も思ったが、女将さんの人柄もあってかまるでお婆ちゃんの家に居るような感覚になる。昨日はこの世界に来たばかりだったこともあってずっと緊張していたからか、このアットホームは空気が本当に有り難い。

カウンター横の廊下を奥に入ると一つの扉がある。ミナに続いてその扉を潜ると、実家のリビングのような空間があった。六人掛けの長テーブルに椅子、部屋の隅にはソファーやミニテーブル、いろんな本が並んだ本棚が置かれていて食事時以外にも利用できるようになっている。どうやら宿の受付カウンターの奥は厨房になっていたようで、暖簾の向こうから女将さんがトレーに朝食を乗せて出てきた。


「さぁさぁお座りなさい。ご飯ですよ」

「「はーい!」」


テーブルにミナと向かい合って座る。順番に運ばれてきた朝食を受け取ってお礼を言う。温かい焼き立てのパンと具沢山のクリームシチュー、彩り野菜のサラダに、果物のジュース。色鮮やかでバランスも取れたとても美味しそうな朝食に、思わず声が漏れる。

いただきます、と昨夜のようにミナと二人手を合わせる。ジャムもドレッシングも女将さんの手作りだと言うから凄い。メニューこそ平凡だが、朝からとても豪華なものを頂けて嬉しい。


「オズさん。昨日アンネと話していたんですが、もし良かったら今日わたし達と一緒に依頼を受けませんか?」

「いいの?」

「はい!チーム同士や個人同士、チームと個人など、協力して依頼を受けることは珍しいことではありません。冒険者は危険も多い仕事ですから、いろんな人と協力して依頼をこなすこともあるんです」

「そっか。それなら是非ご一緒させてもらおうかな」

「!ありがとうございます!」


嬉しそうなミナにわたしも頬が緩む。本当ならわたしの方から言い出そうと思っていたが、まさか先に言われてしまうとは。彼らには昨日も散々世話になったが、この調子ではこれからも世話になりそうだ。


「ぉはよ〜〜……」

「ぉ、ふぁ……ぁ〜…ぁよ〜……」

「んっふふっ…!」

「おはよう二人共」

「おはようさん。今日も眠そうねぇ」


ふにゃふにゃになって現れたリドとアンネに思わず笑ってしまった。朝が弱いと言っていたけれど、こんなにもふにゃふにゃになるものなのか。わたしの家族は両親共働きだったのもあってわたしが一番起きるのが遅かったから両親の寝起きの姿を見ることは殆ど無かったから、あの人達が朝に弱いかどうかなんて知らない。他人の寝起きの姿を見るのは修学旅行とかキャンプとか学校の行事の時くらいだったものだ。


「(…でも、その同級生達の顔も、思い出せない…)」


全員ではないにしろ、殆どの人の顔が朧気だ。これもこの世界に“渡って”きた影響なのだろうか。

フラフラと食卓についたリドとアンネ。アンネはミナの隣に、リドはわたしの隣に座った。爆発したようなリドの寝癖を直してやろうと髪を撫でつけていると、リドの頭がゆっくりとわたしの方に傾いてくる。寝ぼけているせいか、頭を撫でられているとでも思っているのだろうか。


「リド。早く食べないとご飯冷めちゃうよ?」

「ん〜……、わかっ…ぅ、姉ちゃ……」


完全に寝ぼけているな。正面に座るミナに顔を向けると、彼女も寝ぼけて寄りかかって来るアンネを抱きとめながら、リドの譫言に笑いを堪えていた。これはいいネタが手に入ったので後でリドのことをからかってやろう。

女将さんが朝食を盛り付けたトレーを持って現れる。リドとアンネの様子に「あらあら」と笑うと、彼女は優しい手付きで二人を起こすのを手伝ってくれた。

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