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第三話

「陛下、これから彼女たちふたりの前で、魔を放ちます!」


 演習場に立つレオーネは、バルコニーに向けて姿勢を正した。

 右手で自身の隊服の左胸をおさえる。

 そこには特殊部隊の記章と、自身が(ステラ)であることを示す星の精霊の紋章が描かれている。


「なるほど、考えたものだな、レオーネ」

 王は感心した様子で目を細めた。


「陛下からご説明いただいてもよろしいでしょうか? これから出る結果に皆が納得し、異を唱えぬよう、星の花嫁(フィオーレ)の特異体質のことを」

「よかろう」

 うなずくなり王は声を大きくする。

「余は今、ここで明かそう。——『星の花嫁』の正しい名称は、『魔と星の花嫁』であると!」


 途端にあたりにいる特殊部隊員たちから戸惑いの声が上がった。

「どういうことだ……?」

「魔と星の……? では魔の花嫁にもなり得ると?」


 王は続ける。

星の花嫁(フィオーレ)は、花の精霊の特異体質を受け継いでいる。彼女は星と結ばれれば星の力を、そして魔と結ばれれば魔の力を高めるという特性を持っているのだ。それゆえ魔からも執拗(しつよう)に狙われることとなる」

 その言葉で皆、状況を理解した。

 つまり今ここで魔に襲われた方が、真実の星の花嫁(フィオーレ)だということを。


 続いてレオーネが補足する。

「しかし星の花嫁(フィオーレ)の特性が遺憾(いかん)なく発揮されるようになるのは、彼女が十七歳を迎えてから。そのためそれまでに星と結婚することが定められている——陛下、そうでございますね?」

 王は「ああ」とうなずいた。

「花嫁が十七になれば、彼女の前にひっきりなしに魔が現れるようになってしまう。だがそれは星と結婚し、彼に花の精霊の力を与えることにより、防ぐことができるのだ」


「ですが……!」

 そこで声を上げたのは義妹だ。

「わたくしはいまだ十六ですわ! 特性が発揮される年齢に達していないのですから、今夜は魔に襲われない可能性もあるでしょう!? なのに今、その結果だけで判断するなんて、あまりに浅はかだわ!」


「十七を迎えていなくとも、目の前に花嫁がいれば、魔は必ずそちらを狙う」

 言い切ったのは王だ。

「花嫁は成長した。特性が解禁される時は近い。ならば花嫁と只人の違いくらい、すでに魔は認識できる状態にある。過去にもそういった事例がいくつもあった」

「で、ですがもし……!」

「余はここに宣言する! 今夜、ここにいる二匹の魔が向かった先にいる者が、真の星の花嫁(フィオーレ)であると!」


 ——だからレオーネ様は、あの時、魔を生かしておいたんだわ。


 王都の外れの森で魔と相対した際、ロッソが驚いていた。

『今回はあれを滅するのではなく、生け捕りにする』と言い出したレオーネに、『生け捕って何に使う?』と。

 その時、レオーネは答えを口にしなかったが、今夜のような時が来ると見越して、計画的に魔を生かしておいたのだろう。


 ——レオーネ様……。


 こちらを振り返った彼と、一瞬、目が合った。

 リシェルが無意識のうちにうなずくと、彼も同じように小さなうなずきを返してくれる。


 リシェルと義妹の立ち位置を調整し、レオーネは二人の背後に立った。

(おり)を出た魔は、すさまじいスピードでこちらにやってくる。だが不安になるな。必ず俺が守る」

 リシェルは彼に背を向けたまま、「はい」と応えた。


「あっ……あ……」

 魔に(おび)えているのか、それともそれ以外にか。

 義妹が上擦ったような声を漏らし始めた。

 だがその時は待ってくれない。すぐにやってくる。


「——よし、行くぞ」

 静まりかえる演習場。

 煌々(こうこう)と燃えるかがり火が、時折()ぜる音だけがあたりに響いていた。

 やがて夜の空気を割って、レオーネが合図をする。

「放て!」

 と。


 途端に数人の騎士団員たちが協力し、檻の戸を開けた。

 瞬間。


 ——来た!


 黒い獣二匹は、力強く地面を蹴り、飛ぶようにしてリシェルに向かってきたのだ。


「おおっ……!!」

 周囲でどよめきが起こった。

「あちらが真の花嫁だ……!」


 けれどそれを気にしている余裕はない。

 間近に迫る魔に、リシェルの視線は釘付けになった。

 深紅の瞳が、ひたすらリシェルの姿だけを映している。


 ——速い……!


 がばりと開けた口からのぞく、血のように真っ赤な喉の色。

 目にした刹那、ぞくりと全身の肌が粟立った。

 けれど不思議とこわくはなかった。

 きっと彼がすぐそばにいてくれるからだろう。


「——捕縛!」

 背後から放たれた青い光が、蜘蛛の巣のように広がって飛んでいった。

 それが魔の身体に絡みつき、自由を奪う。

 もう一匹はちょうど跳躍(ちょうやく)していたところだったのか、光に捕らわれ、ドオンッ! と、地響きとともに地に墜ちた。


「レオーネ様……!」

 振り返れば魔に左手をかざしたままのレオーネが、こちらにやってきた。

「大丈夫か?」

「ええ、問題ありません」

「よかった……恐怖を与えてすまなかった」


 必ず守ると言いつつも、彼こそ不安だったのかもしれない。

 レオーネは魔に向けていない右手で、リシェルのことを抱き寄せる。


 しかしその時、義妹が予想外の行動に出た。

「こんな結果、絶対に認めないわ……!」

 彼女はリシェル目がけて、渾身(こんしん)の体当たりをしてきたのだ。


「なっ……」

 無防備なところに突進されて、リシェルは倒れ込みそうになった。

 それを助けようと、左手を動かしてしまったレオーネ。

 おそらく無意識の行動だったのだろう。その結果、魔に施した捕縛の術が解けてしまう。


「レオーネ!」

 ロッソの叫び声が聞こえた。

 同時に、黒い獣がふたたび動き出す様が、リシェルの視界の端に映ったのだ。

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