表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

ep11.魔女の追憶

 私は人々に女神と呼ばれ、崇められていた。


 奇跡を起こす力、私はその力を行使してたくさんの恵みを救いを求めていた人たちに与えた。


 私がそっと手を横に仰げば、瞬く間に枯れた大地に様々な農作物が実る。望む限り、私は緑豊かな植物を育ませ、人々に食物という恵みをもたらすことができた。


 みんな、それはもう嬉しそうに喜んでくれた。飢餓で苦しみ人々は私にすがっていた。女神である私に……。






『どうして、あのような摩訶不思議な力を持っているのか?』






 それは本当に小さな疑問だった。


 しかし、小さな波紋でも広がっていけば次第に大きな波紋にもなり得る。


 そして、そんなある日のことだった……。






『あれは女神じゃない! 魔女だっ!!』






 ケガを負ってしまった子どもの傷を一瞬で治癒させた姿を目撃した村人の一人が、私を見てそう叫んだのだ。






「違う……っ!! わ、私はただみんなを、困ってる人たちを助けたかっただけなのに――」






 魔女……私はそんなつもりはなかったのに、結局彼らには私という存在を受け入れてもらえなかった。


 とても悲しかった……とても辛かった……。


 いつの時代でも、人知を超える力を持つ者は理解されない。理解されるどころか、危険分子と判断され、排除されていく……。


 利用されるだけされて、自分たちにとって邪魔な存在になってしまえばすぐに斬り捨てる……。


 でもそれも仕方ないこと。人のために尽くすことがすべて良いとは限らない。世間を知らず、人の心を知らず、後先考えずに力をひけらかせた私にも問題があったのだから……文句は言えなかった。


 それでも私は理解されたかった。悪しき魔女として殺されてしまった後も、困っている人たちをこの手で救いたい、自分が魔女でないと証明したいと思っていた。


 それなのに……。






「死んでしまえば、もう苦しむこともありません。これから少しずつあなたたちの魂を奪い去ってあげます……クスクスッ」






 気がつけば私は人をあやめてしまっていた。一度は私を魔女と言って殺しておきながら、そんな私にすがる彼らが醜くて醜くて仕方がなかった。


 いつの間にか悲しみと痛みが次第に怒りと憎悪に入れ替わり、一気に膨れ上がる。


 考えるよりも先に体が動いていた。次々と醜悪な叫び声を上げながら大地にこぼれ落ちていく人々。


 足元に転がった大量の死体……。


 溢れ返る血が私の世界を真っ赤に染め上げていった。


 いつしか、私は人々の魂を喰らう悪しき魔女としてこの丘に君臨している。


 そんなある日のこと、私は丘に迷い込んだ小さな少女と出逢った。










 全身傷だらけの彼女は見るからに弱っていて、今にも死にかけている。


 原因は彼女の周囲に取り巻く狼たちの群れ。鋭い爪には真っ赤な血液が付着しており、飢えた口元からギザギザとした真っ赤な八重歯が見え隠れしていた。




「ガルゥゥ……」


「失せなさい……」


「キャイン――!!」




 襲い掛かってきた一体の狼を焼き殺した瞬間、怯えた様子で狼たちは逃げ回る。


 余計な邪魔が入らなくなったところで、私は瀕死の状態で倒れていた彼女をそっと抱き寄せた。


 既に心臓の鼓動は虫の息。彼女が生きるのに必要な生命力は真っ赤な血となって流れ出してしまっている。


 さすがに私でも、ここまで傷ついてしまっていてはもう助けることも叶わなかった。




「うぅ……あなたは……」


「……この丘に住む魔女ですよ」


「魔女……あなたが……」




 私は何も隠すことなく素性を明かす。それに少女は一瞬だけ驚いた表情を浮かべるも、すぐさま何かを悟ったかのような微笑みを浮かべた。


 そこには私に対する恐れの感情は一切感じられない。むしろ、私に逢いたがっていたとも取れる顔に見えてしまった。




「うっ……魔女さんなら、あたしの命を代償にお願い……聞いてくれる?」


「……あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか? 魔女に魂を捧げるということは、魂を私に囚われるということ。輪廻の輪にすら戻れなくなってしまうのですよ?」




 自分の魂を捧げると言い出す彼女に、私は思わず声を上げてしまう。それだけ今の私には衝撃的な言葉だったのかもしれない。


 私は彼女の言葉を聞いて迷ってしまっていた。私にもまだ、迷うだけの人としての感情が残されているということなのだろうか……。




「それでも構わないわ……だからどうか……あの子を、アルを助けてあげて……」




 しかし、私の問いにも彼女は弱った体から振り絞れるだけの力をもってして、私の腕を掴んだ。その手は既に温もりを失って冷たく、とても震えている。


 それでも私の眼を離さずにしっかりと私を捕まえていたのだった。











「――ね、姉さんがそんなことを……」




 目の前でお姉さんであったメリーヌの最期の願いを聞いた少年アルフォードは、体を小刻みに震わせながら私を見つめて胸を痛めていた。


 その青い瞳からはいくつもの透明な涙が頬を伝って溢れ出している。


 彼はついに知ってしまったのだ。どうして人々の魂を喰らい尽す冷酷な悪しき魔女である私が、そんなにまで彼に固執していたのかということを……。




「はい。メリーヌは自身の魂を代償にして、私に三つの願いを託しました。一つ目はアルフォード、弟であるあなたを残して先立つ自分を許してほしいと告げること。二つ目は、もしもあなたが私の元に訪れるようなことがあったとしても魂を喰らわないでほしいということ。最後の三つ目は……メリーヌ、あなたのお姉さんの代わりに私があなたを助けてあげてほしいということ。以上の三つです……」


「だから……ネロは僕にこんなにも良くしてくれてたってこと……?」




 そこで私は思わず声を詰まらせてしまう。


 嘘ではなかった。彼の言う通り、私は彼の姉であったメリーヌと交わした契約の元、彼を助けるように行動していた。


 彼が生きる希望を失っていた時もそうだ。私はうまいこと、彼に生きる希望を持たせようと誘導していた。


 だから、そもそも最初から彼の魂を喰らうつもりなんてなかったのだ。


 しかし、私がそんなことを暴露してしまえば、もしかしたら彼は自ら命を絶とうとするかもしれない。姉であるメリーヌの死を知ればなおさらその可能性が高まる。だから今の今まで彼女の死と彼女と交わした約束については答えないでいた。


 事実を知った今、彼が選ぶ道はもう決まっている。それだけは絶対に避けなければならない。彼女との約束を果たすためにも必ず彼を死なせてはならないのだ。


 それが……魔女として彼女の魂を奪い去った私の最大限できる償いでもあり、同時に責任でもあるから……。




「ネロ……僕は――」


「――確かに、私はメリーヌの約束を果たすためにあなたを生かそうとしてきました。最初はそうでした……ですが、今は違うのです――!」


「えっ――」




 涙を浮かべていた彼を私は力いっぱいに抱き締める。彼は驚きのあまり声を上げるも、私に抵抗を示すことはない。


 それでも私は彼が逃げられないように強くつよく抱き締め続けた。ここで離してはいけない……離してしまえばきっと後悔することになってしまう。


 私は彼を、アルフォードを自分の元から手放したくなかった。




「今もこうして伝わってくるあなたの鼓動が、何とも心地よく感じられる……人の温もりに触れて未だにそんなことを思えるなんて、魔女としては失格ですね……」


「そんなことないよ……魔女にだってちゃんと温もりはある。だから僕は今もこうして生きていられるんだよ?」


「そうですね……ですが真実を知った今、あなたとしてはもう生きている意味が……」


「……そうだね。でも姉さんは僕が生きていてほしいと望んでくれた。自分の魂すら差し出して……だったらちゃんと姉さんの分まで生きなくちゃ、姉さんと顔向けができないよ。それに……」


「あっ……」




 一瞬だけ抱き締めていた力が緩み、彼から体が離れていく。


 私に焦りが生じる。すぐにでも彼を取り戻そうと震える手を差し伸べようとした。


 しかし、アルフォードはさっきまでの涙を拭って私を見つめながらニコッと微笑んだ。




「ネロは僕の魂を美味しく食べてくれるんでしょ? だったらそれまでは健全に生き続けないとね!」


「アルフォード、あなたは……クスッ。そうでした、私としたことがこれではいけませんね。私があなたの魂を喰らうまで、絶対に死んではなりませんよ?」


「うん、わかったよ。絶対に死なない」




 彼の言葉を聞いて安心した私は、いつもの調子で目を見つめながら不敵な笑みを浮かべる。


 私では彼女の代わりなんて無理だろう。それでも私は……。




「ふふっ……ねぇアルフォード?」


「うん? どうしたの?」


「……もしも、もしも私がメリーヌの代わりに、あなたのお姉さんになれるのなら――」


「――ッ!? ネロッ!!」


「あっ――」




 アルフォードが急に目を見開いて、私の肩を掴む。


 次の瞬間、耳元をつんざくような一発の銃声が穏やかな二人の空間を冷たく切り裂いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ