憧れの人再び
「こんにちは」
「こんにち……、っは!」
たった今飛ばした神殿への手紙がひゅるひゅると花壇の中に落ちてしまった。
制服を着た彼は落ちた手紙を拾って持ってきてくれたので反射的に受け取った。
ひゃー、ちょっと体温残ってるぅ~っ。
「風魔法の応用?」
「はい、通信魔法の簡易版を組み込んで決まった場所への飛んで行くようになってます。……えっと、何かお勤めの最中ですか?」
私の問いかけにリリエンルローン公爵令嬢の護衛騎士様はキョトンとした顔をした。私の視線の先が自分の制服に向いているのを察すると少しおかしそうに答えをくれる。
「俺ここの学生だよ。3年騎士科フェルディナント・アレンスです」
紳士の礼が似合う!!!
頭の中のカーニヴァルを必死に隠しながらこちらも挨拶を済ませると、アレンス様は一人分の間をあけて同じベンチに腰をおろした。
「気が散る?」
「いえ、そんなに大層な魔法でもないので、大丈夫です」
そう言っていつものように紙を折って作った鳥に息を吹きかけてから空に飛ばした。今度はちゃんと飛んで行ったので安心する。が、作業が終わってしまうととても間が持たない。
先ほど彼はアレンスと名乗った。私の記憶が正しければアレンスって王弟殿下の家名だった気がする。
「アレンス様は本日は護衛はお休みなんですか?」
「兄が休みの時に護衛にかりだされるだけだから。騎士見習いに元王妃候補の護衛させるとかそれでいいのかって思うよね」
困ったように笑う顔が年相応な事にビックリした。騎士服を着ている時はもっと大人びて見えたのだ。
そして確定した。この人は王位継承権をもつ立派な王族だ。アレンス家は騎士として有名で、現公爵は団長、次期公爵は有事の際には中隊長を担う王国騎士だ。
兄の代理を行えるという事は、フェルディナント様はそれ相応の実力があるのだろう。
確か騎士見習いって学校を卒業してから1年間の見習い期間に呼ばれる呼称だったはず。
という事は、特例で学生の身分と騎士見習いの身分を持っているという事?!
凄すぎる。乙女の理想パーフェクトではないか。
「フローラ様とお話しされた後はリリエンルローン公爵令嬢の機嫌がよくなるから、傍仕えの日はついつい探しちゃうんだよね。今日は仕事じゃなかったけど、会えて得した気分だ」
「わ、私も、アレンス様が護衛の日にリリエンルローン様にお会いできると一日が良い日になります」
「え、俺?聖女様の幸せってささやかだなぁ」
貴族は無表情を崩すと死ぬのってくらい表情筋が硬いと思っていた。実際この人も仕事中はよくできた人形のように直立不動で微動だにしないこともある。
でも、今の笑顔でその考えを改めた。
「アレンス様は、良く笑う方なんですね」
貴族だってたくさんの表情を持つのに、鋼の忍耐力で自我を殺しているのかも。
だとしたら、人の上に立つことを決められた人たちの自律心は尊敬に値する。
「よく笑う人の顔は、笑顔をつくる表情筋が柔らかいんです。アレンス様は笑顔がとても素敵です」
「そんなこと初めていわれた」
なんか口説かれてるみたいと軽口を叩かれて硬直した私を、アレンス様はまた笑った。この人、実はけっこう意地悪かも知れない。