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第四話

「ほら、星であるレオーネ様って、とても素晴らしいお方だって噂があるじゃない?」

 目を丸くするアンナに、リシェルは話して聞かせた。


「驚くほどお美しい容姿をしていらっしゃるとか、とても有能で、留学からお帰りになった途端に騎士団の特殊部隊の隊長を務められることになったとか」

 そもそもイルデブラン家自体が、王家に縁のある公爵家。王家に継ぐ名家である。


「それであの子――ソフィアが、すっかりその気になってしまったみたいで」

 だからこそ使用人を一新してまで、リシェルに成り代わろうと考えたのだろう。


「ですがそのようなこと……! 王国に知れたらどうなるのです! 星であるレオーネ様と花嫁であるリシェル様のご結婚は、王国が定めたことなのですよ!」

「ばれない、とでも考えているのでしょうね」

 というよりも、決してばれないようにするつもりなのだろう。


「星と花嫁が結婚しなければ、王国は祝福を得られません!」

「けれど、その祝福というものだって、とても曖昧(あいまい)なものだわ」


 祝福にほころびができれば、魔が現れる。

 リシェルたちはそう教えられてきた。

 しかしほとんどの国民は、魔に遭遇(そうぐう)したことがない。だからこそ皆、魔に対する危機感を持ち得ていないのだ。


「もし本当にソフィア様を『花嫁』とすることになったら、リシェル様はどうなされるおつもりなのですか?」

「わたし? わたしは……それに従うしかないわね」

 

 口に出した直後、胸がずきりと痛んだ。

 かつて一度だけ会ったことのある婚約者の顔が、ぼんやり脳裏に思い浮かぶ。


 ――レオーネ様……とてもお優しいお方だったわ。つい恋心を抱いてしまうほどに。


 彼に会った時、リシェルは、花嫁として生まれた自分の宿命を初めて嬉しく思った。

 彼の花嫁になれるのだと、幼心にどきどきして、胸が高鳴ったのだ。


 けれどリシェルの父が、もし娘たちの入れ替わりを認めるのであれば、どうすることもできない。

 そして一度でもソフィアが花嫁として婚約者に会ってしまえば、もうその嘘の片棒を担ぐしかないのだ。

 なぜなら嘘が明るみになれば、伯爵家が罪に問われてしまうから。


 ――そうなったら最悪、家を取り潰されかねないもの。


 伯爵家を任せるわね、との母の願いに、背くことになってしまう。


「もしもそうなったら、わたしは、この家を出ようと思うの」

「家を出る!?」

「最近、街に行く度に思うのよ。お義母(かあ)様やソフィアから離れて生活できれば、どんなにか幸せで楽しいのにって」

「それはまあ、そうでしょうが……」

「わたしは伯爵家が存続し、弟の手に渡ればそれでいいの。もしソフィアが花嫁としてイルデブラン家に嫁げば、当分、伯爵家は安泰だわ。そうなったらクローデッドの姓を捨てて、秘密裏に街で暮らすのもよいかと思って」

 でも、とリシェルは二の句を継いだ。

「そうするには先立つもの――お金が必要だわ」


 お金。

 最近、それの重要性を身に染みて感じている。


 伯爵家の娘としてのうのうと暮らしていた頃には、考えたこともなかったのだ。

 着る服を買うのにも、食事をするのにも、水を飲むのにだってお金が発生するなんて。

 

「だからまずは、なにか自立できるような仕事を探そうと思うの。住み込みながらできる仕事があれば最高なのだけれど」

「仕事って……リシェル様が? 本気でお考えなのですか?」

「あら、こうみえてもわたし、いろいろなことができるようになったのよ。お料理だってお掃除だって、わりと上手なんだから」

 それらは義母たちに使用人のようにこきつかわれた結果、得たスキルなのだが。


「だから仕事さえ見つかれば、きっと楽しく――」

 その時、またしてもあの声が屋敷中に響き渡った。


「ソフィア! 帰ってきているの、ソフィア!」


 義妹だ。

 途端にリシェルの気が鉛を飲み込んだかのように重くなる。


「ソフィア! 早く返事をなさい!」


 ――ソフィアって、あなたこそがソフィアなのに。


 溜息を吐きながら、リシェルは呼ばれるほうに急いだ。

 すぐに応じなければ、また陰湿(いんしつ)ないじめに耐えなければいけなくなるだろうから、それだけは避けたかった。


「ソフィア! ソフィア!! わたくしが呼んでいるのに、いったい何をしているの!? 早く来なさい!」


 早足で屋敷の中を進むと、広間の前で、義妹が巻き毛を振り乱しながら叫んでいた。


「ソフィア、わたしはここよ。今、ちょうど戻ったところなの」

 声を掛ければ、キッと睨み付けられる。

「わたくしは姉であるリシェルよ! ソフィアはあなたでしょう!」

「……ええ、たしか、そうだったわね」

 義妹はリシェルを連れて広間に入り、そこにある椅子にどかりと腰かけた。


「ずいぶん遅かったわね。どこで道草を食ってきたの? 簡単なお使いすらもまともにできないなんて、いったい、どういう教育を受けてきたんだか」

 椅子の背もたれに背を預け、足を組む姿は、ずいぶん横柄だ。


 ――いえいえ、あなたこそ、いったいどのような教育を?


 そう思ったが、波風を立てぬように「遅くなってごめんなさいね」と、にこやかにスルーした。

 すべては伯爵家のため、そして弟のためだ。


「あなた、何度言ったらわかるの? ちゃんと敬語を使いなさい! 本当に頭が悪いんだから……わたくしはあなたの姉なのよ?」

 二人きりであっても、その設定を押し通すつもりらしい。

「さっさと買ってきた物を出しなさい!」

 理不尽な命令に、「はい」と、リシェルは丁寧に応じる。


「こちらになりますけれど」

 茶色の紙袋を手渡した瞬間、中身も見ずに、袋ごと投げつけられた。

「え……」

 中に入っていた絹のハンカチ、花のかたちの石鹸、リボン、靴を磨くブラシ――一度目と同じ種類だが、柄や形が違う品々が、またしても宙を舞う。


 ――って、これを買うのにどれだけのお金を払ったと思っているの!


 お金の大切さを理解し始めたリシェルだ。

 床に落ちたそれらに、慌てて手を伸ばした。


「やはり気に入らないのね?」

「敬語!」

「お気に召さないのですね?」

「当たり前でしょう!?」


 ああ、本当に面倒だ。

 だってこの問題に、正解など用意されていないのだから。


「わたくしは別の店の、別の品を指定したのよ。まったく……どうしようもなく役立たずね。今すぐこの伯爵家から出て行けばいいのに」


 出て行けるものなら、そうしたい。

 けれど先ほどアンナに話したように、先立つものが無いのだ。


 もともとのリシェルのドレスや宝飾品は、すべて義妹に奪われてしまった。

 母の形見として(のこ)されたものまで、だ。


 リシェルに今、残されているのは、使用人が普段着にするような質素な服とリボン、靴のみ。

 部屋も、家具も、持ち物も、名前や立場すらも奪われ、金に替えられるものなどなにひとつ残っていない状況で、どうやってこの家を出て行けばよいのか。


 ――ああ、仕事……仕事を探したいわ。


 床に散らばった品々を拾い上げながら、リシェルはそればかりを考えていた。


「あれ? ねえさま?」

 その時、広間に、ミルクティー色の髪と紫色の瞳の少年――リシェルの弟が入ってきた。

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