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第三話

 その日の夕刻、リシェルは王立騎士団特殊部隊の演習場に立っていた。


「えーっと、本日の仕事の最後に、新たな隊員の紹介だ。——ほら」

 ロッソの声に(うなが)され、一歩、前に出る。

「はじめまして。アリア・コルテーゼと申します」

 ずらりと並んだ二十数人の隊員たちの目が、途端にこちらに集まった。


 いつものように膝を折って挨拶しようとしたリシェルだったが、すぐにはっとした。

 違う。先ほど教えられた、騎士団流の挨拶をしなければ。

「どうぞよろしくお願いいたします」

 黒い隊服の左胸にある、特殊部隊の記章。それに右手をあて、軽く頭を下げた。


「えっ、なぜ君が……」

 リシェル? と、自分の本当の名を呼ぶ声が聞こえたような気がして、リシェルは反射的に首を巡らせた。


 ——オセアノ様……!


 トラブル続きで、すっかり失念してしまっていた。

 幼馴染みの彼も、エリート部隊と呼ばれるこの隊に在籍しているのだ。


 ——いけない……一度、きちんと話をしなければ。


 唖然(あぜん)とした顔の彼に向けて、リシェルは小さく首を横に振った。

 今はどうか声をかけないで、他人のふりをして。

 意図が伝わったのだろうか。彼は真剣な面持ちで、首を縦に振る。


「彼女は従騎士とする」

 レオーネが皆に説明を始めた。

「おもに俺の執務室で、魔に関するエヴァルドの文献の翻訳をしてもらう予定だ。が、時には訓練や魔の討伐に参加することもあるだろう。もし何事か起こった際には、何をおいても彼女を守れ。——いいな? 最優先だ」


 ——最優先って、何もそのようなことを命じなくても……。


 びっくりしてあたふたしていると、やはり戸惑っているのか、隊員たちも顔を見合わせていた。

「返事が無いな」

「あっ、承知いたしました!」

 揃って敬礼。すぐにロッソが口を開く。

「あー、つまりほら、うちにとっては初の女子隊員だろ? だから気を配ってやれってことだ。な?」


 その後、本日の業務報告が行われ、解散となった。

「コルテーゼはこちらに」

 レオーネの指示に「はい」と応えながらも、リシェルは近くにやってきたオセアノに(ささや)く。


「……今日の夜、あの建物の三階の突き当たりの部屋に来てください」

 それだけを伝えると返事も聞かずに、レオーネの元へ戻った。


   *   *   *


 リシェルが解放されたのは、それからすぐのことだった。

 勤務初日。しかも寮での生活を開始するとあって、気遣ってくれたのだろう。

 リシェルの部屋の前まで送ってくれたレオーネは、やることがあるからと、ただちに去っていった。


 それから荷物の整理をし、夕食をとり、シャワーを終えた頃、部屋の扉がノックされた。

 オセアノだ。

 リシェルがそっと扉を開ければ、「やあ」と微笑む彼が立っている。

「オセアノ様……」

 よく知る彼の微笑を目にし、リシェルはほっと安堵した。


「お呼びだてしてしまって、ごめんなさい」

「いや、嬉しいよ。それよりリシェル、説明してほしい。どうしてこのようなことになっているんだい?」


 騎士団の寮らしきこの部屋には、客人を迎えるための応接家具など用意されていない。

 狭い空間にシングルベッドが一台と、執務机と椅子が置かれているだけだ。


「こちらにおかけになってください」

 椅子にオセアノを座らせ、自身はベッドに腰掛け、リシェルは事の顛末(てんまつ)を彼に話してきかせた。


「いや、正直そこまでとは……入れ替わりを強要されているのはもちろん知っていたけれど、まさかソフィアがイルデブラン隊長の花嫁になるつもりでいるなんてね。……それに君のことを行商人に売るだなんて、あまりに非道な行いだ」

 まさかの事態に、オセアノも驚愕(きょうがく)しているようだった。

「君が特殊部隊に入隊した経緯はわかったけれど、大丈夫なのかい? 君が本物のリシェルであると、隊長に疑われているかもしれないんだろう?」

「ですが、ここを去ろうとするなら家族に知らせると言われていて……それだけは避けたくて」

 まさにどうすることもできない状況だった。


「たしかに、もしも今、君がここにいるとソフィアに知れたら、とんでもないことになるだろうね」

 想像するだけで、恐怖に身が震えた。

 義母や義妹に叩かれた頬に、痛みがよみがえってくる。


「ですので、オセアノ様にも協力していただきたくて。わたしとは、あくまで他人のふり。アリア・コルテーゼとしてわたしを扱っていただきたいのです」

「それはもちろん、そうするけれど……」


 すると(あご)に手をやって考え込んでいたオセアノが、突然、居住まいを正した。

「リシェル、これは提案なんだが、君、僕のところに来ないかい?」

「どういうことですか?」

「ソフィアがリシェルを名乗ったことにより、君とイルデブラン隊長が結婚する必要は無くなった。ならば君は僕の花嫁として——」

 その時、コンコンッと、誰かが扉をノックした。


「——っ!」

 誰。

 リシェルとオセアノは、息を飲んで顔を見合わせる。

 時計を見やれば、時刻は夜十時半。

 こんな時間に、いったい何事だろう? リシェルはそっと扉に歩み寄った。


「コルテーゼ、開けなさい。オセアノも、そこにいるんだろう?」

「あ……」

 レオーネ様。

 リシェルは声に出さずに呟いた。

 振り返ればいつしかオセアノも立ち上がっている。

 なぜここに彼がいることを知っているのだろう?


 リシェルはおそるおそる扉を開けた。

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