第一話 レオーネ視点
リシェルが忽然と消えた。
レオーネがそれを知ったのは、夜会の席で、王と本日二度目の歓談をしている時だった。
「レオーネ、わるい、すこし話したいんだが……」
横にそれとなく並んできたロッソの顔色が、ひどく青ざめていた。
それで悟ったのだ。何かよくないことが起きたのだ、と。
「陛下、一度、失礼いたします」
無礼を承知でその場を離れ、早足で歩きながらロッソに問う。
「何があった」
「彼女がいなくなった」
やはりそうか。
レオーネはまだ会場の中にいるはずのソフィア——リシェルの義妹を捜した。
「彼女を部屋に送ろうとした時、会場の外にオセアノがいたんだ。で、あいつが彼女を送ると言ってくれたから、つい頼んじまって……」
「そうか……」
あの時、ロッソだとて王に呼ばれていたのだから、そのような判断をしたくなる気持ちも理解できる。
後悔すべきは、その状態のロッソに、彼女のことを託してしまった自分自身の詰めの甘さだ。
「で、王の御前から下がったあと、すぐに彼女の様子を見に行ったんだが……」
その時にはすでに彼女も、オセアノの姿も見当たらなかったらしい。
「あちこち捜してみたんだが、どこに行っちまったんだか……行方がまったくわからねえ」
「二人がいないことにおまえが気付くまで、どれくらいの間があった?」
「二十分てところだな。任されたのに、申し訳ない」
「気に病むな。おまえに落ち度はない」
——捜索をした時間をプラスすると、消えてから一時間弱、といったところか……。
レオーネはソフィアを見つけるなり、彼女を連れてバルコニーに出た。
「いきなりなんですの? ずうっとわたくしのことを放っておいたと思ったら、いきなりバルコニーに来いだなんて」
ソフィアは怒ったように頬をふくらませながら、けれどその瞳は期待に満ちていた。
「わたくし、忙しかったのですわよ? レオーネ様もご覧になったでしょう? わたくしとダンスを、と誘って下さる男性の方がたくさんいらっしゃって」
そのようなことはどうだっていい。
駆け引きをしかけてくるような彼女の態度に、レオーネはうんざりする。
「ああ、それとも、妬いてしまわれましたの? ご心配にならなくても大丈夫ですわ。わたくしはあなたの婚約者ですもの、他の方とどうにかなるなんてこと、絶対にありえませんから」
くすくす笑いながら、レオーネの腕に自身のそれをからめてくる彼女。
その笑声や、彼女から漂ってくるきつい香水がわずらわしくて、レオーネはいよいよ溜息を吐いた。
「彼女はどこだ」
「なんのことですの?」
「君の義理の姉のリシェルのことだ」
ソフィアはぱちぱちと目を瞬いたあと、「あはははっ!」と、声高らかに笑った。
「ああ、おかしい……! 何をおっしゃられますの、リシェルはこのわたくしでしょう? あの子があなたに何を吹き込んだのかは知りませんが、きっとレオーネ様は騙されていらっしゃるのね」
おかわいそうに、と溜息混じりで言われれば、さすがに腹が立った。
「戯れ言は終わりだ。それより、彼女はどこにいる」
「ソフィアでしたら、きっとオセアノ様と一緒ですわ」
「そんなことはわかっている。君が彼に指示したんだろう?」
「いいえ」
ソフィアは首を横に振った。
「わたくしは何も。……けれど、オセアノ様がソフィアを連れて行ったところで、何の問題がございましょう?」
「彼女は俺の婚約者だ」
「ですから、あなたの婚約者はわたくしでしょう? いいかげん、目を覚ましてくださいませ」
彼女はレオーネと向かい合う位置に立つと、急にドレスの胸元に手をやった。
「これがその証ですわ」
おそろしいほどに妖艶な笑みを浮かべながら、胸元をはだけてみせる。
「それは……」
彼女の胸には星の花嫁であることの証明——花の精霊の紋章が刻まれていた。
「なんなら背中の傷もごらんになられます? 醜いので、あまり見せたくはありませんでしたが」
「愚かなことを……」
レオーネは呆れた。
奪い取った立場を盤石なものにしたくて、人工的に描いたのだろう。
逆に考えれば、だからこそこんなにも強気な態度でいられるのか。
「君がどのような小細工をしても真実は曲げられない。俺の花嫁は彼女ただひとりだ」
「おい、レオーネ。もういいんじゃねえのか? 堂々巡りだ。それよりもこの女、とっつかまえて無理矢理吐かせようぜ」
出入り口のあたりに控えていたロッソが、我慢できないといった様子でこちらに来た。
するとソフィアは、「いいですわよ」と、またしても強気な態度をみせる。
「とっつかまえて無理矢理吐かせる? どうぞお好きになさってくださいませ。……ただし、レオーネ様がいくらソフィアを想ったところで、もうどうにもなりませんわ。だってあの子は今夜、オセアノ様と結婚するのですから」
「は……」
——なんだって?
その時、レオーネの頭の中は真っ白になった。
あまりに信じがたい話を不意に突きつけられ、完全に言葉を失ってしまったのだ。




