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第二話 レオーネ視点

 それからレオーネは、全身全霊をかけて準備をするとの言葉通り、かなりのハイスピードでリシェルとの結婚の話を進めていった。


 特殊部隊の長を務めながらの準備は、日程的にかなり厳しいものだった。

 けれどもとにかく早く、リシェルを自分の妻にしたい。

 一日でも、一時間でも、一秒でも早く。

 その願いが何よりの力となり、レオーネを勢い付かせた。


 そしていよいよ、今か今かとレオーネが待ち望み続けたその日が訪れた。

 それはリシェルが騎士団の特殊部隊に復帰したいと願ってから、ちょうどひと月後のことだった。


   *   *   *


「おい、レオーネ!」


 雲ひとつ無い青空が広がる、とある日の午後。

 聖堂の出入り口の前で待機していたレオーネの前に、ロッソが現れた。


「って、花婿の婚礼衣装は騎士団の正装がベースか。あまり代わり映えしねえな」

 同じような衣装を身に着けたロッソが、屈託なく笑う。


「おめでとう。ようやくこの日が来たな」

 急に真面目な面持ちで手を差し出してきたロッソに、レオーネは握手で応えた。


「おまえには感謝する。いろいろ世話になった」

 けれど。

「そもそもおまえ、かなりの遅刻だからな」

 苦言を(てい)さずにはいられなかった。

 よりにもよってこんな大切な日に遅刻をするなんて、まったくどうしようもない男だ。

「俺たちが入場するまであと少しだ。さっさと中に入っておとなしく座っておけ」


「いや、昨夜カードで賭け遊びをしていたら、朝になっちまって。慌てて仮眠してきたんだ」

「プライベートな時間は何をしようと勝手だが、ほどほどにしておけよ」

「わーかってるって——ん? おまえ……」

 その時、ロッソがはっとした様子で目を瞬いた。


「なんだ」

「いや、おまえの雰囲気がだいぶ変わったような……なんだか研ぎ澄まされたような感じがして……」

 あっ! とロッソは手を叩く。

「そうか、おまえ、ようやく積年の思いを遂げたか……!」

 勘づかれたくないことを気取られてしまい、レオーネは「ちっ」と盛大に舌打ちをした。


「忙しくてそんな暇ねえって(なげ)いていたが、そうか、ようやくやったのか!」

「やったとか言うな」

 この上なく下品な言い方をされ、レオーネは顔をしかめる。


「で? どうだった?」

「アホか。そんなもの言うわけないだろうが」

「よかっただろ?」

「だからそんなもの——」

 その時、脳裏に昨夜の光景がよみがえってきて、レオーネは赤面した。

 耳元で感じる彼女の息づかいや声。

 ふれる肌の温度や、柔らかさ、香り。

「レオーネ様……!」と、すがりつきながら何度も自分を呼ぶ彼女の姿がありありとよみがえってきて。


 ——何を思いだしているんだ、俺……! 今すぐに落ち着け!


「いいからさっさと行け! とにかくおとなしく座ってろ!」

 邪念を追い払うように、レオーネはロッソをこの場から退場させた。


 ——今朝までずっとリシェルのことを抱いていたというのに。


 もう抱きたくなっているのだから、どうしようもない。


「イルデブラン隊長、花嫁様のお支度が調われたようです」

 あたりに待機する何人もの使用人のうちのひとりが、声をかけてきた。

 我に返ったレオーネは、咳払いをして喉を整え、居住まいを正す。

 そうしている間に聖堂の隣にある建物の扉——花嫁の控え室のそれが開く。


 ——ああ、なんてきれいなんだ……。


 邪念はたちまち吹き飛んだ。

 レースがふんだんに使われた真っ白いドレスに身を包み、裾の長いヴェールを頭からかぶった彼女の姿をひと目見た瞬間、レオーネはもう一度、恋に落ちたような気がした。


「レオーネ様」

 白と薄桃色の花々で作られたブーケを手にして、一歩、また一歩と彼女がこちらに歩いてくる。

 まとめられた髪を彩るのも同色の花だ。耳や首元できらきら光るのは、先日、レオーネが贈った宝飾品。

 顔には薄化粧がほどこされ、いつにもまして彼女を魅力的に見せていた。


「きれいだ……ほんとうに、とても……」

 つい口からもれた言葉が、彼女の耳にまで届いたらしい。

 恥ずかしげに、けれど少し嬉しげに頬を染める彼女がまたしても美しくて、レオーネはぼうっと眺め続けてしまう。


「そろそろお時間です」

 促されて正気に戻った。

 いけない。この国唯一の(ステラ)として、そして彼女の夫となる男として、気を引き締め直さなければ。


 レオーネはリシェルの手を引いて、聖堂の大きな扉の前に立った。


 その時、ふと幼い頃の記憶がよみがえってきた。

 なぜ今、そのようなことを思い出したのか——それはレオーネが五、六歳頃の記憶だった。


『僕もみんなと遊びたい』

 ある時、イルデブラン家の中庭で、使用人が連れてきた子供達が遊ぶ機会があった。

 その時、楽しげな声が屋敷の中にいるレオーネの元まで聞こえてきて、レオーネはぐずったのだ。

 僕もみんなと遊びたい。勉強や剣の稽古ばかりしたくない。(ステラ)なんか嫌だ。僕も自由になりたい、と。


 するとその時、レオーネの母がこう言ったのだ。

『あなたと出会うことを待っている女の子がいるわ。その子はあなたのただひとりの運命の子。あなたはきっとその子のことを好きになる。だから、ね? その時のために、あなたはたくさんお勉強をして、強くならなければいけないの。だってその子のことを、守れるようになりたいでしょう?』


 ——そうか、こういうことだったのか。


 純白のドレスに身を包んだリシェルの隣で、レオーネは思った。

 彼女と出会い、恋をして、彼女と一緒になるためにここまできた。

 そして幼い頃からの努力があったからこそ、これから彼女とともに生きていくことができるのだろう。


「レオーネ様」

 こちらを見た彼女と目が合った。

 緊張した面持ちで、恥ずかしげに微笑むリシェル。


 レオーネの左腕に回された彼女の小さな手に右手を添えて、レオーネはひとつ、うなずいた。


 聖堂の中から聞こえてくる、聖歌隊の美しい歌声。

 使用人たちの手でうやうやしく開けられる、大きな両開きの扉。


 ——さあ、誰より愛おしい彼女と、二人の新しい未来へ!


 レオーネとリシェルは今、その一歩を踏み出したのだ。

これで完結となります。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!


ブックマークや☆、感想などいただけると、とってもとっても嬉しいです。


近々、新作の投稿を開始する予定です。

そちらでもお付き合いいただけると嬉しいです。


本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] おもしろかったです! 書籍発売されたのですね、おめでとうございます!ポチっておきます! 誰より何よりのクズはパパ、というのがなんとも… 供述が、「どうでもよかった」というのもまあアレですが…
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