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第四話

 ——なぜ、このようなことになってしまうの……。


 物事のすべてが、自分の意志とは関係のないところで進んでしまっている。

 自分自身の未来なのに、なにひとつ自分で決められない。

 それが悔しくて、腹立たしくて、紫色の瞳が涙で濡れた。


「ああ、不安にならないで。僕は君に優しくするよ。君を悩ませるすべてのものから君を守ってあげる」

「そんなこと望んでおりません!」

「なぜ? もうソフィアたちに——いや、彼女たちだけでなく、誰からも(しいた)げられなくてすむんだよ。君はどこにも行かなくていい。この部屋で、僕だけのために存在してくれればいいんだから」

 簡単なことだろう?

 オセアノは無邪気な表情で首をかしげた。


「それを……本気でおっしゃっているのですか?」

「もちろんだよ。そんなにも幸せなこと、ほかにないじゃないか」


 ぞっとした。

 それをリシェルが喜ぶと思っているのならば、彼の思考はきっとまともではないのだろう。


 ——とにかくここから逃げなければいけないわ。


 リシェルは縛られた両腕がどうにか自由にならないかと、あれこれ動かしてみた。

 けれどそう簡単に外れそうにない。

 そうこうしているうちにオセアノがベッドに乗ってきたものだから、「ひっ」と口から悲鳴が漏れる。


「さあ、リシェル。僕たちの初夜を楽しもう」

「——っ!?」

 頬にふれるオセアノの指。

 彼の顔が次第に近づいてきて、やがて吐息を感じるほどの距離になった。


 ——嫌っ……!


 どうにかしなければと、リシェルは無我夢中で彼の腹を蹴った。

「おっと……危ないね。ではこうしてしまおうか」

 今度は両足をつかまれ、その上に乗られてしまう。


「これならもう、抵抗できないだろう?」

 悪気無く、にこりと笑う彼に、うんざりするほどの嫌悪感を覚えた。

「ああ、リシェル……夢のようだ。ようやく君を僕のものにできる」

 恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべるオセアノのことを、リシェルはキッと睨め付ける。


「——死にます」


「え?」

「わたしから離れてくださらないなら、今ここで、舌を噛んで死にます……!」

 なかば本気だった。


「なにを馬鹿げたことを……」

「さわらないで!」

 頬に向けてのばされた手に、噛みつくように叫ぶ。


「本当よ、嘘じゃないわ。あなたのものになるくらいなら、今ここで死んでやるんだから……!」

 するとオセアノは、おどけるように首をすくめた。

「そうか……ならばしかたがないね。できれば穏便(おんびん)に事を進めたかったけれど」


 彼はベッドから降りると、またしてもサイドボードの引き出しを開けた。

「君が舌を噛み切らないよう、これを(くわ)えていてもらうしかないな。それなら安全に初夜を楽しめるだろう?」

「ひっ……」

 持ち出してきたのは、布製の、見たことのない道具だった。

 どうやら口に咥えさせ、閉じられなくするものらしい。


「それからほら、こんな道具もあるんだよ?」

 足を拘束するものだろうか。

 木製のそれを持って、オセアノは微笑む。


 ——狂っている……。


 さらなる絶望感に、リシェルは押し潰されてしまいそうになった。

 けれど意気消沈している暇はない。あやしげな道具を使われる前に、なんとしてでもここから逃げださなければ。


 ——行くわよ、リシェル。


 リシェルは両腕を縛られたまま、勢いよくベッドから飛び降りた。


「部屋には鍵を掛けてあるけれど?」

「開けてください」

「無理な話だ」


 ならば、と紺色のカーテンを肩でかきわけ、その向こうにある両開きの窓に全力で体当たりした。

 金具が痛んでいたのだろうか。

 体当たりを繰り返しているうちに留め金が外れ、転がるように窓の外に倒れ込んだ。


 ——ここから逃げられる……!


「二階だよ、ここ。しかもけっこう高い」

「え……」


 足元をすくわれたような心地になった。

 慌ててバルコニーの柵に走り寄ると、目に映ったのは階下に広がる庭園の景色だ。

 地面は石畳になっているのだろうか。飛び降りれば怪我をしてしまうことは、火を見るよりも明らかだ。


「そんな……」

 どうやってもここから逃げられないのだろうか。

 リシェルは今度こそ絶望に打ちひしがれた。


「さあ、リシェル。危ないからこちらにおいで」

 両腕を広げながら、一歩、また一歩とオセアノがやってくる。

「いや……来ないで」

 リシェルは彼を見て、背後を振り返って、また彼を見た。


「来たらここから飛び降ります」

「ふっ……その身を危険にさらしてまで、僕から逃げたいのかい?」

 そのようなことをするわけがないと考えているのだろう。

 オセアノはくつくつ笑いながら、さらに距離を詰めてくる。


 ——彼のものになるくらいなら。


 レオーネのもとへ戻れないのなら、ここから飛び降りて、どうにかなってしまったってかまわないのではないか。

 そのようなことを考えながら、リシェルはバルコニーの柵によじ登ろうとした。


「リシェル、まさか本当に……?」

「わたしは本気です! ……あの方の元に戻りたいの。だから早くわたしを解放して……!」


 その時だった。

「リシェル……! リシェル!! いたら声をあげろ!!」

 夜を切り裂くような叫び声が、リシェルの鼓膜(こまく)を震わせたのだ。


 ——これは……この声は……!


「レオーネ様ー!!」

 リシェルは応えた。

 現実なのか、あるいは空耳なのか、今は正常な判断がつかないけれど。

 とにかく、その人の声がする方へ。

 リシェルは必死で叫んだのだ。

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