ep5.墓標の意味すること
腕が重たい。それもそのはず、だって大の大人である男の死体を三人も運んでいたのだから重たくなっても仕方がない。
屋敷のある丘は緩い傾斜だけど、重い荷物を運ぶとなれば緩い上り坂であっても辛い。その上、足元にはたくさんの植物が生えていて非常に歩きづらかった。
何よりも嫌だったのはこの鼻につく血の臭いだ。未だに新鮮な死体から溢れ出している血液が手押し車の中に溜まっていく。
そのせいで、さらに荷物の重さが増す。体内から血が抜けているはずなのに重さが増していった。
「それはあの木陰の所に置いておいてください」
ネロがそう言い、僕は言われた通りの場所に手押し車を置く。僕の手から離れたせいで、中から血がこぼれ落ちる。
一面に広がる墓石の数々。見れば見るほど不気味な光景だ。墓石には名前なんて一切、掘られていない。ただ、十字架の形をした墓石だけがずらっと並んでいた。
この下にたくさんの死体が眠っている……。
しかも埃っぽいような、かび臭いような、血生臭いニオイが漂っていた。早くこの場から離れたい。
「残りの二人もまずいでしょうから、あの子たちの肥料にしましょう」
ネロは独り言を呟いて、死体の入った手押し車を覗き込む。その手には小さな鳥籠のようなものが握られていた。
またあの青白い光がふわっと二つ、彼らの亡骸から浮き上がると鳥籠の中に吸い込まれていく。そして鳥籠を閉め、そのまま三人の死体を掘られていた三つの穴に落としていく。
「毎回、殺した人を埋葬してるの?」
「はい、殺したらしっかりと葬る……当たり前のことですよ」
それが魔女の世界では当たり前のことなのだろう。僕たち人間には理解ができない。
ネロは盛ってあった土を一気に流し込み、穴を塞ぐ。その上に真新しい灰色の墓石を埋葬した人の数だけ打ち込む。
一仕事終えてふぅっと小さな息をつき、そこで再び僕を見た。
「自分で食べたものは自分で片付ける。そして、どんなものでも埋葬して土に返す。でも他にも理由はあります」
「他の理由?」
「そうです。アルフォード、あなたなら何のために人々を埋葬しますか?」
「何のためって……それは、死んだ人たちが安らかに眠れるように供養するためだと思うけど」
「そうですね。それが、普通の考えです」
普通の考えと聞き、僕はネロの顔を見つめる。
人間の僕が普通と思っていることでも、魔女であるネロには普通じゃないことなのかもしれない。
でも僕は魔女ではないからネロの求めている答えを導き出すこともできなかった。
「……ごめん、僕には分からない」
「いえいえ。答えは私を見ていただければ分かります」
「ネロを?」
僕はじぃーっとネロのことを見る。今日も初めて出逢った時と同じ黒と白の模様が入ったエプロンドレスを身にまとっている。
さっき死体を運んだ時に浴びた返り血が綺麗だった服を汚し、白い手にも真っ赤な血が付着していた。
そして目と目が合う。宝石のように綺麗な紅い瞳……その瞳の中には彼女を見つめている僕の姿が映り込んでいた。
「ふふっ、私は魔女です。人の魂を喰らう悪しき魔女。そして、ここに埋葬された者たちは私に魂を奪われた憐れな人間たち。ですから、そのことを踏まえた上でこの場に立てられた墓標の意味することを考えれば、自ずと答えが出てくると思いますよ」
「つまり……墓標の数だけ、ネロが人を喰らったってこと?」
「その通りです。彼らがここで眠っていることを忘れないように誰かに知らしめるためと、自分が喰らい潰してきたことを忘れないようにするために私は埋葬するのですよ」
ネロはやっぱり僕たちとは違っていた。僕たちと住む世界が違いすぎる。
あくまでも彼女にとってみれば人間は捕食対象でしかない。
もちろん、目の前にいる僕もその一人だった。
僕は思わず身を引いてしまう。恐怖そのものである彼女のことを知るたびに心が侵食されていく気分だ。しかもこの笑顔がいずれ魂を彼女に喰われる僕へさらなる不安を与える。
「安心してください。アルフォードが土の下で眠る日は当分先の話ですから。それにあなたの体は若い上に良質です。いざという時は腐らないように魔術で細工をして、お人形として部屋に飾るのもいいかもしれません」
「そんなこともできるの……?」
「はい、魔女ですからね」
確かに魔女ならそんなことも簡単にやってのけそうである。
でも結局死ぬことには変わりないから墓の下で眠ろうが部屋に飾られようが僕には大差なかった。