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わたし達が案内されたのは、ギルドの裏手にある特殊な一軒家。此処は結界魔術が掛けられていて内部、及び外部からの攻撃を反射するもので、要人の保護や犯罪者の一時拘束の為に使われる家らしい。
風呂もベッドもあるし、カレナさんや受付嬢さん達が交代で食事も運んできてくれるし、加えて面会も自由に許可されているらしく、部屋に入って3日が経過した今、ドワーフ達や『炎の翼』のメンバーもチラチラと顔を見せに来ている。
「全然犯罪者感が無い」
「皆さん自由ですね」
複数人が泊まれる規模なので寝室は分けられるし、家の中は自由にしていいそうなので不便もない。本当に普通に生活でき過ぎていてこれでいいのかと不安になるくらいだ。
今だってドワーフ達が差し入れと持ってきた紅茶とカレナさんが持ってきてくれたクッキーを悠長につまんでいられるくらい余裕がある。
「…とは言え、こうも何もしてないと暇だね」
「そうですね…。端末のアーカイブも結構読み込んでしまいましたし…」
特に必要になりそうな歴史や文化に関するものは最初に読んでしまった。あと残ってるものといえば絵本や小説の類だろうか。
「…そういえば、アーサーって元の世界じゃ何してたの?」
「日本の高校で英語教師をしてました。良い生徒達に恵まれてとても楽しかったですよ」
「先生だったんだ。うちの学校は日本人の口うるさい先生だったから、ちょっと羨ましいや」
「ではオズさんは高校生だったんですね」
元の世界の話をするのは久し振りだからか、自然と話に花が咲く。
それでも話していてハッキリしたのは、わたしと違ってアーサーは元の世界のことをハッキリと覚えていることだ。姿だって本来の自分のもので、わたしみたいにこの世界に来て姿が変わる、なんてことはなかったようだ。
「不思議ですね…。この世界に来る時にきっと何かあったのでしょうけれど…」
「うーん…。覚えてないからどうしようもないんだよね。他にもぼんやりしてる記憶もあるし…」
「…何かの弊害でしょうか。手段がありませんから確認もしようがありませんが」
アーサーの方もこういった事例は知らないようだ。
せめて何か欠片でも思い出せれば、と思うけれど今日までに何も思い出せていないのを考えると自然と思い出すのは難しいだろう。
どちらともなく溜息を吐き出すと玄関の扉がノックされる。返事をして出迎えると、そこに立っていたのはキースと少しやつれた顔のミナだった。
「…いらっしゃい。どうぞ」
「ありがとう、オズさん」
弱々しい笑顔が痛々しくて思わずミナの頭を撫でる。
家の中に通すけどその足取りもなんだか覚束なくて、キースがわざわざ同行したのもこのためか、とすぐに理解できた。
「ミナ。疲れてるなら、無理に来なくてもよかったんだよ?」
「…ううん。わたし、どうしてもオズさんと話したくて…」
ふらつくミナの体を支えながらリビングのソファーに座らせる。少しは気晴らしになるかもしれないとアーサーも紅茶を淹れてくれる。
やつれてはいるが、最低限の食欲はあるようで、ゆっくりでも紅茶を口にしてくれてホッと胸を撫で下ろす。
「ご飯はちゃんと食べてる?お婆ちゃんにあまり心配かけちゃ駄目だよ?」
「はい…。お婆ちゃんも気を遣ってお腹に優しいものを用意してくれますから、なんとか…。でも…」
グッと唇を噛むミナ。
「…探しちゃうんです…何をしてても…。リドの声も、アンネの笑顔も…、いつもそばにあったのに……」
冒険者なら、命の危険があることは承知の上だっただろう。だけど、彼らは弱かった。それが逆に彼らに一定レベルの安全な生活を保証してくれていた。だからこそ考えなかったんだろう。自分達が、こんなことになるなんて…。
「(まぁ、普通は考えないよね…)」
わたしだって自分が異世界に行く日が来るなんて思わなかった。
日常は長く続けば慣れてしまうもの。平和な世界にいれば当然それが日常だ。その日常が変化するなんて普通は考えない。
だけど、日常が崩れ去るのはいつだって一瞬だ。砂のようにあっという間に掌からこぼれていく。
「故郷の村を出て…皆で、頑張ろうって…約束、っ…したのに……っ!」
ボロボロと大粒の涙をこぼし始めたミナのをそっと抱き寄せる。
気の利いた言葉を言えるほど口が上手くないので今はこうしてあげることしかできないけれど、気休め程度でもこれがミナの為になってくれればと思う。
ポンポンとミナの背中を撫でていると、暫くして嗚咽が消えて静かな寝息に変わった。泣いて疲れたのもあるだろうけど、きっとここ数日はろくに寝れていなかったのだろう。
アーサーとキースに目配せしてからミナを2階のわたしの部屋に運んでベッドに寝かせる。少し赤くなった目元と疲れが見える顔に胸が痛むが、今のわたしにできることはこれ以上無い。
リビングに戻るとアーサーとキースが落ち着いた様子でお茶を飲んでいた。
「付き添いありがとね」
「お前達に伝言があったから、そのついでだ」
「伝言ですか?」
椅子に座ってテーブルの皿に残っていたクッキーを口に入れる。
ただの伝言ならバドルさんが来ればいいのにわざわざキースが代わって来るなんて…。態度や言葉に出さないだけで、彼なりにわたし達のことを心配していたのかもしれない。
「世界評議会の議員が今朝街に到着した。裁判は明日、正午から行われることになった」
「随分急ですね」
「お前達みたいな協力的なプレイヤーは滅多に居ないからな。彼らもできる限り時間を有効に使いたいんだろう」
「時間一杯質問攻め、ね。ハイハイ」
事前訪問などをしないところを見るに、公平性は保つようにはしているようだ。とはいえプレイヤーがソウタロウのような奴らばかりだったとしたら、彼らがわたしとアーサーから一つでも多くの情報を得ようとする気持ちはわからないでもない。
「キースせんせー。当日の持ち物はなんですかー?」
「端末と誠意と健康」
「ふふふっ!わかりました」
こういう時に乗ってくれるキースはやっぱり優しい。
「今のうちに休んでおけ。明日は忙しくなる」
「精神的にも疲れそうですね。今日は夕食を終えたら早めに休みましょう、オズさん」
「…だね」
緊張した空気の中で精神ゴリゴリに削られながら長時間過ごす、なんてのは流石に経験したこともないし、政務官がどんな汚い手を使ってくるかもわからない以上、今から英気を養っておくのがいいだろう。
「…ということで、キース」
「?」
「カレナさん達に夕飯の量を増やすように伝言お願いね!」
「あ、わたしの分もお願いします。こう見えて結構な大食らいでして…」
「……プレイヤーは皆そうなのか…?」
ここ3日、毎食要望を出して食事量を増やしてもらっているけれど、彼らと大食らいの認識とわたし達の食べたい量がどうしても食い違ってしまっていつも少し足りないのだ。
食事に関しては前にキースと仮説を立てていたが、どうやらあの時に話に出た特殊体質は、わたしだけではなかったようで、アーサーもこの世界に来てから劇的に食事量が増えたらしい。
その為二人して異常とも思える量を食べたがるので、毎回食事を運んできてくれる受付嬢さん達にあり得ないものでも見るような視線を向けられてしまいとても心苦しいのだ。
「事情を把握してるキースならいいかなって…」
「俺は忙しい」
「とか言いつつ、買ってきてくれるでしょ?」
「……」
睨まれたけど、長い溜息を吐いて立ち上がったキースは無言で家を出ていく。窓から見えた背中がギルドに向かっているのが見えたので要件は了承してくれたようだ。
「ミナさんはどうしましょうか?」
「起きるまで寝かせてあげよう。帰りはギルドの人に頼めばいいさ」
本音を言うならわたしが送っていってあげたいけれど、今は家から出られないし仕方ないけど、見送りしかできないのは思ったよりも寂しいものだ。
「アーサー、明日だけど…」
「わかってます。端末の設定はすぐに変更できるよう仕様は頭に入れました」
「オッケ。わたしも準備はできてる。これで、あの政務官が何してきても対応できるはず」
「過信はできませんが、わたし達の誠意を示すには十分な手札は用意できたはずです。後は評議員の方がどう出るか、ですね」
世界評議会については端末のアーカイブで概要の確認は済んでいる。とはいえそれが評議員にまで反映されるかは別の話だ。実際に対面してみないことには立てた対策が通用するかはわからないが、何も対策しないよりはいいだろう。
「負けるわけにはいかないよ…。あんな奴には、絶対に…!」
そのために必要なことは何でもやってやる。
指を組んだ手を強く握り締める。こんな爪が手の甲に刺さる痛みなんてものじゃ足りない。奴を地の底まで落とすような手痛い反撃をしないと気が済まない。
そう、罪には罰を―――。




