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第六話

「んんっ……!」


 ふたたびオセアノに拘束され、じたばたと暴れて抵抗するが、徒労(とろう)に終わった。

 それどころか一度目よりも強い力がこめられた手に彼の怒りを感じ、思わず身が縮こまる。


 ——こわい……このまま絞め殺されてしまいそう……!


「イルデブラン隊長……僕が黙っているのをいいことに、ずいぶん好き勝手に話を進めてくださいますね?」

 オセアノはリシェルの隣に並ぶと、いきなり声を荒らげた。

「彼女の名はソフィア! 僕の妻となる女性だ! おかしな言いがかりや横恋慕はやめていただきたい!」


「——僕の妻? またしてもそれを言うのか?」


 次の瞬間、レオーネは右の手のひらを開き、それをオセアノに向けた。

「俺は先ほど警告したはずだぞ? 彼女を妻と呼ぶことはもう二度と許さない、と」

 直後、レオーネの手のひらが激しく光る。

 どうやらオセアノは、レオーネの怒りスイッチを完全にオンにしてしまったようだった。


「いつまで彼女のそばにいるつもりだ? いいかげん、リシェルから離れろ!」


 ——対魔の術……! まさかここで使うなんて!


 驚きに目を瞬いた刹那、光が放たれた。

「くっ……なにを……!」

 それは矢のように変形し、オセアノの肩口をかすめて背後の壁に突き刺さった。


 ——離れた……!


 痛みに身をよじるオセアノが、一歩、もう一歩とリシェルの側から後ずさる。

 そのすきにリシェルは、両腕を縛られたまま、芋虫のようにバルコニーによじ登った。


「来い、リシェル……! 俺が必ず受け止める!」

 迷いはなかった。

 勢いよく飛び降りたリシェルは、レオーネの広げられた両腕に飛び込み、そしてそのまま彼を地面に押し倒した。


「レオーネ様……!」

「ああ、ようやくつかまえた……!」


 すぐ目の前に、彼の端正な顔立ちがあった。

 レオーネは、彼の身体の上に乗るような体勢のリシェルを抱きしめ、安堵したように息を吐く。

「八年待った……今日までとんでもなく長かった……!」


 彼のやわらかな唇が、リシェルの額、目尻、頬と、リシェルの形をなぞるようにキスをする。

「ああっ、くそっ! もう絶対に離すものか……!」

 そうしている間に、オセアノを捕らえるべく、ロッソたちが屋敷の中へとなだれ込んでいった。


「あ……お手伝いしたほうが」

「必要ない」

「ですが」

「今は俺に集中してくれ」


 今度は身を起こしたレオーネの、足の上に座らされるような格好になった。

 リシェルの腕を縛っていた紐が、彼の剣で切られる。

 ようやく自由になった両手を彼の胸元にあて、手のひらでその存在を実感した。


「君が好きだ」

 突然の告白。

「リシェル、君と出会ったあの幼い日から、もうずっと君だけのことを想ってきた」


 ゆっくりと顔を上げると、そこにはどこか切羽詰まったような表情の彼がいた。

「レオーネ様……」

「俺と結婚してほしい。(ステラ)とその花嫁である二人だが、それよりも俺の最愛の人として、この命が尽きるその時まで、俺のすぐ側にいてほしいんだ」

 彼の両手でリシェルのそれを握られ、「頼むから」と請われる。

「ええ、レオーネ様……どうか、どうかよろしくお願いいたします」


 応えながら、リシェルはぼんやり考えていた。

 何の因果か、魔と星の花嫁(フィオーレ)として生まれて、けれど望むような幸せ——ささやかなものすらも奪われ、得ることができなくなってしまった自分。

 けれどこれからは違う。

 彼がいてくれれば、リシェルの未来はどう転んだって、きっとすばらしいものになるのだろう。


「わたしも、お慕いしております。レオーネ様、あなたのことを」

 だから。

「どうぞわたしをあなたの妻にしてくださいませ。(ステラ)とかその花嫁とか、関係なく」

「——キスをしてもいいか?」

 唐突に聞かれた。


 いきなりのことで戸惑っていると。

「いや違う、間違った。そうではなくて……」

 ほうっと息を吐いて、レオーネは顔を傾ける。

「キスを、するぞ。もう遠慮はしない。これからは俺のしたい時に、したいだけさせてもらう」

「し、したいだけって、それは——」

 一日に何度くらいなのですか? との言葉は、喉の奥でかき消えた。

 リシェルの言葉を(さえぎ)って、レオーネにキスをされたからだ。


 ——熱い……レオーネ様の唇の熱に、溶かされてしまいそう。


 初めは、そっとふれるだけのキス。

 やがて小鳥がついばむような口づけに変わって、そして吐息が混じり合うようなそれに変化して。


「あの、まだ……?」

「まだだ。もっと……もっとほしい」


 飽きずにキスを繰り返しているうちに、夜はふけていった。

 庭園の木々を揺らす風が、口づけを交わすふたりの周囲を踊るように吹き抜けていく。


 時折まぶたを上げると、瞳に映る星。

 そして庭園から漂ってくる花の香り。

 それはまるで星の精霊と花の精霊が、リシェルとレオーネ二人のことを祝福してくれているかのようだった。

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