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第三話

 ここオルランド王国は、星の精霊と花の精霊の祝福を得、守護されていると信じられている国だ。

 自然豊かな国土では農民が作物を作り、各州都や王都では商売が盛んに行われている、裕福で晴れやかな国である。


 けれども一点だけ、曇りが。

 それはかつて王国に災いをもたらしたとされる、『魔』の存在だ。

 

 魔とは、人外の不可思議な生き物。

 それはおよそ三百年前、謎めく力を使って民を襲い、オルランド王国を恐怖におとしいれたのだという。


 その時、この国に現れ、魔を退治したとされるのが、星の精霊と花の精霊だ。

 やがて精霊たちは結ばれ、この地に祝福と呼ばれる安寧(あんねい)――聖域のようなものを築いた。


 しかしその祝福は、時が経つと共に弱まっていった。

 そのため星と花の精霊は、王国に生まれる子に時折、自分たちの力を分け与えることにした。

 それが、『(ステラ)』と『花嫁(フィオーレ)』と呼ばれる存在。

 精霊たちの力を持つ彼等があらためて結ばれることにより、王国の祝福――聖域がよみがえる仕組みなのだ。


 そして何の因果か、リシェルは花の精霊の力を授けられた『花嫁』として生まれた。

 十七歳になるまでに『星』と結婚する宿命を、王国から与えられているのである。


   *   *   *


「ただいまもどりました」


 屋敷の前でオセアノと別れたリシェルは、使用人用の出入り口から中に入った。

 正面玄関を使用することを、義母から禁じられているためである。


「リシェル様……! ご無事ですか!」

 帰りを今か今かと待ちわびていたのか、白い髪をきっちり結った老女が走ってくる。

 リシェルが生まれる前から、この伯爵家で使用人として働いているアンナだ。


「待って、アンナ、そんなに走らないで。転んだらたいへんだわ」

 心配で、リシェルのほうがアンナに走り寄った。

「どこかお怪我はありませんか? どなたかとぶつかったり、転んだりは……」

 アンナは心配そうに、リシェルのミルクティー色の髪をたしかめ、紫色の瞳をのぞきこんでくる。


「大丈夫よ」

「ご無事にお戻りになられてなによりです。このアンナ、リシェル様に何事かあったらと思うと、生きた心地もしなくて」

「ひとりで街に行くことくらい、どうということもないわ。……そりゃあ最初は戸惑うことばかりだったけれど、歩いて行くことにも、買い物の仕方にも、噂話に知らぬふりをすることだって慣れたし」

「そんなことに慣れないでくださいませ!」

 アンナは使用人服のエプロンをきつく握りしめた。


「リシェル様はこの伯爵家のご令嬢なのですよ! しかも花嫁(フィオーレ)であらせられるお方です! それなのに、あの女達にこんなにも(しいた)げられて生活しなければならないなんて……いったい伯爵様は何をお考えなのか……」

「何も考えていないのではないかしら?」

 けろりと言えば、アンナは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「雇い主様の悪口を言いたくはありませんが、旦那様は、昔から頼りないお方なのです。リシェル様のお母様の婿としてこの家にいらした時から、昆虫の研究ばかりに熱を上げられて……いまでこそ伯爵家の仕事もされておりますが、当時はまったくご興味がないようでしたし……」


 このクローデッド伯爵家は、もとは母の実家らしい。 

 リシェルの父が婿入りし、やがてリシェルと弟が誕生したが、結婚後も伯爵家についての指揮は母が執っていたのだとか。


「奥様も、旦那様の性質をよく理解されていたのでしょうね。でなければお亡くなりになる間際に、リシェル様にあのような言葉を(のこ)されませんわ」


 その時のことを思い出した。

 弟を出産した直後、病気を(わずら)った母が危篤(きとく)を宣言された時に、絞り出すような声で口にした願いのことを。


『リシェル、この伯爵家のことは、あなたに任せるわね……』

 リシェルの弟が伯爵家の指揮を執れるようになるまでどうか頑張ってほしい、との母の想いを、もちろんリシェルは何より大切にしていた。


 ――だから、おとなしくしているのよ。


 これ以上、父とその再婚相手が伯爵家の醜聞(しゅうぶん)とならぬように、彼女たちの望むままに行動し、満足させれば、どうにかおとなしくしてくれるのではないかと期待して、日々のいじめに耐えている。

 だって彼女たちが何より目障(めざわ)りに思うのは、リシェルの存在なのだから。


「心配してくれてありがとう、アンナ。あなたがいてくれるから、わたしは大丈夫よ」

「私がいるって……私しかいなくなってしまったのですよ! あの女たちのせいで! まさか私以外の使用人をすべて解雇した上で、お嬢様とあの娘を入れ替えるなんておそろしいことをするとは思いませんでした」

「それはさすがに、わたしも驚いたけれど」


 それは約半年前の出来事だった。

 義母が屋敷の人員を一新し、その上でリシェルとソフィアの名も立場も入れ替えると宣言したのだ。

 何をばかげたことをと、さすがに驚愕(きょうがく)したリシェルだったが、新たな使用人達は、リシェルとソフィアの入れ替わりをあっさりと信じてしまった。


 ――星の花嫁として、伯爵家に引きこもっていたことが、裏目にでたのね。


 国に定められた未来があるリシェルは、不用意な外出も、社交など公の場に出ることも控えるよう務めてきた。

 だからこそ入れ替わりを疑う者はなく、真実を知るのは家族と、アンナと、幼馴染みのオセアノくらいなものだ。


「このアンナ、いまだに怒りがおさまらなくて……最近ではリシェル様を使い走りのように街に行かせたり、使用人の真似事をさせたりしているではないですか。もとはあの女こそが、この家の使用人だったというのに……!」

 アンナは(うな)るような息を吐いた。


「いっそのこと私のことも解雇してくれればよいものを……! そうすればあちらこちらでこの家の実情を喋りまくってやるのに!」

「あなたにいなくなられたら、それこそこの家は終わりだわ」

 長年、この家に勤めている彼女は、クローデッド家の生き字引のような存在だ。

 だからこそ義母も、アンナだけは解雇できなかったのだろう。


「ああ、すみません、取り乱してしまって……まあでも、もう少しの辛抱です。なぜならもうすぐ、リシェル様は星の花嫁となられて、イルデブラン家に嫁がれるのですから」

「あ、そのことだけど」

 リシェルはぽんと手を叩いた。


「おそらくあの人たちは、ソフィアをわたしに仕立てて、星の花嫁にしようと考えていると思うの」


「……は?」

 なんですって? と、アンナがあんぐりと口を開けた。

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