07
タナの街に着いてすぐ、わたし達はギルドに戻って試験の結果報告をした。
ギルドの受付カウンター前に山積みになったビックベアの死体にギルド内が一気にざわついたが、受付嬢のカレナさんや他のギルド職員をよそに、バドルさんは相変わらずニコニコとしながら腕を組んでいた。
「試験の討伐対象、ビックベア。討伐証のついでに死体と…それから、道中遭遇したウェイブバットの死体もついでに提出させていただきます」
「か、確認致します…」
カレナさん以外にも何人かの職員が慌ただしく出てきて討伐証として取った爪の鑑定や、ビックベアの鑑定をしていく。その様子をみんなで並んで見つめる。
討伐したビックベアは全部で12体。ウェイブバットは8体。キース曰く、チームでもこれだけの数を半日で討伐できるのは中位等級以上のチームぐらい実力がいるらしい。図らずも目立つような行為をしてしまったな…と思うが、そもそも自分はそうでなくても目立つ存在だったな、と思い直して諸々考えるのは止めた。
「オズさん」
「はーい」
カレナさんに呼ばれてカウンターへ向かう。カウンターの上には布が敷かれ、その上には討伐証であるビックベアの爪とウェイブバットの翼がズラリと並べられていた。
「確認が完了致しました。ビックベア12体、ウェイブバット8体の討伐成功おめでとうございます。試験合格と共に、ギルドマスターの意向により、余剰分のポイントを換算し、オズさんの冒険者ランクを銀等級からのスタートとさせて頂きます」
カレナさんが言い終わると同時にギルド内がワッと沸き立った。わたしを称賛する声があちこちから聞こえてきてなんだかむず痒い。こうして褒められるのは慣れていないから。
気恥ずかしいけど無視するわけにもいかないと、片手を上げて答えるとより一層声が沸き立った。
「ではオズさん。こちらをどうぞ」
「これは…?」
「冒険者の証です。こちらのタグは身分証にもなるので紛失にはご注意下さい」
カレナさんから銀色のドックタグがついたネックレスを受け取る。タグの部分には職業と名前が刻印されていて、他国への入国の際など税金が掛かる関所などを通る時に提示すると無料で通れるようになるらしい。紛失すると再発行に費用がかかるらしいので注意しよう。
「オズ」
ネックレスを首に通しているとキースに呼ばれる。バドルさんと並んでいる彼の姿を見れば何の用事なのかは容易に想像がつく。無言でリド達を指差すとキースは首を振ったので、今回は彼らの同行は必要無いらしい。
「リド、アンネ、ミナ。わたしはちょっとバドルさんと今日のこと話してくる。キミ達は先に休んでて」
「わかった。…あ。オズ、今日泊まる場所決めてないよな?俺達が使ってる宿で部屋取っておくから、またあとで迎えに来るよ!」
「いいの?ありがとう。それじゃあまたあとでね」
「ええ」
「また後ほど」
リド達と手を振って分かれ、キースとバドルさんに歩み寄る。彼らは何も言わずに二階への階段へ足を向けたのでそれに黙って着いていく。着いたのはやはりギルドマスターの部屋だった。
「…さて。話しがあるってことだが…、キース、オズ。なにがあった?」
「はい。実は……」
ソファーに座って話し始めたキース。わたしもバドルさんもその言葉を黙って聞く。
内容は今回の試験であった出来事だ。その中でもウェイブバットと生息地から離れた場所で遭遇したことや、マーダーグリズリーのこと、そしてそのマーダーグリズリーが人為的にアンデットにされた上に森に放たれた可能性があること。
バドルさんは話の内容に信じられないというような表情をしていたが、キースに促されわたしが端末の画面に『収納空間』の収容物を表示してそれを見せると、バドルさんは大きく溜息を吐いた。
「……あれだけのビックベア、なにかあったんじゃねえかとは思ったが…。まさかそんなことがあったとはな…」
「幸いにもオズがプレイヤーであった為に俺達は危機を乗り切れましたが、他の冒険者ではこうはいかなかったでしょう」
「…お前もうバレたの?」
「どうもわたしに演技の才能は無いようです」
えへ、と冗談めかして答えると頭を小突かれた。
「使う魔術を下位のものに縛って徹底していたので、今回のようなイレギュラーでも起きない限りは俺も気付きませんでした。そう簡単にはバレませんよ」
「そうか。…取り敢えず、今回のことは上にも報告してみる。あまり期待はできんがな…」
溜息と共に肩を落としたバドルさん。
タナの街の役人はプレイヤーのソウタロウと繋がっている。ソウタロウの態度を見れば役人の強制力なんて期待できないし、そもそも動いてくれるかもわからない。期待するだけ無駄だろう。
「一部の冒険者に事情を話して調査してもらうのは?」
「…できなくはねぇが、危険性を考えると金等級以上が必須条件だな。人員はかなり絞られる」
「必要なら俺も動きます。今回の件、やはりどうにも気になるので…」
キースは帰り道でもずっと今回のことを気にしていたみたいだし、調べられるのであればそうしたいのだろう。
わたしも確かに気にはなるが、まだこの世界のことに関して知らないことが多いし、下手に手を出して邪魔になってはいけない。ここはキースのようにこの世界は勿論、このタナの街に馴染みがある人に任せた方がいいだろう。とはいえ完全に他人任せなのも気が引けるので、なにか手伝えることがあれば喜んで手伝おう。
「わかった。この件に関してはまた声を掛ける。今日は疲れただろうから二人共もう休め」
「はい」
「お先に失礼します」
キースと一緒に部屋を出る。思っていたよりも大変な一日になってしまったが、これが毎日続くわけではないし、取り敢えず宿に行ったらゆっくり休むとしよう。思えばこの世界に来てからちゃんとした場所で休息を取るのは初めてかもしれない。軽く肩を回したら関節がパキパキと小さく音を立てた。
「災難だったな」
「まぁね。でも意味が無いわけじゃないし、苦労しただけはあったかな」
「…お前のように銀等級から始めた冒険者なんて聞いたことがない。もしかしたらソウタロウや役人達に目を付けられる可能性もある」
「それならそれで構わないさ。わたしに目が向いている間は他が動きやすくなる。悪いことばかりじゃない」
「そうだな。…だが、あまり無理はするな。今のタナの街で少しでも派手な行動を取れば自分の身を危険に晒すぞ」
「…それだけソウタロウや役人のやり方は横暴ってワケ?」
キースは何も言わなかったが、少しだけ寄せられた眉が街の現状を物語っているようだった。
溜息を吐くとキースも首を振った。彼もタナの街の住人として黙って見ているだけなのは辛いだろう。なにかのキッカケで彼らの権限を奪うとこができれは、少しは変わるかもしれないが…。
「(そんな都合の良いこと、そうホイホイあるわけ無いしな…)」
ロビーまで降りるとなにやらざわついていた。キースと顔を合わせ、もしかしてわたしのせいか?と思ったがどうやら違うらしく、冒険者達の視線は受付カウンターに居る人達に向けられていた。
「ドワーフの商人か。珍しい」
キースの視線は受付カウンターで書類を書き込んでいる小人に向けられている。キースのような獣人やわたしのような海魔も居るのだからドワーフだって居るのは納得がいくが、わたしはそれよりもその隣に居る人間族の男性の方が妙に気になった。
夜桜の絵柄の羽織が目を引くその人は、腰に剣を下げているが、それはこの世界の定番である西洋剣ではなく、日本刀だった。装備から一瞬日本人かと思ったが、その顔立ちは西洋人に近い。赤毛に、横顔からでも分かる程深い青い瞳。羽織の下の服は軍服のようなデザインだし、この世界でそういう文化が好きな人、だと言われれば納得できるような出で立ちだ。しかし…、
「(…なんだろう。この違和感は……)」
ジッと見つめていると視線に気付いた彼と目が合う。柔らかく微笑んで会釈した彼にわたしもつられて会釈を返す。
「では、よろしくお願いします」
「承りました。準備が整いましたらご連絡致します」
去っていく彼らを見送り、キースと顔を合わせる。受付を担当したのはカレナさんのようなので少し聞いてみようか。
「カレナさん。今のは?」
「オズさん。はい、実は彼の商隊の護衛依頼を受けたのです。ドワーフは頑固な方も多いので、こういった依頼は珍しいですね」
「そうなの?」
「職人気質が多い種族だからな。閉鎖的で他人の干渉を嫌う奴も多いんだ。商隊を率いていても自分達でなんとかしようとする奴が殆どだな」
確かにドワーフは職人というイメージが強い。でもわたしのイメージではそこまで頑固なイメージは無いのだが。まぁその辺りの印象は人によるだろう。
「ですが不思議な依頼かとは思います」
「?なんで?」
「隣にいらっしゃった男性、剣を持っていました。きっと商隊の護衛だと思うのですが、それなのに護衛依頼をするのは他の商隊でも珍しいですね…」
「…護衛を増やす必要があったとか?」
「うーん…。どうなんでしょう?行き先はハーシャ港なのに銀等級以上の冒険者をご希望ですから…、なんだか変な依頼なんですよね」
ハーシャ港とは、わたしが試験をしたタナの森を街道に沿って抜けて、3日程移動した先の港町だそうだ。街道を行けばいいだけの、魔物も少ない安全な道程なのに銀等級以上の冒険者を護衛に希望するとは確かに変だ。
喉の小骨でも引っ掛かっているような妙な違和感を覚えたままカレナさんに挨拶をしてギルドを出る。キースも用事があるそうなのでここからは久し振りの一人だ。リドが迎えに来るまでどうやって時間を潰そうか。
「失礼」
腕を組んで周りを見渡していると声を掛けられる。振り向いた先に居たのは、先程ギルドで見掛けた、あの羽織に日本刀の男性だった。