第一話
とある日の夜更け。
王宮の一室に、王と数名の重臣達が、秘密裏に集まっていた。
「先ほど連絡が入った。なんでもクローデッド伯爵家に、『星の花嫁』らしき娘が生まれたらしい。名を『リシェル』と付けたとか」
「ということは、イルデブラン家のレオーネ――『星』の花嫁が決まった、ということでよろしいですな?」
「リシェル・クローデッド嬢が十七になる前には、レオーネと確実に結婚をさせなければいけない」
「では早速その旨をイルデブラン家とクローデッド家に通達するという運びで、皆様、よろしいでしょうか?」
重臣達がうんうんとうなずく中、王が口を開いた。
「――花嫁を決して魔に奪われてはならぬ。花嫁は星のもの。さすればその二人がこの国に、ありあまる祝福をもたらしてくれることだろう」
* * *
「こんなにもつまらないものを買ってくるなんて……いったいどういうつもり!? わたくしのことを困らせてやろうとでも思ったの!?」
とある日の午後。
耳に痛いほどの金切り声が、クローデッド伯爵家の屋敷に響き渡った。
「この程度の買い物もまともにできないなんて、誰が伯爵家令嬢ですって? 聞いてあきれるわ」
リシェルの目の前で怒りをあらわにしているのは、茶色の巻き毛と大きな蒼い瞳が特徴的な美少女――義妹のソフィアだ。
十六歳であるリシェルより一つ年下の彼女は、鬼のような形相で叫び続ける。
「こんなもの……! さっさとわたくしの前から片付けて! めざわりよ!」
「え……」
先ほどリシェルが彼女に手渡した品が、紙袋ごと投げつけられた。
中に入っていた絹のハンカチ、花の形の石鹸、リボン、靴を磨くブラシなどが宙を舞う。
「片付けてって……でもすべてあなたが望んだものでしょう? このハンカチだって、石鹸だって。いったい何が気に入らないというの?」
「――ぜんぶ」
床に散らばった品々を拾い始めたリシェルを、見下すようにして義妹が言った。
「全部よ! こんな庶民が使うようなもの、このわたくしに使えと言うの!?」
「だったらなぜこれを買ってこいとわたしに命じたの?」
「敬語!」
「……命じたのですか?」
ああ、なんて面倒くさくて、理不尽なのだろう。
内心でうんざりしていると、義妹がさらなる大声を上げた。
「もう一度、街に行って買い直してきなさい! 馬車は使ってはいけないわ。買い物もまともにできない役立たずなのだから、せっせと歩いて行くことね!」
「え……また?」
「今度まともに買ってこなかったら、ただじゃおかないんだから! 今夜、いつもどおりベッドで眠りたいのなら、せいぜい頑張ることね!」
ああ、本当に、この上なく理不尽だ。
けれどこの命令に従わなければ、義母と義妹に相当な嫌がらせをされることは目に見えている。
「……わかりました。行ってまいります」
うなずいて、リシェルはクローデッド伯爵家の使用人用の出入り口へと向かった。
足取りは重かった。
* * *
一日に二度も街に来なければいけないなんて、今日は疲れる日だ。
しかも、馬車を使ってはいけないなんて。
伯爵家から王都のはずれまで、徒歩でおよそ三十分。
歩けない距離ではないが、貴族令嬢として常に馬車を使用してきたリシェルにしてみれば、そこそこ骨が折れる。
――どうせ何を買って帰っても、怒られるのに。
いったいどうすればよいのだろう? と、ぼんやり考えていると、自分を呼ぶ声があることに気付いた。
「ソフィア・クローデッド様……ソフィア様! ソフィア・クローデッド様!」
その名を呼ばれて、はっとする。
そうだった。今の自分はリシェルではない。
表向きにはソフィア・クローデッド――義妹のふりをしなければいけないのに、つい気を抜いてしまっていた。
――どれだけ時間が経っても、ソフィアであることには慣れないわ。
「ごめんなさい。わたしったら、ついぼうっとしてしまって……包んでくださってありがとうございます」
とある雑貨店の中。
店員が用意してくれた品物を受け取り、「では失礼します」と膝を折って挨拶する。
悪女であるはずのリシェルが、丁寧に礼をしたことに驚いたのだろう。
「え、ええ……またよろしくお願いします……」
二十代なかば程度に見える女性店員は、面食らったように目を丸くした。
――用事も済んだし、帰らなくてはいけないわ……。帰りたくはないけれど。
店の外に出れば、そこは街の目抜き通りだ。
途端に通りのあちこちから、悪意を感じる視線が飛んでくる。
「ほら、あれが例の悪女だよ……クローデッド伯爵の再婚相手が連れてきたっていう娘」
「名をソフィア、というんだっけ? もとは平民だったのに、伯爵家に入った途端に我が物顔で振る舞うようになったらしいぜ」
「夜会で会った貴族の令嬢たちに、暴言を吐きまくったって?」
「下級貴族の男たちと、手当たり次第に遊んでいるとも聞くな」
「そればかりか、クローデッド伯爵の実の娘――義理の姉になったリシェル様のことも虐げてるって噂だ」
「相当な悪女だな……まったく、リシェル様もおかわいそうに」
こちらにまで聞こえるように、あえて大きな声で話しているのだろう。
口がさない街人たちは、無遠慮に噂話をし続ける。
――うう……好奇の眼差しが痛い。
とにかく居心地が悪くて、リシェルの歩く速度は自然と早くなった。
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