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義妹にすべてを奪われたので素性を隠して騎士団に就職しましたが、上司となった元婚約者が私の正体に気付いて溺愛してきます。【電子書籍化・コミカライズ】  作者: 新奈シオ
第二章 婚約者様と運命的な再会をしましたが、義母と義妹に売られてしまいました。
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第六話

「給与の三割を月末にお渡しすることについては、承知いたしました。必ず、お約束いたします」


 リシェルがうなずけば、行商人の彼は、馬車の御者(ぎょしゃ)に行き先の変更を命じた。


「あの、お約束した上で教えていただきたいのですが、それだけをあなたに支払って、わたしは生活できるものなのでしょうか?」


 そもそも与えられる金額もわからなければ、一般的な生活にどれほどの費用がかかるのかも想像がつかない。不安は残る。


「問題ないでしょう。仕事は、もしや住み込みになるかもしれませんが、そうでなければ住む場所をこちらで用意いたします」

 それは願ったり叶ったりだった。


「あなたには、名を変えてもらう――といっても、そもそもあなたの名を教えてもらえていないので、名を与えるといったほうが正しいでしょうか」

 それも願ったり叶ったりだ。

 もちろん本名であるリシェル・クローデッドを名乗ることなどできないし、ソフィアを名乗り、アレッダに売られていないことを義母と義妹に知られてもまずい。


「あなたの名は……アリア……とでもしましょうか。アリア・コルデーゼ。コルデーゼ男爵家ゆかりの者として、王宮に入って仕事をしてください」

「え?」

 リシェルは目を瞬いた。


「王宮……? わたしは王宮の中で働くのですか?」

「そうなります」

 聞き違いではなかったらしい。

「それは王宮の中の、いったいどのような場所でしょう?」


 王宮には、王立騎士団が常駐している。

 ということは、レオーネも、ロッソも、リシェルの幼馴染みであるオセアノもそこにいるはずなのだ。


「どことは明確に教えられていませんが、エヴァルド語を扱える人材を探して欲しいと、王宮の人事官から頼まれているのです。おそらく、外交関係の役目を与えられるのでは?」


「わたし、お会いしたくない方が騎士団にいるのですが……」

「王宮は広い。そうそう顔を合わせる機会はないでしょう」

「ですが、万が一のことがあったら……」

「でしたら取りやめて、予定通りアレッダに行きますか?」

「それは嫌です!」

 気付けば即答していた。

 どう考えても、それだけは避けたかった。


「ならば取引成立ということで。まずは街へ寄って必要なものを揃えましょう。それから王宮へ向かいます」

 行商人の男は、鞄から書類を取り出し、何やら記入し始めた。


「あの、わたし、お金をまったく持っていないのですが……」

 恥ずかしさのあまりに身が縮こまる。

「私が立て替えておきますよ。返済は月々払いで、この誓約書にのちほどサインをお願いします」

「よろしくお願いいたします」


 リシェルは行商人の彼に向けて、深々と頭を下げた。

 ここまできたらもう、後戻りはできない。

 不安を打ち消し、前に進むしかなかった。


   *   *   *


 行商人の男とコルテーゼ男爵家がどのような関係であるのかは、わからなかった。

 彼はコルテーゼ家の印が押された紹介状と身元証明書を偽造すると、街で揃えた生活必需品、数枚の服などをリシェルに持たせて、王宮へ向かった。


「おお、これは助かる。エヴァルド語ができる者を探していたんだ!」

 王宮の人事を担当しているマウロという中年男性は、リシェルに会うなり、声を弾ませて喜んだ。


「では彼女をよろしくお願いいたします。何かあればご連絡を」

 行商人の彼は、「また来月末に」との言葉をリシェルに残して、王宮から去っていく。

「ありがとうございました」

 彼が考えをあらためてくれなければ、今頃とんでもないことになっていたかもしれない。

 こうして職も得られたのだから、結果、彼との出会いは幸運だったのだろう。


「さて、アリア・コルテーゼ……コルテーゼ男爵の遠縁にあたるのだね。働いた経験は?」

「ございません」

「寮に入ることもできるし、通いも選べる。どちらがいいだろう?」

「ぜひ、寮を」

「了解。ではさっそく部屋と職場に案内しよう」


 簡単すぎる面接を終えると、マウロは立ち上がった。

 彼のあとをついて部屋から出たリシェルは、あたりを見回し、ほうっと息を吐く。


 ――なんてきらびやかな場所なのかしら。


 王宮の中に足を踏み入れるのは、初めてだった。

 なぜなら決まった未来を与えられていたリシェルは、不必要な外出を控え、社交の場にも出てこなかったからだ。


 ――まさかこのような形で王宮を訪れることになるなんて。


 人生、何が起こるかわからない。


「ここは王宮の中心となる建物。おもに政治の中枢となる部署が集められている。で、あちらの東側の建物で、王族の方々が生活していらっしゃる。君の職場と住まいは西側のこちら」

 外廊下を歩き、別の建物へ移る。

 その三階にある一室の扉を開け、マウロは言った。

「ここが君の部屋になるけれど、とりあえず荷物だけ置いて、職場に挨拶に行こう」


 そうして連れて行かれたのは、また別の建物の一階にある一室だった。

「たしか君は、剣術もできるんだよね?」

「はい」

「じゃあ大丈夫かな」

 マウロはにこやかに言う。


「なにせ騎士団は男ばかりだからね。通訳の仕事といえど剣術の稽古もあるかもしれないし、少しでも経験があるにこしたことはない」

「え……ちょっと待ってください、わたしは騎士団で働くのですか!?」

 驚くあまりに声が裏返った。


「あれ、まだ言ってなかったかな」

 途端に足元がぐらつくような感覚に襲われる。


 ――そんな……それはさすがにまずいわ。


「ほら、この部屋が君の上司になる方の執務室だよ。今の時間、たぶんいらっしゃると思うんだけど」

「ま、待って……! お待ちなってください!」

 リシェルは必死にマウロのジャケットの袖をつかんだ。

 けれど彼は、逆の手でドアをノックしてしまっていた。


「――はい」

 中から反応がある。

「ああ、よかった、いらっしゃった。人事の者です。新たな人員を連れてまいりました」

「入室を許す」

 その声を聞いた瞬間、リシェルの全身が心臓になったかのように激しく鼓動した。


 ――ああ、そんな……今すぐ……今すぐにここから去らなくちゃ。


 回れ右をして、全力で走って、この部屋から少しでも遠くへ行かなければいけない。

 けれど身体が凍り付いたように動かない。


 あまりの衝撃に呼吸すらも忘れてしまって、リシェルはただ、マウロの手で開かれる扉を呆然と眺めることしかできなかった。

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