第五話
レオーネの膝がベッドの上に乗せられれば、ぎしりと軋む音がした。
「あの、レオーネ様、落ち着いてください」
迫ってくる彼を押し戻そうと、リシェルは彼の隊服の胸元に手をやった。
けれど押したところで、びくともしない。
「ほら、やはりまだ濡れている」
首筋に手を這わされ、後頭部のあたりの髪を梳かれた直後、ぞくりと肌が粟立った。
「しかも薄着のままで……これであいつの隣に座ったのか?」
「隣になんて……あっ」
撫でられればついおかしな声が漏れた。
「……君は、そんなにも可愛い声で反応するのか」
レオーネはほうっと息を吐いて、リシェルの額に口づけをしてきた。
「もっと、聞きたい」
——これは……本当にまずいわ。どうにかしなければ、まさかこのまま……?
「お願いです、もうおやめください……!」
リシェルは渾身の力でレオーネの胸元を押した。
「なぜ? ようやくこうして君に口づけられるのに」
「やっ、なにを……」
首元に顔を寄せられ、肌に熱い吐息がふれる。
リシェルは羞恥に染まる自身の顔を両手で覆った。
少しでも気を抜けば、またしてもおかしな声が漏れてしまいそうだった。
「こういうことをする方は、嫌いです……!」
無我夢中で抵抗すると、レオーネの全身がびくりと震えた。
「本当に、嫌……!」
しばしの沈黙。
やがて彼は、名残惜しそうにリシェルから離れていく。
「……嫌われるのは、困る」
ソファにどかりと腰を下ろして、頭を抱える。
「君が願う通りにすぐ離れた。……だから、嫌いにならないでくれ」
しゅんとうなだれるその姿は、まるで叱られた子供のようだった。
——かわい……って、いやいやいや、何を考えているの、わたし。
リシェルはぶんぶんっと頭を振った。
相手は特殊部隊長であり、星であるレオーネだ。しかも今の今まで迫られていた相手を、まさかかわいいと思ってしまうなんて。
「不快な思いをさせてすまなかった。君が嫌がるのなら、もうしない。……けれど、約束してほしい」
「なにを、ですか」
「この部屋で生活すること。そして他の男と親しくしないことを」
「前半はのめません」
「俺は決してこの部屋には入らない。それなら問題ないだろう?」
「そういう問題ではございません!」
思わず口から溜息がもれる。
「それから他の男性と親しくしないって……もとよりそのつもりはございません」
「だがオセアノが部屋にいた」
「それは、あの方にはここに来た経緯を知っていただかなければいけなかったから……」
「ならば今後、言葉を交わす必要もないな?」
「少しお話するくらいは」
「だめだ」
「では挨拶は」
「必要ない」
って、同じ職場で働くのだ。どう考えても挨拶は必要だと思うのだが。
——嫉妬深い方なのかしら……。それとも束縛が激しいタイプ?
ならばこれ以上、刺激しない方がいいだろう。
「とにかく、その二つは必ず守るように」
「え……」
「では、俺はさっそく部屋へ戻ろう。ここには入らないと約束したからな」
立ち上がったレオーネは、「また明日」と、珍しく微笑んだ。
その姿が、燭台のオレンジ色の火に美しく照らされる。
星の光を集めたような銀髪やまつげが整った顔立ちをより神秘的に見せていて、ついどきりとする。
「心細くなったら呼んでくれ」
「呼びません」
「嫌な夢を見た時も」
「呼びません」
「……困ったな。早く出て行かなければいけないとわかっているのに、君と離れがたい」
真面目な面持ちでそう言われれば、リシェルの頬に朱がのぼった。
「自分でも驚く。……こんなにも君を求めていたのかと」
——そんな……そのようなことを言われたら……。
もともとリシェルは、幼い頃から彼に対して好意を抱いていたのだ。
いけないと理解しつつも、ついときめいてしまうではないか。
「……すみません。つかれているので、早く休みたいです」
するとレオーネは、はっとしたようだった。
「すまない。今すぐ出て行くから、ゆっくり休んでくれ」
おやすみ、良い夢を。
そう言い残して、部屋から去っていく。
——いけないわ……このままここにいては。
リシェルは倒れ込むようにベッドに横になった。
胸のどきどきがおさまらない。
彼の存在が、あの眼差しが強すぎて、このまま側にいれば、取り返しのつかないことになりそうな予感がした。
この先に進んでは、だめだ。
今ならまだ簡単に引き返せるのだから。




