06
「『バーンスマッシュ』!」
目の前まで迫ってきたビックベアの顔面に右手に構えていた火球を叩きつけると、火球は破裂し爆風でビックベアを焼きながら吹き飛ばした。
近接系の魔術は威力が高い分扱いづらいし敵に接近するのは魔術師にとって危険な行為なのであまり使われないらしいが、わたしのステータスなら危なげ無く使える。キースのことは気にしなければならないが、この状況ではどうしても限度がある。彼に悟られないことを祈るばかりだ。
立て続けに襲い掛かってきた別のビックベアに左手の火球を叩きつける。キースの方も他のビックベアの首を切り落とし、あっという間に残りはマーダーグリズリーのみになった。
大きく息を吐いてキースと並びマーダーグリズリーと向かい合う。ビックベアとの戦闘中は全く動かなかったが、虚ろな目はどことなく常にわたし達を捉えているような気がした。
「不気味だな…」
「あぁ。そもそもマーダーグリズリーはこんなところで出てくる魔物じゃない」
「アンデットが昼間から出てこられてもね」
溜息混じりそう言うと、キースが隣で考えるような仕草をする。
「確かに妙だ」
「妙?」
「あぁ。君が言う通りアンデットが昼間に動くことは殆ど無い。それにアンデットは瘴気がエネルギーだ。墓場や戦場ならともかく、こんな瘴気の少ない普通の森で動くなんておかしい」
「…人為的なものってこと?」
「…あくまで可能性の話だ」
なんにせよ、このまま放っておくという選択肢はない。とは言え、アンデットって普通に倒せるものなのだろうか。ゲームや漫画ではアンデットの殺し方って決まって普通じゃないから、今の状況で最適な倒し方があるのか…。
チラリとアンネに視線を投げる。わたしの視線に気付いたアンネが大きく頷いてくれた。
「アンデットは聖属性か火属性の攻撃が有効よ!キースさんみたいな物理攻撃は怯ませたりする程度で決定打にはならないの!種類によっては再生能力も高いから高火力で一気に倒すのが常套手段よ!」
「なるほど。了解!」
流石の知識量だ。アンネには助けられてばかりだな。
記憶の中にある端末で見た魔法の一覧を思い出す。確か下位魔術に便利なものがあったはず。
魔力を指先に集めて隣に立つキースの剣を対象に選択する。
「『付与:火』!」
一時的に物質へ属性や魔術的効果を付与する付与魔術。聖属性の魔術は中位から上位の魔術なので下位の火属性を付与する。
キースの片手剣が炎を纏う。赤と黄金が混ざったような鮮やかな炎はキースが剣を振るう動きに合わせて火の粉を撒き散らしながら踊るように揺らめいている。
「―――、助かる」
驚いたように目を瞬いていたキースもすぐに意識を戻して剣を構え直す。走り出したキースに合わせて魔力を集めて魔術をいつでも発動できるように構える。
だらりと力無く下がっていたマーダーグリズリーの右手がゆったりと振り上げられ、弾丸のような鋭い速度で振り下ろされる。
「『ウインドバレット』!」
風を圧縮した弾丸でキースを狙ったマーダーグリズリーの攻撃を弾く。威力が強かったのか弾かれた腕に引っ張られるようにグラリと体が傾いたマーダーグリズリーの隙を突いてキースが胴を斬りつける。しかし肉の厚みで刃が上手く入らなかったのか、浅い傷と毛を少し焼いた程度になってしまった。
「ちっ…!」
「アンデットってだけでも面倒なのに、この分厚さは厄介だな」
思わず溜息が溢れるがこればかりは大目に見てほしい。貫通性の高い魔術もあるがそれは中位以上の階位の魔術だ。キースの前では使えない。かと言って下位魔術の威力を上げても不審に思われる。
どうしよう。どうするのが最適なのか…。
端末で見た魔術の一覧を思い出しながら何度も思考する。この状況で使える魔術は…。魔術の威力はどの程度まで絞って…。いや、そもそもわたしではなくキースに倒してもらうように誘導を…。
「オズ」
落ち着いた声に意識が現実に戻ってくる。声がした方を振り向けば、キースが横目にわたしを見ていた。
「全て見なかったことにしてやる。…全力を出せ」
「!」
バレた―――!
一体何が判断材料になったのか。考えても今の状況では冷静に分析はできない。
緊張して指先が震える。誤魔化すことができるのだろうか。震えを抑えるように拳を握りしめてキースを見ると、真っ直ぐにわたしを見つめている彼の瞳とかち合う。
そこには嫌悪も、憎悪も、悪意もない。読み取れるのは、決意と、信頼。
「―――わかった。」
拳を握り直す。彼がわかっていてわたしにまかせてくれるなら、わたしはそれに応えるべきだ。
魔力を全身に巡らせる。両腕に金継ぎのような黄金の筋が走り、コートが魔力に反応して淡く光りだす。階位の高い魔術程消費する魔力が多いのは勿論だが、魔力量はパッシブスキルが自動調整してくれるので、わたしはただ魔力を巡らせればいい。
わたしの魔力に反応したマーダーグリズリーが千切れかけている首を勢い良く回してわたしを捉える。高位の魔術を使うのは初めてだから発動に慎重になってしまうが、あまり時間は掛けないほうがいいかもしれない。
両手を振り上げたマーダーグリズリーに対抗しようと右手を向けた瞬間、横から飛び込んできたキースがマーダーグリズリーの両手を切りつけた。
「やれ!!」
「!―――『ジャッジメント!』」
キースの攻撃に怯んだマーダーグリズリーに向かって魔術を唱える。
マーダーグリズリーの心臓部分に光が現れ、一瞬収縮した光は強い閃光を放ちながら弾けるように十字に広がり一気にマーダーグリズリーの体を貫く。眩い光が周囲を包み、光が収まるとそこには十字の焼き傷ができたマーダーグリズリーが立っていた。
シン…と静まり返る。グラリと傾いたマーダーグリズリーに咄嗟に構えるが、その巨体は大きな音を立てて地面に倒れてしまった。再び動く気配は、無い。
「……はあぁぁ〜〜〜……」
息を吐き出すと緊張の糸が切れると共に全身の力が抜けてその場に座り込む。使い慣れない高位の魔術を使ったせいなのか、初めて全力で魔術を使ったせいなのか、ドッと疲労感のようなものが押し寄せてきてその場に倒れそうになる。しかし体を傾けると後ろからミナに抱きつくように受け止められた。
「オズさん!大丈夫ですか!?」
「まあ……なんとか……」
「なに強がってんのよ!慣れないことして疲れてるくせに!討伐証の回収はわたし達でやるから、アンタは休んでなさい」
「ありがと〜……」
リドとアンネがビックベアの死体から討伐証の爪や毛皮などの素材を切り出している間、わたしはミナと一緒に手近な木に寄りかかって休むことにした。
息を吐いて脱力していると、隣にストンとキースが座る。反対隣にいるミナがビクリと体を震わせたが、キースは気にした様子もなく腕を組んで目を閉じた。
「…何も言わないんだね」
「言ってほしいのか?」
「ある程度の疑問には答える気はあるよ」
閉じていた目を開けてキースが横目にわたしを見る。視界の外でミナがわたしの手を握ってくるので、大丈夫だと示すためにそっと握り返した。
「…プレイヤーなのか?」
「一応、ね。でもこの世界に“渡って”来てすぐリド達に出会ってこの世界のことを少し教えてもらったんだ。プレイヤーが犯罪を犯したりして迷惑を掛けていることも知ってる」
「…だから身分を隠す為に冒険者になることを選んだのか?」
「それもあるけど、わたしはこの世界に関しても、プレイヤーに関しても知らないことが多過ぎる。知識を付けるためにもいいかと思ったんだ」
冒険者は情報も大事にしているとアンネが言っていたし、過去の記録もたくさん残っているそうだから、あわよくばそれを閲覧させてもらおうと思っているが、その為にはギルドに登録する必要がある。プレイヤーの身分を隠す為にバドルさんに手を借りたけど、それ以外はできるだけ自分の力でなんとかしようと思っている。
「……キミみたいなプレイヤーも、居るんだな…」
キースの微かな呟きが聞こえるのはプレイヤーの高いステータスのせいなのか。…いや、気の所為だったかもしれないし気にしないことにしよう。
再び手を控えめに握られる。ミナを見ると未だ不安そうな表情をしていたので優しく頭を撫でてあげたり頬を捏ねるように揉んで不安を和らげてあげる。
「オズ!こっちは終わったよ!」
「ありがとう。お陰でわたしもよく休めたよ」
解体して戻ってきたリド達に答えながら立ち上がって近付き二人の頭も撫でてあげる。アンネは少し恥ずかしそうだったがリドは嬉しそうだった。なんだか弟妹でもできたような気分だ。
解体してもらった素材を『収納空間』に仕舞い、今回一番の問題であるマーダーグリズリーに向き直る。
「…で、キース。これどうする?」
「このまま放置はできない。ギルドマスターへの報告の為に、できたら持ち帰りたい」
「了解。じゃあこれも『収納空間』に入れようか」
他の素材と同様に仕舞って端末を確認する。収納物には「マーダーグリズリー(アンデットモデル)」と表記されていた。
「アンデットモデル?」
「もしかしたら、先程の予想は当たっているのかもな」
後ろからわたしの手元にある端末を覗き込んだキースが呟く。リドとアンネが少し構えたが、先程のわたし達の会話を聞いていたのか然程警戒し過ぎることはしなかった。
「魔物をアンデットにする実験でもしてる気狂いでも居るって?」
「モデル、というからにはアンデットだけに留まらない可能性もある。…なんにせよ、戻ってギルドマスターに報告しよう」
踵を返したキースの背中を追うように歩き出す。森は入ってきたときよりもずっと静かで穏やかな雰囲気に包まれている。初めは気にしていなかったからか、それとも本当に聞こえなかったのか。小鳥の囀りも遠くに聞こえる。
漸く落ち着いたような気分だ。自然と歩みもゆっくりになるので気を付けないとみんなに遅れてしまう。
「そういえば、試験の結果は如何程かな?試験監督官殿?」
「……。まあ、文句はないな」
ぶっきらぼうに言うもののキースの表情は柔らかい。リド達を見ても彼らの表情も明るいので不安に思う必要は無さそうだ。そっと安堵の息を吐いて、ゆっくりとタナの街への帰路についた。