第五話
「おはよう」
リシェルが目を覚ました時、すでにレオーネは、特殊部隊の隊長服に着替えていた。
「レオーネ様……! お怪我は!? お熱は!?」
昨夜の状況をはっと思い出したリシェルは、がばりと起き上がる。
「もうすっかりよくなった」
「本当に!?」
「心配ならばさわってみればいい」
「そこに座ってください!」
ベッドの端に腰掛けたレオーネの側まで行って、リシェルは彼の額に手をあてた。
熱くない。
では、怪我は?
彼の左腕の袖をまくってみれば、そこにはもう傷ひとつ無かった。
「消えている……? なぜ?」
「星である俺は、もともと傷の治りが早い。……けれど、こんなにも早く完治するのは初めてだ。きっと君がいてくれたからだろう」
「よかった……本当によかったです……!」
安堵するあまりに、リシェルはその場にくずおれてしまいそうになった。
「昨日のレオーネ様は熱くて……とてもお苦しそうで、どうにかなってしまうのではないかと……」
思い返せば、じわりと涙がにじんだ。
ロッソは心配するなと言っていたが、とにかく不安でしかたがなかったのだ。
「そんなに心配してくれたのか……」
急にのびてきた手が、顎にそえられる。
そのままくいっと上向かされて、彼と見つめ合うような格好になった。
「うぬぼれてもいいのだろうか。君も、俺のことを想ってくれていると」
「え……」
意味を理解した途端、心臓が爆発してしまいそうになった。
「いえ、あの、そういう話ではなくて……!」
「ではどういう話だ?」
「それは、ええと、その……」
リシェルは慌てて彼から離れる。
——もう、隠し通せない……隠し通す自信がない。
ばくばくと暴れる鼓動をおさえるように、部屋着の胸元をおさえた。
——それにもういいかげん、決断しなければいけない時だわ。
その問題からいつまでも目を逸らすわけにはいかないのだと、いよいよリシェルは決心した。
「レオーネ様、お願いがあるのですが」
深呼吸を何度か。
居住まいを正したリシェルは、彼に向き直った。
「わたし自身の問題で、深く考え、答えを出さなければいけないことがございます。その結果次第で……いえ、どちらにしろこのままではいられないというか……」
どのように言えば、上手く彼に伝わるのだろう?
わからなくてあたふたしていると、一方のレオーネは真剣な面持ちになっていた。
「あの、ごめんなさい、何を言っているのかわかりませんよね。ただその結果が出たら……レオーネ様にわたしの話を聞いていただきたいのです」
クローデッド伯爵家が危機に陥ることになったとしても、自分がリシェルであることを明かし、国に定められた婚姻を果たすのか。
あるいは、やはり母の遺言を大切にし、伯爵家を守るため、自分はソフィアとして生きていくのか。
——後者を選ぶと決めたなら、もうここにはいられないわ。
これ以上レオーネの側にいたら、いよいよ彼と離れがたくなってしまうことは目に見えていた。
「……わかった。俺としても、君の意志で、君の口から明かしてほしいと思っていた。だから君が決断するまでおとなしく待とう」
リシェルの真意を理解しているのか否か、レオーネはうなずいた。
「ただ、決して不安にならないでほしい」
「え?」
「俺はいつだって、なにより君が大切だ。君が不安に思うことも、おそれていることも、きっとどうにかしてみせる。だから決断することをこわがらないでほしい」
レオーネはリシェルの前でひざまずくと、リシェルの手を取り、そこにキスをした。
「……待っている。君が決意してくれることを」
穏やかに微笑む彼がまぶしくて、リシェルは自然と目を細めた。
「だから、頼むから……」
どうか俺といることを選んで。
くぐもる声でそう呟いたような気がして、リシェルは胸が苦しくなった。




