ep8.女神とも魔女とも呼ばれた少女
「さぁ、こちらにお座りください」
ネロの部屋に着き、僕は指定された椅子に腰を掛ける。
相変わらず暗い部屋だ。
しかし、ネロが息を吹きかけるだけでロウソクに温かな炎が灯る。いつ見ても不思議な光景だったけど、彼女が魔女であるだけでもう納得がいった。
本を読み聞かせてくれると言っていたけど、一体どんな本を読み聞かせてくれるのだろうか。
変な本じゃなければ良いなぁ……と思いつつも、僕は待つ。
そして、ユラユラと揺らめくロウソクの灯火の中、ネロが本棚から一冊の本を手に取り、目の前にあった椅子に腰を下ろした。
「では物語りを始めましょう。今回お話するのは村人たちを救おうとして女神とも崇められ、後に魔女とも恐れられた憐れな少女の物語……」
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あるところにそれはそれは貧しい小さな村がありました。
王国の外れにあるその小さな村は非常に痩せ細った大地で、農作物すらろくに育たない大地でした。
そんな中でも村に住む人々は一団となって懸命に諦めることもなく、必死に生きようと努力を積み重ねていきました。
ですが、いつでも努力が必ずしも報われるとは限りません。
そしてある時、王国に大飢餓が訪れてしまいました。
その飢餓は本当に悲惨なもので、たくさんの死者を生み出し、人々に死の恐怖と悲しみを植え付けていきます。
それは王国の辺境にある小さな村も同じことでした。
普段から農作物が育たない村に訪れた大飢餓の影響はそれはそれは本当に凄まじいものです。
一切の農作物が畑に実ることもなく、村に住む人々は段々と食べる物を失っていき、飢えていきます。
これではみんな死んでしまう。
そんな時でした。村にある一人の少女が現れたのです。
彼女は不思議な力を使って、見る見るうちに痩せ細った大地に様々な農作物を実らせていきます。
飢餓で苦しんできた村の人々はその光景を目にし、大いに喜びました。
そんな村に住むたくさんの人の笑顔を見た少女も大いに喜び、さらに裕福な暮らしができるように全力を尽くしていきます。
いつの日か、少女は村の女神として人々に崇められる存在となっていました。
それからも少女はその不思議な力をもってして、困っていた村の人たちを助けていきます。
そのたびに人々は村の女神である少女を感謝して、さらに崇めていきました。
しかし、時が経つにつれて村に住む人々は次第に少女に疑問を抱くようになります。
「どうして、あのような摩訶不思議な力を持っているのか?」
少女への疑問は段々と恐れへと変わっていきます。
そんな時、ある男が不思議な力を使って村人を助けている少女を目にしてこう言いました。
「あれは女神じゃない! 魔女だっ!!」
男のそんなひと言が村に住む人々の心を突き動かします。
気がつけば、女神として崇められていた少女は恐ろしき力を持つ魔女として恐れられていきました。
「違う……っ!! わ、私はただみんなを、困ってる人たちを助けたかっただけなのに――」
少女は嘆きました。
しかし、魔女という肩書を背負ってしまった少女の声に耳を傾ける者は誰一人としていませんでした。
そして、少女は人々を惑わせる悪しき魔女として処刑されてしまったのです。
村に住む人々は大いに安心しました。自分たちに危害を与えるかもしれない存在が消えたのですから、口を揃えて安心していました。
誰のおかげで村が飢餓から救われたのかもいつの日にかそのことすらも忘れてしまって、村人たちは平然と平穏な生活を送り始めます。
そんなある日のことです。再び、王国に大飢餓が訪れてしまいました。
もちろん、村もその影響を受けて次第に飢えに苦しんでいきます。
そこへあの少女が現れたのです。
死んだはずの少女を目にした人々はその姿を目にして、それはそれは驚きました。
その中で一人の男性が、少女に救いを求めます。
しかし、少女は笑顔を浮かべながら彼の望みを叶えてあげました。死をもって叶えてあげました。
その光景を目にした人々は戦慄のあまり体を震わせました。
少女は言いました。
「死んでしまえば、もう苦しむこともありません。これから少しずつあなたたちの魂を奪い去ってあげます……クスクスッ」
少女の怒りと憎しみと悲しみが少女を本物の魔女に変えてしまったのです。
それからというもの、少女は村人たちの元にその姿を現しては魂を喰らい、また姿を現しては魂を喰らうことを繰り返していき、人々に恐怖を植え続けるのでした……。
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「これで、村人たちを救おうとして女神とも崇められ、後に魔女とも恐れられた憐れな少女の物語はおしまいです」
「……悲しい話だね」
物語が終わり、僕は何とも言えない虚無感に苛まれる。
人のために尽くしたのに恩を仇で返された可哀相な少女の物語。たとえ物語であっても聞くだけで悲しくなる。
それになぜか、物語に登場した少女が目の前で揺らめくロウソクを見つめていたネロに似ているような感じがした。
「いつの時代でも、人知を超える力を持つ者は理解されません。理解されるどころか、危険分子と判断され、排除されていきます」
「でもそんなのって……」
「仕方ないのですよ。人のために尽くすことがすべて良いとは限らない。世間を知らず、人の心を知らず、後先考えずに力をひけらかせた彼女にも問題があったのですから……」
パンっと開いていた本を閉じる。
ネロの表情はとても冷たかった。でも冷たい中にも心は通っていた。
「もしかして……ネロは――」
「このお話はここまでです。もう寝ましょう。夜も更けてきましたことですし……」
結局、ネロの答えを聞けないまま、僕は眠りについた。