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第四話

「レオーネ、来るぞ! なんとかしろ!」


 ロッソの上擦る声が、夜の空気を切り裂いた。

 捕縛の術が解かれ、ふたたびの自由を手に入れた魔は、もちろんリシェル目がけて走ってきた。


「ちっ……もう一度だ!」

 体勢を崩しながらも再度、対魔の術を繰り出したレオーネだったが、それはあっさりかわされた。

 黒い獣は、飛ぶようにしてリシェルに向かってくる。


 ——逃げなければ……!


 リシェルは尻餅をついたような状態で後ずさった。

 一方のレオーネは、ひざまづくような体勢で、リシェルと魔の間に入ってくる。


「レオーネ様……!」


 ——だめ……! 間に合わない!


 一匹の魔が、自身の邪魔をするレオーネの足に食らいついた。

「レオーネ様!!」

「足くらい、くれてやる……!」

 レオーネは右手で魔の眉間にふれると、「消えろ」と、甘くすら感じる声で(ささや)いた。

 すると魔は、おぞましい(うめ)き声を上げながら、地面に溶けるように姿を消していく。


 けれどそれで終わりではなかった。

 その背後からこちらに襲いかかる、もう一匹の魔の姿があったのだ。


「レオーネ、まだだ! よけろ!」

 あたりに響くロッソの悲痛な声。


 ——今度こそ間に合わないわ……!


 レオーネは足を負傷してしまった。

 ならば自分が彼を守らなければ、二人揃って魔の餌食になってしまう。


 ——それだけは絶対に嫌!


 リシェルの身体は無意識のうちに動いていた。


「リシェル、何を……!」

 レオーネの腰から下がる長剣——対魔用の剣を(さや)から無断で引き抜くと、立ち上がり、レオーネの前に立った。


「わたしも戦えます……! もう嫌なのです! 自分の未来を誰かに任せなければいけないことが……!」

 リシェルは迫り来る魔に向け、剣をかまえた。

「わたしはわたしの意志で、ちゃんと前に進みたい……! 誰かに(しいた)げられるのも、誰かに怪我させてまで守られるのも、もうどちらも嫌なのです! ただ守られるだけじゃなくて、わたしだって大切な人のことを守りたいの……!」


 覚悟は決まった。

「リシェル、待て!」

 こちらに向けてのばされたレオーネの手をかわし、リシェルは走った。


 (うな)り声を上げながら、跳躍(ちょうやく)する魔。

 逃げてはだめだ。わずかでも(ひる)めばきっと、魔に打ち勝つことなどできやしない。


 ——ただただ、前へ!


 リシェルは大きく一歩を踏み出し、がばりと開かれた口元目がけて剣を振った。


 ——お願い、消えて……!


 手応えはあった。

 リシェルの肩を引き裂こうとする爪を身をよじって逃れ、突き立てた剣を握ったまま魔の横を走り抜けた。


 対魔用の剣とは、魔を滅することができるよう教会の聖なる火で(きた)えられた特別な武器だ。

 効果があったのだろう。

 勢いあまったリシェルが転がるように地面に倒れ込むと同時、魔は断末魔をあたりにまき散らしながら、まるで蒸発するように姿を消した。


 ——倒せた……の?


 唖然としていると、レオーネが走り寄ってきた。

「怪我は!? どこか痛いところはないか!」

「それよりもレオーネ様、足は……!? さきほど魔に食べられてしまったでしょう!?」


 這うようにして彼の足を確認すると、「大丈夫だ」との言葉が頭上から降ってきた。

「靴が守ってくれた。肌に歯を立てられる直前に、どうにか滅することに成功したからな」

「では傷は無いのですね!?」


 よかった、と、リシェルは安堵するあまりに涙をこぼした。

 それを気付かれたくなくて、両手で顔を覆い隠した。


 以前、魔に付けられた小さな傷で、ひどく苦しんでいたレオーネ。

 あのような長い夜を、もう二度と彼に過ごしてほしくはなかったのだ。


「しかし、君はなんてことを……」

 溜息混じりに言って、レオーネはリシェルを抱きしめた。

「また、君に助けられた」

「いえ、わたしのほうこそ……」

「君が無事でよかった……」

 ひとりごとのように囁かれた声音は、珍しく震えていた。

 それだけでなく、リシェルを抱きしめる彼の手や腕までも。


 ——ひどく心配させてしまったんだわ。


 そのことに気付けば途端に申し訳なく思った。

「ごめんなさい……」


「いや、俺の至らなさを君が補ってくれた。それに、君がこの先どうありたいのかも、俺なりに理解できたつもりだ」

 立ち上がったレオーネは、いまだ座り込むリシェルに向けて手をのばしてきた。

 しかし今さらながら驚きや恐怖に身が竦み、足に上手く力が入らない。


「おいで」

 抱き上げるように立たされ、レオーネにしがみつく。

 気付けばやや離れた場所で、義妹がへたり込んでいた。


「わたくしは……わたくしこそが、星の……」

 なにやらぶつぶつと呟いている彼女は、呆然と地面を見ているようだった。


「レオーネ——いや、(ステラ)よ。そしてその花嫁よ。見事に魔を滅してくれたな」

 王の重々しい声音が、演習場に響き渡った。

「余は認めよう。今、レオーネとともにある彼女こそが、真の星の花嫁(フィオーレ)であるリシェル・クローデッド嬢であると!」


 途端に周囲からわあっ!と、盛大な歓声が上がる。

 その喜びの渦の中心に立ちながら、リシェルはぼんやりと考えていた。


 これですべてが終わったのだ、と。

 そしてここからすべてが始まるのだ、と。

 見えない力に導かれ、運命の相手と定められた、彼——レオーネとともに。

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