第四話
「なっ……な、なぜ……!」
朝だ。
そう認識してまぶたを開いた直後、リシェルは驚きに声を失った。
目の前に、精緻を極めた人形かと見まごうほどに美しい顔があったからだ。
ほどかれた銀色の長髪や、同色のまつげから滲み出す色香。
うっすら開いた唇から規則的な寝息をこぼす、その人は。
——レオーネ様……!
なぜこのようなことに? きょろきょろあたりを見回して、すぐに状況を把握した。
なぜかリシェルは、レオーネの部屋のベッドに横になっているのだ。
一方の彼は、ベッドのかたわらの床に座り、ベッドにもたれかかるような格好で眠っていた。
ふと気付けばレオーネの手がリシェルの手を握っていて、「ひっ」と、反射的に手を引き戻す。
「ん……ああ、起きたか」
金色の瞳がリシェルに向けられた。
なんということだろう。非の打ち所のない容姿の彼は、寝起きでもひたすら美しい。
逆に自分はどうだろうか?
不安になって、リシェルは身を起こすなり、ベッドの端で縮こまった。
「どうした、体調でも悪いのか?」
「こないでください!」
「なぜ」
「わたし、きっと、寝起きで変な顔をしているから……」
恥ずかしくて両手で顔を覆い隠した。
指の隙間からちらりとのぞくと、レオーネはきょとんとした表情で目を瞬いている。
そしてすぐに「はははっ!」と破顔した。
それは幼い子供のように、屈託のない笑顔だった。
——初めて見たわ……あまり笑わない人だと思っていたけれど。
どきどきしていると、彼は笑いを噛み殺しながら、ベッドの上に乗ってきた。
「心配するな、君が変な顔のわけがない」
「そ、そんなわけありません。だって起きたばかりは顔もむくんでいるし、もしかするとよだれだって」
「くっ……ははっ! だとしてもいいだろうが。よく眠れた証だ」
「そんな証はいりません!」
「俺はどんな君でも可愛いいと思うが?」
「そんなこと……!」
「大丈夫。ほら、俺によく見せて」
腕をつかまれ、なかば強引に顔を露わにされた。
「やっ……嫌って言っているのに」
「ほら、やっぱり君は可愛いらしい」
恥ずかしげもなくそう言われれば、リシェルはまたしても胸を高鳴らせてしまう。
——惹かれてしまう……だめだとわかっているのに。
「……あの、なぜわたしはここにいるのでしょう」
逃げるように顔をうつむけた。
「昨夜、魔についての話をしていたら、君が眠ってしまったんだ」
「だからと言ってレオーネ様のお部屋に入れていただかなくても」
「君の部屋には決して立ち入らないと約束していたからな」
ならばその場で起こしてくれればよかったのに。
「ご迷惑をおかけして、たいへん申し訳ありませんでした」
ベッドから降りるなり、頭を下げた。
「いや、君の寝顔をゆっくり見ることができて、俺にとってはいい時間だった」
——こ、この人は……。
そのような言葉をさらりと言うなんて、反則だ。
またしても胸が高鳴ってしまうではないか。
「そろそろ準備しなければいけませんので、失礼いたします」
レオーネの部屋の時計の針が指すのは、六時半。
すでに朝日がさんさんと降り注ぐ頃だった。
「ならばまた仕事で。それから今夜も、魔についての話をするから、広間に来てくれ」
「えっ、今日もですか!?」
途端によみがえったのは、彼と過ごした昨夜のあの部屋の香りや温度、湿度の感じ。
リシェルとレオーネ、二人掛けのソファに、寄り添うように座って。
今考えればかなり近い距離——あとわずかでも寄り添えば、難なくキスもできてしまうほどの距離だった。
——って、何を考えているの、わたし……。
耳元にかかる彼の吐息や、低い声。そして右半身で感じる彼の熱を思い出し、リシェルの頬が上気した。
彼に近づいてはいけないとわかっているのに、彼と一緒にいられることを嬉しく思ってしまう自分がいる。
「今夜はちょっと……また明日以降にお願いしてもよろしいでしょうか」
一度、冷静になる時間がほしかった。
「だめだ。君は魔について知らないことが多すぎるから、早いほうがいい」
そう言われてしまうと、結局、従うしかなくなってしまうのだけれど。
二人きりで過ごす時間。
リシェルとレオーネが夜遅くにあの部屋で寄り添って過ごしたことを知る者は、おそらくいない。
「いいな? 今夜も、あの部屋で」
「……わかりました。また夜に、あの部屋で」
今、自分はどのような顔をしているのだろう。
ぼんやり考えながら、リシェルはこくりとうなずいた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
次から後半部分。ハッピーエンドに向けて、物語が大きく動いていく予定です。
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