第二話
最後の舞台に選ばれたのは、騎士団の近衛隊——特殊部隊とは別部隊の演習場だった。
そこには五階建ての塔が隣接しており、二階部分に大きなバルコニーが作られている。
つまりそこから演習場を見下ろせるため、王は騎士団長やロッソに厳重に護衛された状態で、バルコニーに立った。
一方、リシェルと義妹は、広い演習場の真ん中にいた。
距離を取って立つ二人を取り囲むように、特殊部隊の隊員たちが配置されている。
そして塔の出入り口の前には、数名の隊員たちに警護——というより監視されるような状態で、リシェルの父と義母の姿が。義妹も義母も父も、いったい何が始まるのだろうかと、不安げな表情をしていた。
——レオーネ様は、どのような策を講じたのかしら。
疑問は抱いたが、不安はなかった。
彼のことを信頼している。
きっとこれで何もかもが明らかになるのだと、手法はわからずとも、リシェルは安堵すらしていた。
「ねえ、ソフィア」
義妹が突然、話しかけてきた。
ここまできてもなお、リシェルのことをソフィア扱いするつもりらしい。
「あなたいったい、どのような手を使ったの?」
何のことだろうと、リシェルは首をかしげる。
「まさかあなたがこんなにも上手くレオーネ様に取り入っているなんてね。あなたって、ほんとうに目障りな存在。さっさと娼館に売られてしまえばよかったのに」
彼女は悔しげに舌打ちをした。
「ねえ、今からでもレオーネ様に言いなさいよ、自分は星の花嫁じゃないって。そうしたらもう、あなたになにもしないわ。あなたとエリオと伯爵家が無事でいられるよう、わたくしが星の花嫁として、ちゃーんと面倒を見てあげる」
リシェルは無言。
顔をまっすぐ前に向け、聞こえていないふりを装った。
ここにきてまで義妹に心を乱されたくはなかったのだ。
「でなければ、ね? エリオも伯爵家も、どうなってしまうかわからないわよ? ここで星の花嫁だと認められなければ、わたくしはきっとあの子にひどいことをしてしまうわ。あなたも可愛い弟のことがなにより心配でしょう?」
——まだわたしを脅して、どうにかするつもりでいるのね……。
がっかりして義妹を見やると、彼女は待ってましたとばかりに、にやりと微笑んだ。
「今だったらまだわたくしを止められるわよ。後悔したくないのなら、今すぐレオーネ様に言いなさい!」
「いやよ」
リシェルは静かに言った。
義妹の脅迫も、今のリシェルには、ちっとも響かなかった。
「わたしを脅しても、もうどうにもならないわ。だって今はもう、ひとりじゃなくなったから……」
レオーネがいてくれるから、リシェルは今、揺るぎのない心でここに立っていられるのだ。
「それよりもあなたこそ、いよいよ本当のことを告白したほうがいいわ。明らかになるのが遅くなればなるほど、状況は悪くなるいっぽうよ。何もあなたばかりに責任があるとは思わない。……誰より責められるべきはお父さまよ。だからこそあなた自らの言葉で、早く全てを正したほうがいいと思うの」
「——っ! なにを生意気に……!」
その時だった。
「よし、入れろ!」
かがり火が煌々と焚かれた演習場に、レオーネの声が響き渡った。
途端に皆の視線が演習場の出入り口の扉に向けられる。
そこから車輪が付いた移動式の檻が二台、入ってきた。
それらの中には。
——あれは、魔!?
先日、王都の外れの森でレオーネが捕らえたであろう魔が、それぞれの檻に一匹ずつ入れられていたのだ。
「ちょっと、なによ、あれ……」
初めて魔を見たのだろうか。義妹が怯えた様子で二、三歩後ずさった。
檻の中で忙しなく動き回る、黒い生き物。
不気味な赤い瞳がぎょろぎょろと周囲を見回し、やがてリシェルを見つけるなり「ぐおおおおおおっ……!」と、地を這うような唸り声を上げる。
リシェルが花の精霊の力を受け継ぐ者——極上の餌であると、もしや認識したのかもしれない。
——ああ、そういうことなのね……!
レオーネが言った、危険を伴うけれど、どちらが真の花嫁かものの数十秒で判明する方法——それが何であるのか、リシェルはようやくわかった。
彼はここで、あの魔たちを檻から放ち、自由にするつもりなのだ。
なぜならリシェルは星の花嫁——いや、正式に言えば魔と星の花嫁だから。
——以前、レオーネ様はおっしゃっていたわ。
『不本意だが、これからはとくにリシェルが——星の花嫁が狙われることになるだろう』と、広間で講義をしてくれた、あの夜に。
つまりその習性を利用し、どちらが真の花嫁なのかを判明させようということなのだろう。
——これで、すべてが決まる……!
リシェルは四肢の震えをどうにか収めようと、自身の胸元をきつく握りしめた。
檻の中で絶え間なく暴れ続ける魔は、ひたすらリシェルのことを睨め付け続け、一秒たりとも視線を外してはくれなかった。




