第二話 レオーネ視点
リシェルとオセアノが、今夜、結婚する。
それは寝耳に水の話——というよりも、到底受け入れられない話だった。
「それは、どういう……」
レオーネが唖然としていると、ソフィアがくすくす笑いながら続ける。
「先日、父が受け入れましたの。オセアノ様からソフィアへの求婚を。それで、善は急げではないですけれども、なるべく早いほうがいいとオセアノ様が望まれたので、今夜、結婚をすることになったのですわ」
「って、ちょっと待て、だからあいつ、自分が彼女を送るって言ったのか! 最初から彼女を連れ出すつもりで!」
声を荒らげたのはロッソだ。
「ええ、そうですが、それが何か?」
ソフィアは勝ち誇ったように顎を上げる。
「きっと今頃、婚姻の誓いを立て、証明書にサインをしている頃ですわね。ああ、なんておめでたい夜なのかしら!」
——リシェルが、オセアノの妻になる……?
レオーネは声に出さずに反芻した。
その話はまるで心臓を矢で射られたかのような衝撃をレオーネに与え、いまだ頭の中は真っ白なままだった。
——まさか……嘘だろう? 今夜、ほかの男と結婚するだって?
途端に今夜の彼女の姿が思い起こされた。
レオーネが選んだドレスを身に着けた彼女は、最初は自信なさげな表情で、けれどレオーネが「きれいだ」と率直な感想を伝えれば、恥ずかしそうに微笑んで。
——あの花のような笑みが、ほかの男のものになる、だと?
「そんなこと……そんなことは」
何がどうなったって、許せるわけないだろうが!
気付けばレオーネは、両の拳を痛いほどにきつく握りしめていた。
「ねえ、レオーネ様、よくお考えになって? あなたの前には、星の花嫁の紋章を持つわたくしがおりますわ。そしてあの子はソフィア。あなたとは何の関係もない子。その子が今夜、誰と結婚しようが何の問題もないでしょう? それにたとえあの子の胸に同じ紋章があったとしても、それが何の証明になりますの? あの子はあなたに横恋慕し、わたくしの立場を奪おうとしていた。ならば自分がリシェルに成り代わろうと、わたくしと同じ紋章を人工的に入れたとしてもおかしくありませんわ」
「……黙れ」
レオーネはとにかく落ち着こうと、深く息を吸った。
「わたくしがリシェルであることは、なにより実の父が証明しておりますのよ。ではあの子がリシェルであると誰が証明するのです? もちろん誰ひとりもいませんわ」
「いいからもう黙ってくれ……!」
しかしソフィアが口を閉じることはなかった。
「わたくしは黙りませんわ。それよりもさあ、早くわたくしの手をとって。陛下に紹介してくださいませ。わたくしが星の花嫁である、と。あなたの婚約者である、と」
「ロッソ」
レオーネは左胸に手をあてた。
心は決まった。
あとはすみやかに実行に移すだけだった。
「いいか、ロッソ。よく聞け」
「なんだ」
「俺はこの国唯一の星として、ここに非常事態を宣言する」
「って、レオーネ……! 本気か!?」
ロッソが驚愕に目を見開いた。
無理もない。星だけがもつ権限——王に継ぐそれを、ここで公使するとレオーネが宣言したのだから。
「本気だ。すべての責任は俺が取る。本来であれば彼女の意向を聞き、それを叶えてやりたかったが……こうなってしまえばしかたがない。今すぐ特殊部隊——いや、騎士団全部を動かせ。ただちに彼女を捜すんだ!」
レオーネに迷いはなかった。
もうずっと、子供の頃から想い続けてきた星の花嫁——リシェル。
彼女を自分から奪われることが、ただただ許せなかった。
「彼女は俺だけの花嫁だ……!」
レオーネは隊服の裾をひるがえし、王の元へと急いだ。




