第五話
騒動が一応の解決を見たあと、レオーネは寝込んでしまった。
どうやら対魔の術を多用しすぎて、体力、気力ともに甚だしく消耗してしまったらしい。
「そういえば魔を移動式の檻に移す時にも術を使ってたからなー。だが今回は傷を負ってるわけじゃねえから、まあ、そこまで苦しくはねえだろ」
レオーネのことを部屋まで送ってきたロッソはそう言っていたが、リシェルは気が気ではなかった。
——だってそうは言っても、ひどい熱だし、呼吸も荒いし……。
ロッソが部屋を出て行ってしまえばなおさら心配で、意識を失うようにして眠るレオーネの側から離れることができなかった。
やがて夜は更け、日付が変わった。
風音もしない静かな夜。燭台の火を消していても、窓から差し込む月明かりで、部屋の中はぼんやり青白かった。
——お父さまやお義母さま、ソフィアの処分は、明日、正式に発表されると言っていたけれど……。
レオーネの額に浮かぶ汗を拭いながら、リシェルは漠然と考えていた。
今夜、彼等もこの王宮のどこかに滞在しているはずだ。
今頃、何をしているのだろう? すでに眠りについたのか、あるいは起きているのか?
そこに弟のエリオは一緒にいるのだろうか? そして弟は、この先どうなってしまうのか——あれこれ考えていると、みるみる深みにはまり、気分が落ち込んでいった。
「……心配なのか?」
声をかけられ、はっとした。
一時的に目が覚めたのだろう。
荒い呼吸を繰り返すレオーネが、こちらを見ていた。
「レオーネ様……お苦しいですか? まだお熱は下がらないようなのですが、何か食べたり飲まれたりできますか?」
少しでも早く回復してほしくて、リシェルはあれこれ世話を焼こうとした。
「せめてお水だけでも」
けれど立ち上がろうとしたところで、腕をつかまれる。
「大丈夫だ。それよりもっと……そばにきてほしい」
上掛けを持ち上げた彼は、そこにできたスペースをとんと手で叩いた。
「嫌?」
「いえ、そんなことは……」
嫌なわけがない。
けれど今、彼になにより必要なのは、ひとりでゆっくり休む時間なのに。
「わたしがそばにいたら、レオーネ様が休めません」
「君を感じれば、きっとすぐに良くなる」
そう言われてしまえば、もう断る理由などなかった。
「ではちょっとだけ……失礼いたします……」
彼の隣に横になるなり、抱きしめられた。
レオーネの首元に頬を寄せ、彼の胸元や腹に自身のそれがぴたりと添えば、今までになくその存在を強く感じ、安心すると同時にそわそわした。
「冷たくて気持ちがいい……それに君は、なんて柔らかいんだ……」
耳元をくすぐるように、レオーネが囁く。
今度は首元に顔を埋められ、無意識のうちにびくりと反応してしまう。
——熱い……レオーネ様の熱に、溶かされてしまいそう。
隙間なく密着していると、自身の体温まで上がってくるような気がして、リシェルはほうっと息を吐いた。
「……心配していたんだろう? 弟のことを」
「——っ!」
急に核心を突かれて驚いた。
けれど、うんとうなずくことはできなかった。
それを認めてしまえば、レオーネはきっと、自身の取った行動を悔いてしまう。
そもそもクローデッド家がこうなってしまった原因は、リシェルの家族にあるのに。
一昨日、レオーネが緊急事態を宣言し、騎士団を動かしてくれなければ、リシェルは今ここにいることすらできなかっただろう。
だからこそこの結果を、彼に悔いて欲しくなかった。
「いいえ、そのようなことは考えておりませんでした。……それはまあ、たしかに心配ではありますが」
「俺のために嘘を吐くんだな」
そこまでお見通しなのか。
「あの、決してそういうわけでは」
「弟のことは心配しなくていい」
「え?」
「明日の朝、俺が陛下に掛け合う。……君が大切に想う者のことを、俺が守れなくてどうする。君も、君に関係する者のことも、なにをおいても守り抜くつもりだ」
——って、そこまで考えてくれているの……?
胸の奥の方から沸き上がってくる感情に、目頭が熱くなった。
彼の想いが嬉しくて、切ないくらいに幸せで。
リシェルはレオーネの首に両手を回し、ぎゅうと抱きついた。
「……? どうした?」
「好きです、レオーネ様……あなたのことを、とても……」
好きです。
もう一度繰り返した時、彼が動いた。
レオーネはリシェルを仰向けにすると、その上に覆い被さるようにしてきたのだ。
「あ……」
捕らえられた、と思った。
青白い月光の中でもなお輝く金色の瞳に、完全に捕まってしまった、と。
「——抱くぞ」
宣言されると同時、噛みつかれるようなキスをされた。
それはさらに深くなって、リシェルの中を探るような口づけに変わっていった。
目尻へ、額へ、頬へ、耳へと、雨のようなキスが降ってくる。
「だめ……だってお熱があるのに——」
反論しようとする度に、彼はリシェルの唇を塞いだ。
やがて彼の大きな手が、リシェルの身体をそっとなでていく。
「レオーネ様、あの……」
「リシェル……リシェル……」
彼は何度も名前を呼んだ。
まるでリシェルが今ここにいることが夢ではないのだと、たしかめているかのようだった。
「くそっ……なんでこんなに愛おしいんだ……!」
「あ……」
彼の手に、唇に、リシェルは翻弄される。
身体が自分のものではなくなってしまったかのように反応して、頭の中が真っ白になる。
「熱いな……俺の熱がうつったか……」
身を起こしたレオーネは、勢いよくシャツを脱いだ。
その瞬間、彼と視線が交わる。
彼の火が付いた瞳や濡れた唇を目にして、リシェルの鼓動はいっきに跳ね上がった。
「君がほしい……どうか俺を受け入れてくれ」
レオーネが吐息混じりに言った。
流されてしまう。
彼に無理をさせてはいけないと思っているのに、本気で抗うことができないでいる。
だってこの人のことが好きだから。
溺れてしまうとわかっていても、きっと流されることをリシェル自身が望んでしまっているのだ。
「レオーネ様……」
覆い被さってきた彼を、抱きしめる。
けれどその時、突然、レオーネの身体から力が抜けるのを感じた。
「え……レオーネ様?」
大きな身体がそのまま、リシェルの上に倒れ込んできた。
「レオーネ様……!」
「くそっ……力が……」
どうやら残っていた力もすべて使い果たしてしまったらしい。
レオーネはごろりと横になると、目元を腕で覆い隠し、ぜーはーと荒い息を繰り返している。
「レオーネ様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ、少し休めばすぐ元に戻る」
そう言いつつも、彼はぴくりとも動かない。
額に触れてみると、「えっ」とつい肩を上下してしまうほどの熱を感じた。
——さっきよりも上がっている……こんなことをしている場合じゃないわ。
リシェルは青ざめた。
「とりあえずお水でも飲んで……! あとはゆっくり横になられて……!」
「いやだ」
起き上がろうとするリシェルを、レオーネは右手だけで引き留めた。
「ようやく君とこうなれたのに……この時をずっと待ち望んでいたのに」
「ですが今日はもういけません! とにかく早く寝て下さい!」
リシェルは乱れた服を整え始めた。
「だめだ、まだそのままで」
「ですが……!」
「今日はもう何もしない。君の言うとおり、このまま横になってちゃんと休む。だからもう少し、このままで……今、できることだけでいいから……」
レオーネはふたたびリシェルを抱き寄せると、そのまままぶたを閉じた。
そして名残惜しそうにリシェルを堪能しながら、ゆっくりと眠りにおちていったのだ。
* * *
翌朝、心配して部屋を訪ねてきたロッソは、いまだ顔色が戻らないレオーネに向けて、こう言った。
「って、いつもより回復してねーじゃねえか。どうせ昨夜、おとなしくしてられなかったんだろ。これだから初恋をこじらせた経験ゼロ男は……まったく、完全に回復するまで少しおとなしくしてろ!」
「ロッソ、俺に殺られたくなかったら、今すぐその口を閉じることだな」
腰に下げた剣の柄に手を添え、ロッソのことを睨め付けたレオーネだったが、その後、ロッソに「終始手をつなぎたがる男は嫌われるのか?」「キスは一日何回までしてもいいのか?」「毎夜、一緒に寝るにはどうすればいいのか?」などと質問していたことをリシェルが知るのは、また別のお話。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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