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第二話

 夜会会場は、王宮の中央棟にある広間だった。

 夜の(とばり)が下り、王宮中の燭台(しょくだい)に火が灯る頃、リシェルはレオーネとともにその部屋に足を踏み入れた。


「きれいだ。とてもよく似合っている」

 リシェルの緊張を()こうとを考えたのか、耳元でレオーネが(ささや)いてきた。

 その言葉にさらに緊張を深めてしまったリシェルは、ドレスの裾を蹴るように一歩、また一歩と背筋をのばして歩く。


「ほら見て、特殊部隊の皆様のご入室よ……!」

 途端に広間中が色めき立った。

 特殊部隊はいわゆるエリート集団。

 貴族の子弟——しかも実力者ばかりが集まっているため、騎士団の中でも常に注目されているらしい。


「あちらが(ステラ)であるレオーネ様……! なんてお美しい方なの!」

「先日はおひとりで魔を捕らえられたと聞いたわ」

「名門イルデブラン家のご子息でありながら、星であり、実力もあり、あの美貌……まさに夢のようなお方ね」

 他の隊の騎士の関係者なのだろう。

 大広間のあちこちにいる女性たちが、レオーネを見て黄色い声を上げた。


「って、レオーネ様とご一緒のお方は? 星の花嫁(フィオーレ)である婚約者様かしら?」

「ということは、クローデッド伯爵家のご令嬢? あの、義理の妹に(しいた)げられているという……?」

「おかわいらしい方だけれど……なんというか、まあ普通……」


 噂話の矛先(ほこさき)が自分に移動し、途端にリシェルは居心地が悪くなった。

 容姿端麗なレオーネと比べられてしまえば、もちろんリシェルなどただの凡人なのだからしかたがないのだけれど、できれば自分のことはスルーしてほしい。


 ーーうう……肩身が狭いわ。


「噂話に耳を傾けるな」

 ふいにレオーネが囁いた。

「顔を上げて。誰より君がきれいだ。……ほかの男に見せたくないほどに」

 そんなことあるわけがない、と思ったけれど、彼の言葉には不思議と力があって、自然とリシェルの気は軽くなった。


 初めて経験する夜会は、楽しかった。

 広間の中央では皆がダンスを楽しみ、部屋のあちこちに並べられたテーブルの前では、飲食をしながら談笑する者たちの姿があった。

 会場はまさに豪華絢爛(ごうかけんらん)

 そのような空間にいるだけで、ひとりでに心が弾み、晴れやかな気分になる。


 レオーネは終始、リシェルの隣にいた。

 リシェルが特殊部隊の新隊員だと知っている者以外は、リシェルのことを彼の婚約者であると思っているようだった。

 それに関して、レオーネはとくに否定も肯定もしなかった。


 ——ああ、なんて……なんて楽しい夜なの。


 飲み慣れないワインも少し(たしな)んでしまうほどに、リシェルはごきげんだった。


 と、そこでレオーネが離れることとなった。

 どうやら彼は、ロッソとともに王に挨拶に行くらしい。

「すぐに戻る」

「ここでお待ちしておりますので、ご心配なく」

 そうして壁際でひとり、彼が戻ってくるのを待っていたリシェルに、声をかける者があった。


「お久しぶりです」

「あなたは……!」

 驚くことに、あの行商人の彼だった。

 あの日より質の良さそうな衣服に身を包んだ彼は、あいかわらずの無表情で、けれど見事に場に溶け込んでいる。


「エヴァルド語を扱える人材を求めている場所とは、騎士団だったのですね」

「その節はお世話になりました。もしかして……取り立てですか?」

 けれどリシェルの給料は、まだ支給されていなかった。


「違います。仕事ですよ」

「この夜会で?」

「いろいろ付き合いがございまして」

 彼はワインを飲みながら、リシェルの隣に並ぶ。

 ここにいる誰とどのような関わり合いがあるのか、あいかわらず謎な人物だ。


「仕事はどうですか? そういえばたしか、会いたくない方が騎士団にいるとおっしゃられていましたが」

「それが、いろいろございまして……ですが、今のところ無事に働けております」

「それはよかった。給与の支給日は、来月の二十日でしたね。その頃にまた、あなたの元を訪ねます」

「特殊部隊の隊長執務室が主にわたしの仕事場なので、そちらにいらしていただければ」

「承知いたしました」


 その時だった。

「レオーネ・イルデブラン隊長のご婚約者様——リシェル・クローデッド嬢が到着いたしました」

 広間の出入り口のあたりから、そのような声が聞こえてきたのだ。


「え……」

 まさか、とリシェルの心臓がどくりと鼓動した。

 リシェル・クローデッドが到着?


 ——わたしが? って、そんなわけはないわ。


 ということは、まさか義妹が?

 気付けばワイングラスを持つ手が、がたがたと震えていた。


「これはまずいな……あなたのことはアレッダの娼館に連れて行ったことになっているのに」

 行商人の彼が、リシェルの手にあったワイングラスを引き取り、テーブルに置いた。

「ひとまず、目立たないところに移動しましょう」

 けれどリシェルの身体は凍り付いてしまったかのように動かなかった。


 ——まさか本当に、ソフィアが……?


 一時的に閉められていた広間の扉が、使用人たちの手でうやうやしく開かれる。

 するとそこに立っているのは、真っ赤なドレスに身を包んだ、ひとりの美しい少女だ。

 間違いない。勝ち誇ったような微笑を浮かべるその人は、ソフィア・クローデッド——リシェルの義妹だった。


「あの方がリシェル様?」

「まあ、華やかなお方ね。とてもお美しいわ」

「では先ほどまでイルデブラン隊長のお隣にいらした方は? いったいどなたなの?」

「親しげに見えたけれど、彼の婚約者ではなかったの?」


 気付けば好奇の眼差しが、リシェルに向けられていた。


 ——ああ、そんな……ソフィアが今夜、ここに来てしまうなんて……。


 先ほどまでの楽しい気分は嘘のよう。

 リシェルは頭から冷や水を浴びせられたように、真っ青になった。

 義妹の姿を目にして、思い出したくない記憶——彼女の金切り声や、暴言の数々、そして義母にふるわれた暴力の記憶がよみがえってくる。


「レオーネ様……! レオーネ・イルデブラン様はどちら?」

 義妹は彼を捜していた。

「婚約者であるリシェル・クローデッドがまいりました。どうぞこちらにいらしてくださいませ!」

 すると奥の間からレオーネがやってきた。


「なぜ君がここに……」

 レオーネにとっても寝耳に水の出来事なのだろう。

 表情を曇らせた彼は、けれど義妹ではなく、リシェルの隣に立った。


「あら……あなた、こんなところにいたの」

 リシェルの存在に気付いた義妹は、(さげす)むような眼差しをこちらに向けてきた。

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