第四話
「話は終わったか?」
扉を開いた先には、ひどく不機嫌そうな顔のレオーネが立っていた。
何をどこまで見透かされているのかわからなくて、リシェルは顔をうつむける。
「オセアノ、君はただちに帰れ。そしてこれ以降、彼女とは他人を装え」
上官に命じられれば、従うしかなかった。
「じ、じゃあまた。——隊長、失礼いたします」
オセアノはすぐに部屋から出て行った。
「君は今すぐ荷物をまとめなさい」
「え……なぜですか?」
「部屋を移動する」
そう言って、レオーネは腕を組んで壁に背を預け、待ちの体勢をとった。
これにも従うしかないのだろう。
もともと少ない荷物だ。たいして時間はかからなかった。
「貸しなさい」
リシェルの鞄を持って歩き出した彼のあとを、慌ててついていった。
「中に入って」
案内されたのは上の階にある一室だ。
広間だろうか。小ぶりのシャンデリアの下には、立派な応接家具が置かれている。
部屋の左右の壁には扉が一つずつあって、この広間を中心として、別の部屋へとつながっているようだった。
「君の部屋をここに変更する」
廊下を背にして右側の扉をレオーネが開けた。
「どうぞ」
そこには天蓋の付いたベッドと机と椅子、そしてソファやドレッサーなどが置かれていた。
どれもこれも趣味の良い、可愛らしい家具だ。
「用意するのに手間取って、君を迎えに行くのが遅くなった」
「いえ、ここまでしていただく必要はございません。わたしは先ほどのお部屋でじゅうぶんです」
「君をあのような簡素な部屋で生活させるわけにはいかない。それに、君がいつ魔に襲われるかもわからない。君がいつ、俺のもとから逃げ出そうとするかも」
「そんなことは……」
「だから俺の側におく」
「え?」
それはいったい、どういうことだろう?
リシェルがレオーネの顔を見上げると、彼は広間にあった、もうひとつの扉に視線を向けた。
「あの扉の向こうが、俺の部屋だ」
がつんっと、頭を鉄槌で殴られたかのような衝撃を受けた。
「あの、ということは、あなたとわたしのお部屋は……」
「そこの広間でつながっている」
——って、ほとんど同室のようなものじゃない!
リシェルは自分の鞄を抱えた。
「先ほどの部屋に戻ります」
「だめだ」
「なぜですか」
「君がまたオセアノを部屋に入れないとも限らない。そうなれば次こそ、俺は正気でいられない」
「——……っ!」
抱えた鞄を取り上げられ、足元に置かれた。
「君と彼が一緒にいるのを見て、俺が平常心でいられたとでも?」
レオーネが一歩、距離を詰めてくる。
「あ、あれは……」
リシェルは自然と一歩、後ずさった。
「たしか彼は、クローデッド家と懇意にしているんだったな?」
「ええ、そうです。姉のリシェルの幼馴染みで、義妹のわたしにもよくしてくださって」
「ふうん?」
彼の手が、リシェルの髪のひと房をつかまえる。
そのまま見せつけるようにキスをされれば、またしてもリシェルは後ずさるしかなかった。
一歩、二歩と後ろに下がって、背後にベッドがあることに気付かず、そのまま座り込むような形になってしまう。
「そのように無防備な格好をして……危機感がなさすぎるな。髪もまだ濡れているんだろう?」
「あ……」
まずい。
なぜだかそう直感する。
「そうだな……俺の嫉妬を君に知ってもらうか」
金色の瞳が、燭台の灯りに照らされ、きらりと光った。




