ep7.姉の面影
中庭に咲く青白い花の輝きに照らされたネロは微笑んでいた。
魂を喰らい、人々に恐れられてきた悪しき魔女。冷酷であるはずなのに、どこか優しげな印象を受ける彼女に僕は惹かれていた。
知らず知らずのうちにメリーヌ姉さんの面影を重ねていたのだろう。見た目も性格もまったく違うはずなのに、どこか似ている気がする。そんな気がしていた。
「そんなに私の顔を見て、どうかしましたか?」
「いや……姉さんのことを思い出してて」
「お姉さん、ですか……」
「うん、このペンダントの本当の持ち主なんだ」
僕は懐かしみながら首に提げていたペンダントを見つめる。
今となっては形見のペンダントとなってしまったけど、大切な者には変わりない。
「……よければそのペンダント、少し見せてはいただけませんか?」
「あぁ、うん。はい、どうぞ」
「お借りします。ふむ、なるほど……」
ネロはペンダントを頭上にかかげてよく観察する。
そして、目を真っ赤に光らせた。その瞬間、彼女を中心に風が渦を巻き始める。
舞い上がる青い花びら。眩いほどの紅い光がネロの体を包み込み、一気に弾けた。
「えっ……ね、姉さん……?」
そこにいたのは紛れもないメリーヌ姉さんだった。
僕は思わず声を上げる。でも何だか雰囲気が姉さんと少し違っていた。
姉さん、メリーヌ姉さんはこんな上品な笑顔を作れない。この笑顔は間違いない、さっきまで目の前にいたネロのものだ。
「いや、違う……もしかしてネロ?」
「はい、その通りですよ。ペンダントに残されていた記憶を辿り、あなたのお姉さんの姿をとってみました」
「すごい、そんなこともできるんだ……」
「魔女ですからね。いかがですか?」
ネロはそう言って、クルッとその場で一回りしてみせる。
確かに外見だけなら姉さんそのものだった。だけど、中身はネロそのもの。僕の知っている姉さんとは明らかに違っていた。
何だか複雑な気分……何を思ってこんなことをしたのかちょっと分からなかったけど、嬉しいには嬉しい。
でも……。
「すごく似てる……瓜二つだよ。でも……」
「でも?」
「姉さんと一緒にいた頃のことを思い出しちゃうから、できるならもうネロの本来の姿に……」
「……はい、分かりました」
ネロは僕の心情を察し、すぐにまた魔女としての姿に戻る。
僕のためにやってくれたとしたらそれはそれでとても嬉しかった。気持ちだけで痛いほど嬉しい。
でもネロには悪いけど、姉さんの代わりなんて姉さん以外には務まらない。姉さんの姿をとったネロを姉さんの代わりとしてしまったら、メリーヌ姉さんにも顔向けできないし、ネロに対しても迷惑でしかなかった。
俯けば青白い光を放つ花たちが僕を見ている。物言わぬ花たちは風もないのにユラユラと揺らめいて、小さく笑っていた。
花が笑っているように見えるなんて、もうダメかもしれない。それ以前に魔女に出逢った時点で死んだも同然だ。
もしかしたら既に死んでいるのかもしれなかった。家族を失ったあの時からずっと……。
「こちらのペンダント、お返ししますね」
ネロはそっと僕の首にまたペンダントを付けてくれる。
そして、僕の手を引いて歩き出した。
「あれ、どこか行くの?」
「眠れないのでしょ? なら、眠れるようにご本を読んで差し上げましょう」
「ご本……?」
疑問に思いつつも、僕はネロに引かれるがままに後を付いて行った。