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第六話

 (ステラ)であり、リシェルの婚約者であるレオーネ・イルデブランとは、一度だけ顔を合わせたことがある。

 リシェルが八歳の時。二つ年上の彼は、十歳だった。


 その頃、まだ弟は生まれておらず、母も健在だった。

 星と花嫁であるふたりを、早くから交流させておいたほうがよいと、大人達は考えたのだろう。イルデブラン家の当主のはからいで、リシェルと両親は、相手方の屋敷に招かれたのだ。


 息をのむほど美しい容姿をした少年だったと記憶している。

 月の光を集めたような銀色の髪に、獅子を思わせるような金色の瞳。

 リシェルに接する態度も紳士的で優しくて、リシェルはたちまち彼に好意を抱いた。


 しかしふたりが顔を合わせたのは、その一度きりだった。

 なぜならその日、イルデブラン家の敷地に現れた野犬に襲われ、リシェルが重傷を負ったからだ。


 その時のことを、リシェルはよく覚えていない。

 聞くところによると、リシェルの背の肌は、野犬の爪でドレスごと切り裂かれたらしい。


 気を失ったリシェルは、次に目覚めた時、クローデッド家の自室のベッドの上だった。

 そこから一年もの月日を、療養に要した。


 一方のレオーネは、あの日のリシェルの怪我を、自分のせいだと感じてしまったらしい。

 謝罪をさせてほしいと、リシェルが元気になった頃に彼が伯爵家を訪問する予定が組まれたが、そのうちに母が弟を出産し、その後、病に倒れた。

 そのためレオーネと会うことは叶わず、そのうちに彼がエヴァルドという国に留学してしまったのだ。


 結局、レオーネは、十三歳からの五年間をエヴァルドで過ごしたらしい。

 先日、帰国したとの噂は聞いていたが、いよいよこの家に――リシェルと結婚するためにやってくるようだった。


   *   *   *


「ああ、どうしましょう……どのようにおもてなしをしたらいいのかしら」


 義母は焦った様子で、広間と厨房を行き来していた。


「ねえ、あなた、どうなさるの? 何をどのように用意したらいいのか、きちんと指示をしてちょうだい」

「いや、僕もこういったことにはうとくて……」

 助けを求められた父は、お手上げだと言わんばかりに首をすくめる。


「困るわ。仮にもあなた、この家の当主として二十数年やってきたのでしょう?」

「そうは言っても、以前は妻がやっていたことだし、ここ数年は客人が来ることもなくて……」

「ああ、もう……! 本当に頼りにならないんだから! だいたいあなたって、いつもそう! 虫のことばかり追いかけていて、重要なところで全然役に立たないじゃない!」

 癇癪(かんしゃく)を起こした義母が、父を責め始める。


 ーー困ったものね。


 リシェルはアンナを探して屋敷を歩いた。


「アンナ、いる?」

「お嬢様、私はここですよ」

 彼女は他の使用人たちとともに、玄関の掃除に励んでいた。


「もう聞いている? イルデブラン家のレオーネ様がいらっしゃるんですって」

「聞いてはおりませんが、先ほど奥様がそう叫んでいらしたので、知っております。かなり取り乱しておいででしたが」

「力になってあげてほしいの」

「本来、その方をお迎えすべき花嫁が入れ替えられているというのに?」


 協力したくないアンナの気持ちもわかる。

「けれど、どのみちあの人たちは、考えを曲げないわ」

 ならば伯爵家として、最善を尽くすしかないのだ。


「……わかりました。ほかでもないお嬢様の頼みですから、しかたありません」

 少し悲しげに微笑んで、アンナは広間に入って行った。

 すると入れ替わるようにして、義妹がやってくる。


「あなた、玄関でいったい何をしているの? まさかあなたがレオーネ様を迎えるつもりじゃないでしょうね」

 言うなり、義妹は使用人用の出入り口の方角を指した。

「出て行きなさい」

「え?」

「レオーネ様がお帰りになるまで、この屋敷の敷地内から出て行って」

「そんな……この時間から、どこに行けというの?」

「敬語!」

「どこに行けというのですか?」


 義妹は恐れている。

 この家を訪れるレオーネに、リシェルが真実を話してしまうことを。

 だから物理的に距離を取らせたいのだ。


「街にでも行っているといいわ。さっき失敗した買い物があるじゃない。それを今すぐやり直してきなさい」


 ――って、いくらなんでも三度も街に行くのはきついわ。


「私はどこかの部屋に籠もっているわ。それなら問題ないでしょう?」

「いいから早く街へ行って! でないと本当にこの家から追い出すわよ!」


 その時、リシェルは気付いてしまった。

 広間の出入り口の前に立つ父が、こちらを傍観(ぼうかん)していることに。


「ほら早く! さっさと外に行きなさい!」


 ――お父さま……こんな時にも、助けてくださらないのね。


 途端に胸にこみ上げてくるむなしさがあった。

 けれど、泣いてしまえば自分が(みじ)めに思えてしまいそうで、歯を食いしばる。

 決して涙は流したくなかった。


「……わかりました。出かけてまいります」

 リシェルはうつむいたまま、早足でその場を去った。


 まさかその数時間後、彼と――レオーネとあのような形で再会するなんて、この時のリシェルは、夢にも思っていなかったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 父親がクズすぎる、入り婿だから家の乗っ取りでは? それに、国にとってそこまで重要なら身内の再婚とか審査は普通厳しく監視するだろうし、設定に無理があるのでは?
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