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義妹にすべてを奪われたので素性を隠して騎士団に就職しましたが、上司となった元婚約者が私の正体に気付いて溺愛してきます。【電子書籍化・コミカライズ】  作者: 新奈シオ
第二章 婚約者様と運命的な再会をしましたが、義母と義妹に売られてしまいました。
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第二話

 ――そろそろ戻ってもよい頃かしら。


 王都の近くの野原に、リシェルはいた。


 屋敷を追い出されたものの、さすがに三度(みたび)、街へ行く気にはなれなかった。

 そのため王都近くの野原の土手に座り、花冠(はなかんむり)を作って時間を潰していたのだ。


 ――じきに夜になるし……さすがにもう、レオーネ様はお帰りになったわよね。


 夕焼け空の下、置いていく気になれなくて、作った花冠を胸に抱いたまま歩き始める。

 するとその時、なぜかぞくりと悪寒のようなものを感じた。


 なに?

 不思議に思ってあたりを見回せば、野原の奥にある林の木陰で、何か黒いものがうごめいたような気がした。

「あれは……」


 ――いけない。


 直感した。逃げなければたいへんなことになると、リシェルは走り出した。

 しかし十数秒後に振り返った時には、その黒いものはリシェルのすぐ背後にいた。


 それは漆黒(しっこく)色の、(ひょう)のような形態の生き物だった。

 目は鮮血が滲んだように真っ赤。

 それにぎろり睨まれれば、意図せずひっと悲鳴がもれる。


「魔……」

 きっとそうに違いない。 

 確信して、パニックになりかけた時、一台の馬車がこちらにやってきた。


「助けて……! あっ……」

 這々(ほうほう)(てい)で走り続けていたリシェルは、道ばたの石ころにつまづき、前のめりに転んだ。

 その背を狙って、魔がとびかかる。

 抱えていた花冠がばらばらになって、あたりに舞い散る。


 ――食べられる……!


 恐怖に息を止めた瞬間、目の前が真っ白になった。

 馬車から下りてきた誰かが魔に向けて手をかざし、そこから眩しい光が放たれたのだ。


 魔は、耳をつんざくようなうめき声を上げた。

 慌てて身を起こし、振り返れば、魔の身体が溶けるようにして地面に吸収されていく。


「ひっ……」


 おぞましくて軽い吐き気を覚えると、突如、目の前が真っ暗になった。


「動くな。……大丈夫だ。少し、こうしていればいい」

 気付けば背後にいる誰かの手が、自分の目元を覆っていた。

「あっ……」

「ゆっくり息をして。……そう、上手だ。そのまま俺に身を預けるんだ」


 ――助かった……の?


 ようやく呼吸が落ち着いてきた頃、誰かの手がゆっくり離れていった。

 目の前にいたはずの魔は、跡形もなく消え去っている。


 なにが起きたのか理解ができず呆然としていると、黒い手袋をはめた手が差し出された。

 反射的に顔を上げれば、そこには銀色の長髪を後ろで束ねた、驚くほど美しい容姿の青年がいた。


「大丈夫か? どこか怪我はーー」

 直後、その青年が驚愕したように目を見開いた。

「あ、ありがとうございます」

 応えて、すぐさま顔をうつむける。


 ――まずい……まずいわ。だってきっと、この方は……。


「おい、大丈夫か!」

 馬車からもうひとり、黒髪の青年が降りて来た。

 その彼が、呼ぶ。

「レオーネ、怪我はないな?」

 リシェルが今一番、会ってはならぬ人の名を。


 ――ああ、やっぱり……レオーネ・イルデブラン様……!


 魔に襲われた恐怖など、途端にどこかへ飛んで行ってしまった。


「あの、ありがとうございました。助けてくださり感謝いたします。――では」

 よろよろと立ち上がったリシェルは、頭を下げ、とにかくその場を立ち去ろうとした。

 けれど、すぐさま腕をつかまれる。

「――君の名は?」

 ひっと悲鳴を飲み込みながら振り返れば、そこにはひざまずくレオーネの姿があった。


「お願いだ。君の名を教えてほしい」

「リ……」

 つい『リシェル』と言いかけてしまった。

「リ?」

「いえ、ソフィアです」

「ソフィア……?」

 レオーネは怪訝そうに首をかしげる。

「リシェルではないのか?」

 いきなり直球を投げつけられた。


 ――って、完全に疑われているじゃない……!


「おいレオーネ、なにを言い出すんだ。彼女がリシェルのわけねえだろうが」

 黒髪の青年が苦笑しながら割って入ってきた。

 よく見れば彼等は、騎士団の特殊部隊――幼馴染みのオセアノと同じ黒い制服を着ている。


「レオーネ、手を離してやれ。さすがに失礼だろ」

「ロッソ、おまえは黙ってろ」

 レオーネは一秒たりとも視線を外すことなく、リシェルのことを凝視し続けていた。


 ――こわい……金の眼差しに、射ぬかれてしまいそう……!


「姓は?」

「えっ」

「君の名はソフィア。では姓はなんと?」

「それは……」

 ここは正直に明かすしかなかった。

 なぜならいずれリシェルの義妹として、彼と顔を合わせることになるからだ。


「クローデッド、と申します」

「――っ! クローデッド……!?」

 レオーネと、ロッソと呼ばれた青年が顔色を変えた。


「おいおい、マジかよ。ってことは、あんた……」

「あちらの馬車の紋章……イルデブラン家のお方でいらっしゃいますね? わたしはソフィア・クローデッド。リシェルの義理の妹です」

「君が……? リシェルの?」

 ああ、言ってしまった。

 自らの口で、この上なく罪になる嘘を。


 これでもう、後戻りはできない。

 ならば嘘が真実になるよう、ソフィアを演じ切るしかなかった。

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