表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/43

第二話

「えっ……今からですか!?」

「そうだ。広間に出てきてくれ」

「で、でもわたし、もう部屋着に着替えてしまっていて……」

「何の不都合がある? 寝るだけの状態にしてあれば、話が終わったあとすぐに眠れて効率的だろうが」


 時刻は夜十時。

 リシェルの部屋の扉をノックしてきたレオーネは、こともなげにそう言った。


 けれどリシェルにしてみれば大問題だ。

 そもそも勤務終了時、「予想より遅くなりそうだから部屋に戻って食事や風呂をしてくれ」と彼が言うものだから、てっきり今日の講義は中止になったと思っていたのに。


 ——まさか、遅くなるから講義までに食事とシャワーを終えておけ、だとは思わないじゃない。


「あの、今日ではなく明日に変更していただけませんでしょうか」

「いや、一日も早いほうがいい」

「では身支度をととのえる時間をください」


 とは言っても、上官である彼を待たせるわけにはいかない。

 もうこれでいいかと、リシェルは寝間着のワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織って広間に出た。

 洗いざらしの髪は、まだ少し濡れていた。


 レオーネは応接ソファに座ってリシェルを待っていた。

「君の席はここだ」

 彼の隣を指定される。

「そんな、おそれおおいです。わたしは向かい側に」

「ひとつしかない資料を見ながら説明することもある。だから君の席はここだ」

「わ……かりました」

 もうどうしようもないと、なかばあきらめの境地で彼の隣に腰を下ろした。


 レオーネはいまだ隊服姿だった。

 もしや仕事を終えるなりここに来てくれたのかと、申し訳ない心地になる。


「今日はまず、魔が何であるのかの話をしよう」

 すぐさま講義が始まった。


「魔について、君は何と教えられてきた?」

「人外の不可思議な生き物、と。人を襲う、邪悪なものだと教えられました」

「そのとおりだ。が、エヴァルドの研究では、魔にも俺たち同様の世界があると考えられている」

「世界……それはいったいどのようなものなのですか?」

「いまだ詳細は不明だが、魔たちが生息する異空間のような場所があるらしい」


 数日前に襲われた魔の姿を思い起こした。

 獣のような形をしていたあれも、その場所からやってきたのだろうか。


「魔が生きる空間と、我々の世界は、時に影でつながってしまう。とくに夕刻は要注意だ。まだ影ができる時間帯でありながら、魔の力が強まる夜にさしかかる」

 たしかに先日、リシェルが襲われた時も、夕刻だった。


「魔の姿は、その者が持つ力——つまり魔力によって異なるらしい。人型(ひとがた)のような魔もいれば、獣や虫のような姿の魔もいる」

「エヴァルドでは、さまざまな魔が頻繁(ひんぱん)に出現するのですか?」

「人型はそう現れないが、獣や虫の姿をした魔はそこかしこで日常的に人を襲っていたな」

 話を聞くだけで、ぶるりと身が震えた。


「心配するな、この国でそこまでのことは起こらない。なぜならこの国には、星の精霊と花の精霊の祝福がある」

「あ……」

 自分たちがそれの力を継ぐ者だと思い出し、リシェルは無意識のうちにレオーネを見つめていた。


「ん? どうした?」

 彼の金色の眼差しは強く、揺るぎない。

 けれど時にこちらをいたわってくれているようにも感じられて、あたたかい。


「いえ、なにも……」

 気まずくなって、すぐに視線を逸らした。

「続けるぞ」

 レオーネの低い声は、耳に心地よかった。


「この国でそこまでのことは起こらないとは言ったが……実は最近、魔の出現が増えてきている」

「祝福のほころび、というものですか?」

「先代の(ステラ)花嫁(フィオーレ)が結婚してから、来年でちょうど百年だ。精霊たちが結んだ力が弱まってきている」

「ではこれからさらに?」

「俺とリシェルが結ばれるまで、魔の出現は増えていくだろう」


 そう聞かされて、どきりと心臓が跳ねた。

 自分と彼が結ばれる。

 それをありありと意識してしまったのだ。


 けれどすぐに、リシェルは我に返る。


 ——祝福なんて、目に見えない曖昧(あいまい)なもの。だからわたしとソフィアが入れ替わったところで、たいした影響はないと考えていたけれど……。


 実際はそうではないらしい。


「不本意だが、これからはとくにリシェルが——星の花嫁が狙われることになるだろう」

「え……なぜですか?」

 食い入るように彼の返事を待った。


「これはリシェル本人には知らせておくべきだと思うのだが、『星の花嫁』の真の名は、実は『魔と星の花嫁』という。つまりリシェルは、魔の花嫁にもなり得てしまう存在なんだ」

 意味がわからなかった。


「エヴァルドの研究によれば、花の精霊は、結ばれた相手に自らの精霊力を与えられる特異体質だったらしい。つまり彼女は星と結ばれれば星の力を高め、魔と結ばれればそれの力を高める。そのため魔は彼女を得ようと狙ってくるのだとか」

「ですが、今までリシェルがとくに魔に狙われることはありませんでした」

 記憶が正しければ、数日前の一度だけだ。


「十七歳になる日が、解禁される時だ」

 いつしかレオーネは、ひどく真剣な面持ちをしていた。


「星と花嫁の結婚は、彼女が十七歳になるまでにと定められているだろう? その理由は、十七を迎えると同時に彼女の精霊力が高まり、魔に感知されやすくなるからだ」

「星と結婚をすれば、花嫁の精霊力は低くなるのですか?」

 レオーネは静かにうなずいた。

「結ばれることにより、彼女の精霊力が星に移動するからな」


 ——そのようなからくりがあったなんて……想像もしていなかったわ。


 リシェルは愕然(がくぜん)とした。

 星の花嫁と定められながらも、花嫁である自分がいったいどういう存在であるのか、今の今まで誰からも教えられてこなかったのだ。


 ——それはきっと、知る必要がないと判断されたからね。


 リシェルに求められているのは、十七歳になるまでに、星と結婚すること。

 つまりその理由をリシェル本人が知っていようがいまいが、国に命じられたその婚姻すら果たせば、それでよいと考えられているのだろう。


「……こわいか?」

 レオーネに問われて、はっとした。


 ——どういう意味? 十七になったら狙われてしまうことが、ってこと?


 リシェルはもうわけがわからなくなった。


 リシェルであるけれど、ソフィアを名乗ってしまっている自分。

 それを疑われているのか否か、今となってはもう何が何だかわからない。

 自分がこの先、どうすればよいのかも——国のこと、伯爵家のこと、自分自身のこと。様々な要因が絡まり合い、ない交ぜになって、考えることに疲れを感じ始めていた。


「……いいえ、こわくなんてありません」

 そう言いつつも、心細くて、無意識のうちにレオーネのほうに身を寄せていた。


「大丈夫だ。君のことは俺が守る」

 肩に大きな手を置かれたかと思うと、そのままそっと引き寄せられる。


 ——このようなこと……だめだわ。早く離れなくちゃ。


 けれど今は、彼のその行いを拒絶する気にはなれなかった。

 リシェルを安心させようとしてくれているのだろう。髪を撫でるその手つきが、ひどく優しく感じられて。


 ——今は、このままで……真実を知って、混乱している今だけは。


 リシェルは彼によりかかったまま、彼の話に耳を傾け続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ