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第三話

「久しぶりね、ソフィア。会えてよかったわ。勝手に家を飛び出したかと思ったら、お父さまにも無断で騎士団に入団してしまうなんて……心配したのよ」


 義妹は途端に神妙な面持ちになった。

「ねえ、わかって? いくらあなたがレオーネ様と結婚したいと願っても、それは叶わぬことなの。レオーネ様とわたくしには、(ステラ)その花嫁(フィオーレ)の宿命があるのよ。だからもう反発することはやめて、ね? 家に戻っていらっしゃい? 皆、心配しているのよ?」

「——……っ!」


 なんということだろう。

 義妹はリシェルがレオーネに横恋慕し、それが叶わないために家出をして騎士団に入団した、とのシナリオを勝手に作っているようだった。


「え……って、どういうことだ?」

 途端に周囲が騒がしくなった。

「彼女がソフィア・クローデッド? 彼女はコルテーゼを名乗っていなかったか?」

「ソフィアって……あのソフィアだよな? 姉を(しいた)げているとか、手当たり次第に男と遊んでいるとか、悪名高い……」

「まさか、偽名を使い、イルデブラン隊長を追って騎士団に入団したってのか?」

「——違います!」

 こらえきれずにリシェルは叫んだ。

 レオーネの隣に立っている今だからこそ、周囲の者たちからあれこれ噂されることが苦しかった。


 ——だって、真実を明かすって、決めたもの。


 本来であれば今夜、誰より先にレオーネに聞いてもらいたかったが、こうなってしまえばしかたがない。

 今ここで、自分はリシェル・クローデッドに戻らなければ。


「レオーネ様」

 リシェルは彼を見上げた。

「ためらうな。俺は君を信じる」

 こちらの意図を察してくれたレオーネが、力強くうなずいた。

 リシェルは両の拳をぐっと握る。


「わたしは……わたしの本当の名は、ソフィアではなくて……!」

 けれどそこで、ふいに義妹が距離を詰めてきた。


「ああ、そういえば、エリオもあなたのことを心配しているのよ」

「え……」


 義妹はリシェルの隣——レオーネと反対側に陣取ると、親しげに腕を組んできた。

「あなたのことをかわいそうなほどに心配していて、きっとそろそろどうにかなってしまうのではないかと思うの。……たとえば病気とか、思わぬ事故とか」

「——……っ!」

 瞬間、頭の中が真っ白になった。


「ねえ、そうなったらあの子がかわいそうだとは思わない? だからほら、早く家に戻ってエリオを安心させてあげましょう? ここでおかしな発言をするのはやめて、ね?」

 つまり、リシェルがソフィアとして家に戻らなければ、エリオに何らかの危害を加える——そう(おど)しているも同然だった。


 ——そんな……そんなことをしてまで、わたしを好きにしたいの……!? そもそもあの家を追い出したのは、あなたたちなのに……!


 悔しさに四肢が震えた。

 沸き上がった怒りが全身に広がっていき、どうしようもなく身体(からだ)が熱くなった。


 ——この状態であの家に戻るなんて、絶対に嫌。


 けれど、うなずかないわけにはいかなかった。

 伯爵家が——父がどうなってしまおうと自分には関係ないと思えるようにはなったが、エリオの身に危険が及ぶとなると、話は別だ。


「……わかりました。一度、家に戻ります」

 苦渋(くじゅう)の決断を口にすると、今度はレオーネが血相を変えた。

「何を言う。俺がそれを受け入れると思うのか?」


「あらレオーネ様、どうしていけないのです? ソフィアは自分の家に戻ると言っているだけですわよ?」

「ソフィア? 誰がソフィアだって? 誰が誰の義妹だと?」

 呆れたように言う彼のことを、「レオーネ様……!」と、リシェルは止めた。


 お願い、今は何も言わないで。

 どうか義妹の好きにさせて。

 必死に彼を見つめながら、無言で首を横に振る。


「なぜ……まさか、彼女に従うと?」

 リシェルは否定も肯定もできずに黙り込んだ。


 その場にしばしの沈黙が流れる。


「あの、申し訳ございません……少し疲れたので、一度、部屋に戻ってもよろしいでしょうか?」

 レオーネが彼のための夜会を抜けられないことはわかっていた。

 だからこそ部屋に戻り、ひとりになって、これからのことを考え直したかった。


「ならばロッソに送らせる」

「いえ、わたし一人で大丈夫です」

「だめだ。これは隊長命令だ」


 自分が不在の間に伯爵家に戻ることは許さない。

 レオーネがそう考えていることが、ひしひしと伝わってきた。


 ——わたしだって、本当ならこのままここにいたい……!


 けれど、今やそれが叶わぬ望みだということはわかっている。

 周囲にいる特殊部隊員たちの(いぶか)しげな表情や、戸惑った面持ち。それをリシェルはありありと感じていた。

 無理もない。コルテーゼを名乗っていた女子隊員が、実は悪名高いソフィア・クローデッドだと知ったのだから、だまされていたような気分になる者もいるだろう。


「あら? あなたもここにいたの。偶然ね」

 例の行商人の彼の存在に、義妹が気付いた。

「そうそう、あなたに会ったらこれを渡そうと思っていたのよ」

 ハンドバッグから封筒を取り出した彼女は、それを行商人の胸ポケットに入れる。


「あの時の十倍、入っているわ。これでなかったことにしてちょうだい、役立たずの行商人さん」

「……承知いたしました」

 封筒の中には、リシェルを売買した金額の十倍の額が書かれた小切手が入っているようだった。

 つまり義妹はそれでリシェルを買い戻したのだろう。


「ソフィア、わかっているわね? 城門の外に馬車を待機させておくわ。どのタイミングでもいいから、とにかく早く戻ってくるのよ。エリオを助けたければね」

 他の誰にも聞かれぬよう小声で(ささや)いて、義妹はレオーネの腕をつかんだ。


「さあレオーネ様、わたくしをエスコートしてくださいませ。あなたの隊長就任を祝う夜会にわたくしが不在だなんて、ありえませんわ」

「断る。今すぐ俺の前から消えてくれ」

「そんな、わたくしはあなたの婚約者ですのよ? 星の花嫁(フィオーレ)であるわたくしを拒むことは、国に背くも同然の行為ですわ」


「君が星の花嫁? 笑わせる。……そうだな、俺が今ここで真実を明らかにしてもいいんだが?」

「おっしゃっている意味がよくわかりませんが、果たしてそれをあの子が望むでしょうか? 結果、あの子が悲しむことにならなければよいのですが」


 そこでレオーネは言葉に詰まった。

 間違いを正したいのに、彼はまだ、ことの全容を把握していない。

 リシェルのことを思い遣ってくれているからこそ、真実を容易に明かすことができないのだろう。


 彼はリシェル以上にもどかしさを感じているのかもしれなかった。

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