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異形転生  作者: 島田のはち
第1章
1/23

01

コポ、コポ…。

ぼやけた視界に気泡が浮かんでいく。少しずつ明瞭になっていく景色の中でそれに手を伸ばすと、映ったのは見慣れた肌色ではなく、獣のような鋭く長い爪を持った青黒い異質な手だった。


「………っ!?」


ゴポリ、と大きな気泡が上がる。反射的に手を伸ばした口元も慣れた感触ではなく、むち、と柔らかいものが腕や指の間を撫でた。

視線を落とせば、胸よりも先にユラユラと揺れる触手のようなものが目に入る。手と同じ青黒いそれは顎の辺りから伸びていて、恐る恐る撫でると確かに己の手が肌を撫でる感触がする。信じ難いが、この触手のようなものは確かにわたしの体の一部らしい。


「…何が、起きて……?」


コポコポと上がる気泡、少し動きが重い体。よく周りを見てみれば、一面はゴツゴツとした岩肌、所々に水草のような植物がユラユラと揺らめいている。


「水の中……?」


呟きが少し滲むように聞こえる。しかし、その割には視界は非常に明瞭であるし、なにより呼吸ができている。

不可解と少しの不気味さを感じながら岩肌に凭れていた体をゆっくりと起こす。水の抵抗力を感じながら立ち上がっても頭が水面に出ることはない程度には深さがあるようで、足に力を入れて跳び上がれば浮力にも後押しされた体は思いの外勢い良く簡単に水面へと向かう。

ザバッ、と水飛沫を上げて水中から出た先で視界に映ったのは薄暗く広い空間。水から上がり周りを見渡すも、岩肌ばかりが映り、頭上には幾つもの鍾乳石が垂れ下がっている。どうやら洞窟のような場所であるらしいことは分かるのだが、それ以外に自分の置かれた状況について知れそうなものは見当たらない。

小さく溜息を吐いて改めて自分の手を見つめる。形は人間と同じだが肌は青黒く、指先には細く長い爪が伸びている。その手で顎に見える触手に触れる。八本伸びたそれは少しだがわたしの意思で動かす事ができるようで、手指に絡めるように意識するとゆったりとした動きでその先っぽを絡めた。

今し方自分が這い出て来たであろう水面を覗き込むと、そこに映ったのはどう見ても蛸だった。しかしその色は見慣れた赤黒いものではなく、深海のような深く鮮やかな青。どうやら手や腕よりも顔の方が少しばかり明るい色をしているらしい。


「所謂、海魔…ってやつ?」


とはいえ人の形をしているのは有り難いと思うべきだろう。獣や、それこそ“らしい”姿をしていたら動きに苦労しそうなのは勿論、他者との文化的な交流が難儀になりそうだというのは想像に難くない。

手を開いたり閉じたりと動かしてみる。違和感などは特に無く、17年、人間として生きてきた肉体と同じ感覚であることに少し胸を撫で下ろした。


「さて、どうしようか……」


腕を組みもう一度周りを見渡す。薄暗い洞窟内には今のところ目の前の泉と鍾乳石以外に生き物すら見当たらず、現状を把握しようにも術が無い。よく分からない場所を歩き回るのは危険だと心の奥で何かが訴えているような気がしたが、このままでは埒が明かないのも事実。

一つ息を吐いて歩き出す。甲殻類の殻のようなブーツの音が洞窟内に反響していくのを聞いていると、思いの外遠くまで響いていることがわかった。洞窟自体はかなり広い構造をしているのかもしれない。

薄暗くはあるものの明かりが無くてもある程度の距離を視認できるようで、それがこの洞窟の特徴なのか、あるいは今のわたしの目がそういうふうになっているのか。


「…ん?あれは……」


数分歩いた先で地面に光を放つ物体が落ちているのが目に入る。暗がりの中で明滅している小さな光を頼りに近付くと、見慣れた形のプレートであることがわかって、驚きながらもそれを拾い上げる。


「スマホ…?なんでこんなところに……」


現代では最早見慣れた携帯端末。コレはまんまソレというわけではなく、上下の金の装飾で透明なプレートを挟むような形状をしていて、現代の物と同じサイズでもデザインは大きく異なっている。

端末下部にあるホームボタンのような場所を押すと淡く光っていた画面が光度を増し、見たことのない文字を映し出す。しかし不思議なのは、その文字が当然のように読めることだ。


「…『プレイヤー登録を行います。必要事項を入力してください』…。プレイヤー…?」


ゲームのような表現に首を傾げる。確かにこんな姿になってしまっているしゲームのアバターのように思えなくは無いが、この表現はなんだか引っかかる。

画面とにらめっこしながら口元の触手…いや、蛸ならば足と言うべきなのか…?取り敢えず、それに指を絡めながら唸っていると、近くでコツン、と音がする。弾かれるように勢いよく振り返ると、岩陰から少年一人と少女二人が顔を出してこちらを見つめていた。だがその表情は心無しか怯えているように見える。


「…君たちは…?」

「あっ!!え、っと…!お、俺達……!」


前言撤回。怯えているよう、ではなく、怯えている。この姿が原因だろうかと思って視界を遮らない程度に顔を覆って見るが、顔を隠した程度じゃ意味が無いなと思い直して止めた。

どうしたら怯えないでもらえるだろうかと悩んでいると、彼らは顔を見合わせ、そしておずおずと前に歩み出てきた。


「あの…貴方はプレイヤーでは、ないんですか……?」

「うん?それってこの端末のこと?」


杖を持った一番小柄な少女の言葉に首を傾げながら手に持っていた端末を差し出す。彼らはジッと見つめたあと、「間違いないよね…」とお互いに顔を見合わせた。わたしにはなんのことだかさっぱりわからず、怯える彼らの視線に首を振った。


「もしかして、“渡って”きたばかりなのかも…」

「そう、だね…。それなら知らなくて当然だし…」

「“渡る”って…?」


さっきから首を傾げることばかりだ。だが少なくとも彼らの方がわたしよりも事情を知っているであろうことは確かだ。これは現状を把握するチャンスかもしれない。


「よかったら君たちが知っていることを教えてくれないかな?実はついさっきこの奥の泉で目が覚めたばかりでさ、なにもわからないんだ」

「!そうなの!?…よかった。悪いプレイヤーじゃなくて……」


深く安堵の息を零す少女達。少年も緊張していたのか大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


「変に警戒してごめんなさい…。今この世界では、異世界から来たプレイヤー達のせいで犯罪が広がっていて…。どこに行ってもプレイヤーは嫌われているから……」

「……そう」

「あ、プレイヤーっていうのは、異世界から来た人達がそう名乗ってるからそう呼ばれているんだ。アンタが持ってるその不思議な板が目印なんだよ」

「へえ…」


手に持ったままだった端末に視線を落とす。一切触っていない為未だ初期画面のままだが、その画面にさえ表示されているプレイヤーという単語にはやはり意味があるようだ。


「でも海魔族レヴィアンのプレイヤーなんて初めて聞いた。俺達が知ってるプレイヤーはみんな人間族ヒューマンだから」

海魔族レヴィアン?」

「貴方のことですけど…、違うの?」

「わたしは元々人間だよ」


驚く彼らに覚えている限りの経緯を説明する。

わたしはこの世界に来る直前、いつも通り学校に登校していた。いつも通りに授業を受けて、先生に頼まれて授業のための資料の整理を手伝ったり、友達と他愛ないお喋りをしたり、いつもと変わらない一日を過ごして自宅への帰路についた。

しかし、思い返していて、ふと気付く。わたしは此処に来る直前なにをしていたんだろうか…。


「…大丈夫ですか?」

「っ、あ、うん。大丈夫だよ」

人間族ヒューマンだったのが海魔族レヴィアンになったり、記憶が曖昧だったり…。“渡った”時になにかあったのかな?」

「わたし達にはわかんないね…。プレイヤーについてはわからないことの方が多いから…」


彼らが言うには、プレイヤー達は非常に秘匿主義で、一般的に知られていることは、彼らが異世界から来たということ、彼らは全員この世界の人達では習得が困難が上位職業ハイジョブ特殊職業エクストラジョブを保有していること、そして、その殆どが犯罪に手を染めている、ということぐらいらしい。


「俺達よりギルドマスターの方がプレイヤーについて詳しいから、ギルドに戻って聞いて見たほうがいいかも」

「ギルド?」

「はい。わたし達、冒険者ギルドに所属しているんです。ギルドマスターは、お顔は怖いけどとっても良い人なのできっと貴方の相談に乗ってくれるはずです」


話しているうちに恐怖も和らいだのか、まだ幼さの残る笑顔で提案される。わたしとしてもこれからのことに悩んでいたのでこの提案は有り難い。


「ありがとう。ぜひご一緒させてもらうよ」

「よっし!じゃあ案内するよ!俺は冒険者パーティー『夜明けの風』の剣士リド」

「わたしは魔術師のアンネ」

「わたしは治癒師のミナです」

「よろしく。わたしは……」


なんて、名前だっけ…。

当たり前のものが出てこないことに不安が胸を埋める。言葉を止めたわたしの異変に気付いたリド達が顔を見合わせ、そして強く頷きあった。


「あの、もしよかったら俺達が名前、決めてもいい?」

「え…?」

「勿論、ご迷惑でなければですが…」


リド達が真っ直ぐな視線でわたしを見つめる。突然の提案で一瞬思考が止まるが、どれだけ考えても名前は思い出せないし、端末にプレイヤー登録をするにしても、これからの交流を考えても名前は必要だ。自分で考えてもいいが、せっかくの提案だし、彼らが考えてくれるなら甘えてもいいだろう。


「…そうだね。じゃあお願いしようかな」


わたしの返答に彼らの表情がパッと明るくなる。そうして顔を合わせて相談し合うリド達を見ていると、彼らがわたしよりも年下のようだからかなんだか微笑ましくなってくる。

数分程して、満足いく名前が決まったのか、リド達は嬉しそうな笑顔で振り返った。


「決まったよ!お姉さんの名前は―――」

「「「オズ!」」」


声を揃えたリド達の声に反応するように、端末が強い光を放った。

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[良い点] おもしろい [一言] わたしもさくひんをだしていですのだだきればみてくれるとうれしいです 評価してくれたらこれからもあなたのさくひんをみます
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